第7話 初めての魔法(理論編)



 俺は一歳半になった。


 ついに昨日、シャルの部屋に置かれている子供向けの絵本を、すべて読み切った。


 この世界に生まれてから一番の達成感に包まれている。まだ一歳半だけど。


 それらの絵本に載っていた単語の意味、綴り、そして発音はすべて頭に入っている。それに、ある程度の文法も把握できた。これもシャルが根気強く俺に付き合ってくれたおかげだ。それに、ルーナがくれた辞書もかなり役に立った。本当に二人には感謝している。


 シャルに尋ねたところ、俺が読んだ本はどうやら学校一年生相当までの語彙が使われているらしい。一年生が何歳に当たるのかは知らないが、それでもこの世界の普通の子供より言葉の発達は早いだろう。


 ここまで来れたのは、俺の努力ももちろんあると思うが、一番は俺の脳だろう。本当に子供の脳はスゴい。前世では英単語を暗記するときかなり苦労したのに、今は言葉が何の抵抗もなくスラスラと入ってくる。前世の俺からしたら、間違いなくチートだろう。


 それに、本を読むのと並行して、文字や単語を書く練習も少しずつしてきた。


 最初は紙もペンもなかったため、仕方なく自分の手のひらにひたすら練習していたが、一歳の誕生日にシャルがノート一冊と筆記具をくれた。

 文字は種類が少ないので覚えるのは楽だった。今は無数にある単語を練習して覚えている最中だ。



 さて、ついに再戦の時が来た。

 俺は楽々と二階に上がると、手が届くようになったドアノブをひねり、書斎に入る。


 書斎は相変わらず、綺麗なまま放置されているようだった。


 俺は、ぎっしり詰まった本棚の一番下の段から、魔法について書いていそうな本を、背表紙を見て探していく。


 魔法は、前世にはなかったので、早く知って使えるようになりたい!

 幼い頃から練習していれば、もしかしたら大人になる頃には魔法の第一人者になれるかもしれない。魔法の第一人者……かっこいいな! そんな未来を想像してちょっとニヤけてしまう。


 それに、もしかしたらこの世界では魔法が重要なステータスになっているかもしれない。今のうちから関心を持って損にはならないはずだ。


 そうはいっても、今の俺はただ魔法に関心があるだけで、魔法については何も知らない素人だ。だから、できれば『魔法の使い方(初級編)』みたいな易しい本でまずは勉強する必要がある。


 そう考えていたら、本棚の中に、本当に『魔法の使い方(初級編)』という題名の本を見つけた。

 偶然の一致に驚きつつ、俺はそれを引っ張り出す。


 二百ページちょっとの本だ。それでも本棚の他の本に比べればまだ薄い方だ。裏表紙の裏には『この本はアークドゥルフ王国教育省の指定教科書です』と書かれていた。きっと学校教育でも使われているのだろう。それなら、魔法初学者の俺にでも理解できるように書かれているはずだ。


 この本は二つの部分に分かれている。前半が『理論編』で、後半が『実践編』だ。


 まずは最初から読み始める。俺は、ゲームを買ったら、先にプレイしてみるのではなく、まずは説明書を読むタイプなのだ。


 俺は過去最大級のワクワクとともに、本を開いたのだった。






 ※






 結局、理論編を読むのに一ヶ月程度かかってしまった。わからないところは辞書を引いたり、ルーナやシャルに尋ねたりしたので、時間がかかったのだ。それでも、内容がきちんと頭の中に入ったからよしとしよう。



 そもそも『魔法』とは何か。


 この本には、『魔力により起こされる、一般的な物理法則に反する現象の総称』と書かれている。

 要するに、『物理法則を無視した現象』ということだ。


 そんな魔法を使うためには、先ほども書かれていたが『魔力』というものが必要だ。


 その魔力の主な供給源は二つ。


 一つ目は、自然界に漂っている魔力。木々や生物から空気中に放出されていたり、水や一部の鉱石の中に溶け込んでいたりする。


 二つ目は、生物の体内で生成される魔力。この世界のほとんどの生物には『魔臓』と呼ばれる器官があり、そこで魔力が生成されている。


 また、魔臓には魔力を蓄積する作用もある。主に、自分の体内で生成される魔力を溜めるが、空気中から取り込んだ魔力も溜めたり、逆に溜めきれなくなった魔力を空気中に放出することもある。


