第6話 生誕1周年
「誕生日、おめでとう」
「おめでと〜!」
「おめでとう」
俺の目の前には、豪華な料理が置かれている。そして、それを囲むように、ルーナ、シャル、バルト、そして俺の四人がテーブルの周りの席に着いていた。
今日は、俺の一歳の誕生日だ。
この世界に生まれてからもう一年経ったのか。時の流れは早いな。
ちなみに、この世界の一年は三百六十日ちょうどだ。それぞれ三十日の月が十二個存在する。さらに、この世界にも週という概念があるようで、それはどうやら五日間に相当するようだ。
あと、時刻という概念もあるようで、前世と同じように十二進法でカウントされていた。偶然か、あるいはどの世界でも人類は同じような発明をすることの証左なのか。
また、現在は七百五十五年らしい。何の暦かはわからないが、どうやら前世での西暦と同じ立ち位置にあるようだ。
この一年で、俺はかなり進歩した。
まず、一人で立ち上がることに加え、短い時間であれば歩けるようになった。
それに、あの絵本の他にもいろんな絵本も読んでもらったおかげで、それらに載っている初歩的な単語がわかるようになった。
その本の文字は、日本語のように一文字一音ではなく、英語のように数文字で一つの音を作っているようだ。しかも、アルファベットに形が似ていてほぼ同じような発音をする文字もある。まるで英語のようで、こちらとしてはかなりありがたかった。
しかし、この世界の人が全員が同じ言語、同じ文字を使っていとは考えにくい。俺が生まれたこの国がたまたまそうだっただけで、もしかしたらどこかには日本語のような言語もあるのかもしれない。
また、声帯がかなり発達してきて、他の人にも聞き取れるような言葉を話せるようになってきた。まだ一部の音は発音がままならないが、俺の意図をなんとか他人にわかってもらえるレベルまでには成長した。
というわけで、聞く、読む、話す、は順調に進んできている。あとは、書く、さえ始められれば完璧だ。
「フォル、たくさん食べるのよ」
俺の目の前に置かれているのは、小さく千切られた柔らかいパン。乳離れしてからはここのところ毎日こればかりだ。ああ、米が懐かしい……。
きっと、この世界を探せば米やそれに似た穀物はあると思う。ただ、それが実際に食べられるようになるまでには、いろんな面でまだまだ先になりそうだ。
俺はそれをモグモグ頬張りつつ、今までに取得した情報を整理する。
ここは、アークドゥルフ王国という国のラドゥルフという街らしい。どうやら結構大きい街で、周辺では農業が盛んだそうだ。このパンも、地元で取れた小麦を使っているらしい。
また、この地域には四季がある。とはいえ、日本よりかは寒暖差は激しくない。ちょっと暑くなったりちょっと寒くなったりする程度だ。俺が生まれたのはどうやら春だったようだ。
また、この国には階級制度が存在するらしく、王族、貴族、平民の三つに分かれているようだ。異世界もののラノベだと、この下に『奴隷』がいるのがセオリーだが、そういった話はまだ聞いたことがない。
そして、この家はどうやら貴族らしい。つまり、バルトはきっとラドゥルフの領主かなにかなのだろう。どうりできちんとしたスーツのような服を着ていたわけだ。
ただ、貴族としてはなんだか物足りないと感じる。貴族といえば、もっとどデカい家に何人もメイドや執事を雇って華やかに暮らしているものだと思っていた。今はルーナが俺の世話を一人でしているが、乳母などがいて、代わりにやっていてもおかしくはないと思う。
俺が異世界ラノベに毒されすぎなのだろうか?
