第8話 初めての魔法(実践編)



 ドアを開けると、強烈な太陽の光が差し込んできた。

 眩しっ、と思わず腕で日差しを遮る。


 俺の目の前に広がっているのは庭園だった。

 高級そうな白い石で舗装された地面が、俺の足元からまっすぐ伸びている。その先にあるのは、勢いよく水を噴き上げている噴水。


 まさに、西洋の庭園が、俺の目の前には広がっていた。


 日本庭園なら前世で京都へ修学旅行に行った時に見たが、西洋式の庭園は初めてだ。きっと、この庭のためにかなりの金が注ぎ込まれたんだろうな……。さすが貴族だ。


 ちなみに、家の外に出たのは今日が人生初だ。いや、この庭園もまだ家の敷地内なので、家屋から出たというのが正確か。


 今日こうして初めて庭に出たのには、ちゃんとした目的がある。



「フォル、こっちよ」



 声のした方を向くと、ルーナが手招きをしていた。


 俺はルーナのところに行くと、手を繋いで一緒に歩いていく。何気に、こうして親子の時間を持つのは久しぶりだ。いつもルーナは家事やら何やらで忙しそうにしているから。



「ここら辺でいいかしらね」



 少し歩いた後、ルーナが立ち止まる。

 俺たちが移動してきた先は、庭の端っこの方だった。生垣も噴水もなく、少し平たいスペースが広がっている。少し先には、隣との境界である垣根も見える。



「じゃあ、始めましょう」


「おねがいします」



 今日俺たちが庭に出たのは、ズバリ、俺の魔法の練習のためだ。


 以前、俺は『魔法の使い方(初級編)』の理論編を読破した。そして、実践編を読んで、いざ魔法を使おうとしたのだが、上手くいかなかった。魔法の発動どころか、そもそも魔力の認識すらできなかったのだ。


 だが、考えてみれば当たり前だ。前世に魔法や魔力なんてものは存在しなかったのだ。それに、本を読んで習得するのにも限界がある。いくら理論が書かれていたって、実際その通りにできるとは限らない。


 では、どうするか? こういうのは、その道の先達から習うのが一番だ。


 というわけで、俺は魔法を教えてもらおうとルーナに頼んだ。そして今日、レクチャーしてもらうことになったのだ。



「ちなみに、フォルは、魔力を感じることはできる?」


「ううん」



 俺は首をブンブンと横に振った。それができないから困っているのだ。



「じゃあ、まずはそこからね」



 すると、ルーナがしゃがんで、俺の胸の中央に手を当てる。



「フォルの体のこの辺に、魔力をつくるところがあるの。そこに今から、ママが魔力を送り込むから、感じてみて」


「うん」



 おそらく、ルーナが手を当てたところには、魔臓があるのだろう。

 少しドキドキしながら俺は待つ。


 ルーナが目を閉じた次の瞬間、俺の胸の辺りから、何か暖かいものが流れ込んでくるのを感じた。それは俺の胸の中に留まっている。



「……どう? 何か感じた?」


「うん。あったかい」


「そうね、あったかいわね」



 この感覚、どこかで感じたことあるな……。


 そうだ、思い出した。まだルーナのお腹の中にいる時に時々感じた温もりだ。

 もしかして、ルーナは俺に魔力を流し込んでいたのだろうか?



「じゃあ、次にそのあったかい感覚を、手の方に伸ばしてみましょうか」


「うん」



 俺はまだ残存しているあたたかみを手の方に移動させようとする。しかし、どうやってもそれは手の方に動いてくれず、ずっと胸の中に留まったままだった。



「……できない」


「うーん……じゃあ、ママと手を繋ぎましょうか」



 ルーナは俺の両手を手に取った。俺たちの腕と体で輪を形成する。


 すると、今度はルーナの右手から俺の左手へ、温かいものが流れ込んできた。それはそのまま俺の胸の中へ注ぎ込まれる。



「腕を何か流れているのがわかるでしょう?」


「うん」


「それを胸の中で止めないで、そのまま反対の手へ流してみて」


「うん」



 次の瞬間、俺の胸の中に溜まっていたそれが溢れるような感覚がした。それは口の方へ迫り上がってこようとしてきたので、俺は反射的に息を止める。


 すると、行き場を失ったそれは俺の反対側の手に流れていった。そのままルーナの左手に吸収されていった。



「できた!」


「上手ね、フォル。今流れているのが魔力よ。この感覚を忘れないでね」


「うん」


「それにしてもフォルは上手ね。ママがあなたのおばあちゃんから習った時なんか、十回もやってもらってようやくできたのだから」



 どうやら俺は筋がいいらしい。もしかしたら、前世でのオールラウンダーな特性を受け継いでいるのかもしれないな。



「次は、いよいよ魔法を使ってみましょう」


「やったー!」



 いよいよ魔法の実践だ! 魔法の存在を知ってから早二年。この時をどれだけ待ち望んでいたことか!