 溜め込める魔力量や生成量は個人によって差がある。一般に、たくさん魔法を使っていけば魔臓が鍛えられて、生成する魔力や蓄積できる魔力が増えていく。筋肉のトレーニングと同じような感じだ。


 ただし、それらには限度があり、ある程度まで鍛えたり歳を取ったりすると、だんだん上げるのが難しくなるようだ。そして、そこから老いるにつれ、魔臓もどんどん衰えていく。他の臓器と似たような感じだ。



 魔法は、この本によれば大きく七つに分類されている。


 火系統:火に関する魔法。

 水系統:水に関する魔法。

 風系統:空気に関する魔法。

 地系統:土や鉱物に関する魔法。

 光系統:光に関する魔法。

 聖系統:治癒の効果を持つ魔法。デバフを起こす魔法もここに含まれている。

 系統外:上記の六つに当てはまらない魔法。転移魔法や重力魔法などがある。



 ただ、すべての人がすべての系統の魔法を使えるわけではない。人には魔法の『適性』というものがあり、ほとんどの人は一つの系統にしか適性がないようだ。


 もちろん、適性がないからといって、その系統の魔法がまったく使えないというわけではない。しかし、適性がある系統は難しい魔法まで発動できる可能性があるが、適性の無い系統の魔法は基本的には使えず、もし使えたとしても簡単なものしか使えないようだ。


 これは生得的なもので、後から変えたり加えたり減らしたりすることは不可能だと書かれている。そして、それはたいてい遺伝するようだ。


 ルーナが掃除のときに使っていた魔法は、おそらく風系統だ。だから、俺にもし魔法の才能があるのなら、風系統に適性がある可能性が高い。


 先の七つのうち、火、水、風、地の四つは基本四系統と呼ばれている。

 そう呼ばれているのはそれらに適性がある人が比較的多いからだ。光系統や聖系統に適性がある人はその四つに比べてはるかに少ないようだ。


 また、ごく稀に複数の系統に適性を示す者もいるようだ。



 魔法は難易度によって大雑把に六つにランク分けされている。


 初級魔法:適性のある魔法初心者が習得できる。

 中級魔法:適性のある魔法熟練者が習得できる。

 上級魔法:魔道士や適性のある一部の魔法熟練者が習得できる。

 特級魔法:魔導師や一部の魔道士が習得できる。

 超級魔法:一部の魔導師が習得できる。

 神級魔法:理論上実行可能だが、実行できる人はほぼいない。



 ランクが上がると、それだけ大規模で威力のある現象が起こせるものの、実行するのが難しくなる。


 ランクは主に必要な魔力の量と、コントロールの難しさで決められている。


 また、複数の系統の魔法を組み合わせた複合魔法と呼ばれているものもある。複合魔法になると、魔法の難しさが段違いになる。たとえば、火系統の初級魔法と光系統の初級魔法を組み合わせると、中級魔法や上級魔法に相当する複合魔法になる。


 もちろん、複合魔法は、そもそも元の魔法が属する系統すべてへの適性がないと使うのは難しい。


 また、この記述から察するに、魔道士や魔導師というのは一定の熟練度に達したら贈られる称号のようだ。どうやら、魔導師の方が魔道士より上みたいだ。



 そんな魔法を発動する方法は、大きく分けて二種類ある。


 一つ目は詠唱によるものだ。


 詠唱といっても、ただ言葉を呟くだけではダメだ。魔力をコントロールし、発動する魔法のイメージをきちんと構築しないといけない。むしろそっちがメインで、詠唱はその魔法のイメージを掻き立て、発動するトリガーのような役割を果たしているようだ。そのために、魔法の名前は起こす現象を想起しやすいものになっている。


 要するに、『ブタ』と言いながら羊を思い浮かべるのと、『羊』と言いながら羊を思い浮かべるのでは、後者の方が圧倒的にやりやすい、というのと同じだ。


 とはいえ、魔法の名前は俺たちが今使っている言葉ではない。『魔法語』と呼ばれる別の言葉から採られている。例えるなら、水を出す魔法の名前は『水』ではなく『ウォーター』となっているような感じだ。それはそれでイメージしづらいような気がするが、昔からの慣例である上に、わざと違う言葉にすることで、周りに魔法を発動することを示す役割もあるようだ。


 また、慣れると詠唱せずに魔法を発動できるようになるそうだ。このような発動方法を『無詠唱魔法』と呼ぶ。


 二つ目は魔法陣によるものだ。


 魔法陣とは、一言で表せばただの模様だ。

 その模様は特定の物質で描かれなくてはならない。こうして描かれたそれに魔力を込めることで魔法が発動するのだ。


 魔法陣の形は魔法の種類によって変わる。どうやら、一定の規則が存在するようだ。

 逆に、その決まりさえマスターしてしまえば、あとはどんな魔法の魔法陣でも自由自在に構成することができる。それが発動できるかどうかはまた別の問題だが。


 ちなみに魔法を使うときに採られる方法は、圧倒的に詠唱の方が多い。


 なぜなら、すぐに魔法が行使できるし、魔法陣のように面倒な準備が必要ないからだ。


 だが、もちろん詠唱にはデメリットも存在する。


 一つ目は魔法の暴発。


 魔法の暴発とは、魔力のコントロールができなくなって、意図しない形で魔法が起こったり、魔力が魔法に変換されないまま放出されたりすることだ。


 特に、上級以上の、大きな現象を引き起こし、魔力をたくさん使う魔法ほど、暴発の危険性は高くなる。


 もし暴発してしまうと、周りの人や自分自身が発動した魔法の巻き添えになって怪我をしたり、行き場をなくした魔力が体中を暴れ回って大変な苦痛を味わうことになる。魔臓も傷ついて、機能が低下する可能性もある。最悪の場合、体が爆散して死ぬらしい。怖すぎ……。


 暴発を防ぐためには、魔力の精密なコントロールが大事になる。


 二つ目は、魔法陣に比べて魔力のコスパが悪いという点だ。


 詠唱による魔法は、短い時間で発動できるものの、一から自分で組み立てる必要がある。

 そのため無駄が多く、魔法陣で同じ魔法を発動させるときと比べて、魔力の消費がかなり多い。


 気軽に使えるからといってポンポン使っていると、体内から魔力が無くなる『魔力切れ』になるおそれがある。


 ちなみに、魔力切れになると疲労感、頭痛、吐き気、気絶など、かなり酷い目に遭うようだ。


 魔法を使うときは、慎重になる必要があるな……。



 一方、魔法陣のメリットで最たるものは、魔力を込めるだけで魔法が発動することだ。詠唱するときは魔力を引き出す操作に加えて、イメージなどの助けを借りて魔法を構成しなければならないが、魔法陣はただ魔力を込めるだけで良い。そのため、魔力の消費が詠唱より少なくて済み、とてもコスパが良い。


 また、一度設置できれば、消さない限り何度でも使用できる。


 それに、正しく魔法陣を描いて、必要量の魔力を供給できれば、成功する確率は百パーセントだ。そのため、絶対に失敗できない魔法を発動するときは、魔法陣が確実だろう。


 魔法陣のデメリットは、ずばり設置が面倒くさいということだ。


 まず、魔法陣を描くための媒質が、魔力をよく通す物質でないといけない。その最たるものが血液なのだが、使い勝手が悪いうえ、倫理的な問題もあり、実際はあまり使われないようだ。


 他には『ミスリル』という、魔力がとても溶け込みやすい特殊な物質がある。しかし、それはかなり希少なので、そうそう手に入るものではないし、お値段も張る。


 そのため、魔法陣にはミスリルを少量練り込んだ特殊な塗料を使うのが主流のようだ。


 それに、描くのも面倒だ。魔法陣の形は初級魔法でさえもかなり複雑だ。そして、大きく、複雑な現象を起こす魔法ほど、指数関数的に形が複雑になっていく。


 過去には特級魔法を、だだっ広い平原に巨大な魔法陣を描いてやっと発動させたという例もあるようだ。そのため、専門的な知識と根気がないと魔法陣での魔法の発動は難しいだろう。



 このようなことが理論編には書いてあった。個々の魔法についての具体的な話は、この後の実践編で解説するようだ。


 本当に俺に魔法の才能があるかどうかはわからない。だが、やってみなくちゃわからない!

 もし才能があるのなら、必ず魔法を使えるようになってやる!


 そう決意して、俺は実践編のページをめくった。


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