 俺はワクワクしながらルーナに尋ねる。



「なんのまほうをつかうの?」


「うーん、そうね……フォルはどんな魔法が使いたい?」


「えー……」



 逆に問い返されて俺はしばらく考える。


 俺は、自分がどの系統の魔法に適性があるのか知らない。あの本には適性は遺伝すると書いていたので、もしルーナが掃除に使っていた魔法が風系統なら、俺も風系統を使える可能性が高いのだが……。


 だが、ルーナの質問は、俺がどんな系統の魔法でも使える前提に立っているように思える。複数系統の魔法に適性があるのはかなり稀だと書いてあったが……。



「どんなまほうでもいいの?」



 困った俺は逆逆質問をする。もしかしたらルーナが適性のことをうっかり忘れて言っていたのかもしれない。その確認を、俺は無邪気さに隠した。


 ルーナはちょっと考えると、



「基本四系統の魔法なら、なんでも大丈夫よ」



 そう言い切った。


 そ、それって……。



「ママは、よんけいとうつかえるの?」


「ええ。全部に適性があるわ」



 ルーナは少し得意げに胸を張った。


 ま、マジかよ……! 風系統は使えるだろうと予想していたが、まさか複数系統に適性があったとは! しかも四つも! 俺のママ、才能に溢れ過ぎている……!


 ということは、それが俺に遺伝しているのなら、俺も同じように基本四系統に適性がある……っていうこと⁉︎ これは期待できそうだ……!


 さて、何の魔法にしようかな……。難しい魔法は、ルーナができても俺ができないのなら意味がない。やるならやっぱり基本のキからが一番だ。



「じゃあ、みずをだすまほうをやってみたい」


「わかったわ」



 俺が選んだのは、『魔法の使い方(初級編)』実践編の最初のページに書かれている、水系統の初級魔法、『ウォーター』。水系統に適性があるのなら、基本的に誰でも使えるし、適性が無い者でもワンチャン使えるような魔法だ。



「フォル、こっちをよく見てて」


「うん」


「いくわよ……『ウォーター』」



 すると、ルーナが地面に向けた手のひらから、突然水がザザーっと落ちてきた。バケツをひっくり返したかのごとく、地面に撒き散らされた。


 手のひらから大量の発汗があったわけではない。正真正銘、魔法で水が出てきたのだ。



「おおー!」


「フォルもやってみて」


「うん!」



 俺はルーナと同じように手を地面に向けると、目を閉じる。そして、脳裏に先ほど目にした光景を思い浮かべた。


 何もないところから水を出すイメージ……。水が湧き出すイメージ……。



「フォル、魔力を手に送るのも忘れないで」



 ルーナの声で、俺はもう一度魔力を意識する。胸の辺りから手の方へ、暖かいものをゆっくりと移動させる。


 イメージを保ちながら魔力を移動させるのはなかなか難しい。どちらかに集中しようとするとどちらかが注意散漫になってしまう。これは慣れるのに時間がかかりそうだ。



「うう…………」



 そして、何とか手の先まで魔力を行き渡らせると、その状態を保ちながら、俺はもう一度イメージを強く想起する。そして叫んだ。



「『ウォーター』!」



 次の瞬間、バシャッ! と何かが勢いよく落ちる音がした。目を開けると、俺の手の直下の地面が濡れていた。


 俺は、魔法の発動に成功したのだ。



「すごいじゃない、フォル!」


「やったー!」



 ルーナが俺を抱きしめてきた。そのおっぱいに顔を埋めながら、俺はなでなでされる。俺より喜んでいるじゃないか……。というか苦しい。



「まさか一回で成功させるなんて……フォルには才能があるわ」



 ルーナは俺をようやく離すと、期待を滲ませる。俺もここまで上手くいったら自分の才能に期待しちゃうよ!



「ねえねえ、もういっかい、やってもいい?」


「いいわよ」


「……『ウォーター』!」



 今度はさっきよりも早く水が出た。何もない空間から水が出てきて、地面に落下していくのをしっかりこの目で見届ける。


 俺、本当に魔法が使えているんだ……! 未知の力を使えていることに、ようやくじわじわと実感が湧いてくる。あまりにも嬉しくて、俺はつい水魔法を連射してしまった。



「『ウォーター』! 『ウォーター』!」


「ちょっと、フォル! そんなに魔法を連発したら……!」



 ルーナが慌てた声を出して俺を引き留めにかかる。しかし、時すでに遅しだった。


 水がバシャっと地面に落ちた次の瞬間、俺の体から急速に力が抜けた。まるで地面に開いた穴に落ちるかのように、吸い込まれるようにして俺は仰向けに倒れる。


 あれ……? 力が入らない……。それに意識がぼやっと……。



「フォル! ……フォ…………!」



 ルーナの声がどんどん遠くなり、俺は何もわからなくなった。


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