現実的に考えられるのは、この家はあまり階級の高くない貴族である、ということだ。
貴族とはいえ、その中でさらに階級が分かれているはずだ。前世では主に公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵の五つがあったが、この国の貴族制度にもきっと似たようなものがあるだろう。もしこの家が下級貴族だったら、こんな状況でもおかしくはない。
それでも、平民ではない時点で、俺は恵まれている。ガチャで例えるなら、上から二番目のSSRくらいだろう。
ちなみに、おんぶされているときに、ルーナが書いている書類を後ろからこっそり覗いたことで俺やルーナ、シャル、そしてバルトの本名も判明した。文字と発音の関係がわかったおかげだ。
俺の本名は、フォルゼリーナ・エル・フローズウェイ。
シャルの本名は、シャルゼリーナ・エル・フローズウェイ。
ルーナの本名は、ルーナ・エル・フローズウェイ。
バルトの本名は、バルト・エル・フローズウェイ。
どうやらこの国では、名前→名字の順に表記するようだ。前世でいう西洋式だ。
その間に入っている『エル』はおそらくミドルネームだろう。この家が貴族であることを考えると、なんらかの規則性がありそうだが、まだそこまではわかっていない。
意外だったのは、シャルと俺の名前──フォルが本名じゃなかったということだ。
俺の本名はフォルゼリーナというのか……。知らなかった。
この家の女子は全員『ナ』で終わる。もしかしたら、前世の日本において、女子に『〇〇子』とつける感じで、この国では『ナ』で終わるのが一般的なのだろうか。
「フォル、落としているわよ」
おっといけない。考え事に夢中になって、パンを落としてしまっていた。ルーナが拾ってくれる。
「ありがと、ママ」
ママなんて言ったのは、何年振りだろう……。
「どういたしまして」
ルーナはにっこり笑った。
「それにしても、フォルは本当に成長が早いなぁ」
「そうなの?」
バルトがこちらを見て呟くと、シャルがそれに疑問を呈する。
「ああ。お前たちのときは、だいたい一歳半か、二歳くらいの時にやっと喋れるようになったんだ。だが、フォルは一歳で喋れている。すごいじゃないか」
「へ〜そうなんだ〜」
「もしかしたら、この子は天才なのかもしれないわね」
たぶん、体の発育に加え、俺が意識的に頑張っていることで相乗効果が生み出されているのだろう。もちろん、三人は俺が転生者であることを知らないので、はたから見ればただの発達が異常に早い幼児にしか見えないだろうが。
成長の主なモチベーションは、この世界の情報を集めようとすることだ。そして実際、この一年間でいろんな情報を手に入れることができた。
だが、まだまだ俺の知らないことは多い。むしろ、いろんな情報を手に入れたからこそ、知りたいことが増えた。
例えば、この国について。貴族制度について。貴族制の中の俺たちフローズウェイ家の立ち位置について。ラドゥルフの街について。他の国について。魔法について。挙げ始めたらキリがない。
俺にはまだまだたくさんやることがある。これからも情報収集に努めることにしよう。
俺たちは食事を終える。するとルーナが、
「じゃあ、誕生日プレゼントを渡そうかしら」
と言って、机の下から本を取り出した。
しっかりした装丁の本だ。表紙には『簡単な辞書』と書いてある……と思う。
「フォルはシャルによく絵本を読んでもらっているようだし、まだ使わないかもしれないけど、今のうちにこれをプレゼントするわ」
「ありがと、ママ」
おお、やったー! この辞書があれば、言語学習が大幅にスピードアップすること間違いなしだ!
俺は本を受け取ると、少しパラパラとめくってみる。子供向けとだけあってか、文字も大きくてかなり読みやすい。早速明日から活用しよう!
「じゃあ、わたしからはこれ!」
次に、シャルが俺に渡していたのは、一冊のノートと鉛筆のようなもの三本。
「落書き帳にでもして自由に書いてね」
「ありがと、シャル」
マジか! 願ってもないプレゼントだ!
今まで、聞く、読む、話す、は順調に進んできていたが、書く、だけはまだスタートを切れていなかった。書くのを練習するためには、それを書くための道具が必要だが、今までルーナはそれを与えてくれなかったのだ。
だから、このタイミングで白い紙の束を筆記具付きで手に入れられたことはとても大きい。
よーし、これでいっぱい文字を練習するぞ!
「では、最後に俺からはこれを」
最後にバルトがプレゼントを机の上に出した。
「俺の見立てでは、フォルにはおそらく資質があるはずだ。だから、あらかじめこれを渡しておく」
「お父さん⁉︎」
「パパ⁉︎」
ルーナとシャルが驚く中、机の上に置かれたのは一つの指輪だった。
金色に光り輝くリングに、小さな青色の宝石のようなものが埋まっている。
「高純度の魔水晶を埋め込んだ指輪だ。これをつけていると魔力量が増える効果がある」
「こんな高価なものを……」
「いいなあ……」
「ありがと、ジージ」
魔法についてはあまりよくわかっていない。
ただ、今の話によると、この指輪は魔法の能力を高める効果があるようだ。
俺は早速左手の薬指……じゃなくて、右手の中指にそれをはめる。
魔水晶とやらにランプの灯りが反射してとても綺麗だ。ただ、俺はまだ一歳児なので手が小さく、指輪はブカブカだ。手を下に向けると、すぐに落ちてしまいそうだ。
すると、ルーナがバルトを窘めるような口調で言う。
「お父さん、指輪をあげるのはいいのだけれど、今のフォルだと誤って飲んじゃうかもしれないわ」
「む、確かにそうだな……」
「だから、しばらくは私が預かってもいいかしら?」
「わかった。フォルに返す時期はお前に任せる。ただ、俺からのプレゼントだ。聞き分けができるような歳になったら絶対にフォルに返してやれよ」
「わかってるわよ。……じゃあ、フォル、これはママが預かっておくわ」
えー! せっかく面白そうなものを手に入れたのに!
そう思っていると、ルーナはあっという間に俺の手から指輪を抜きとった。そして、俺の手の届かないところにしまう。
確かにルーナの主張も理解できる。幼児はすぐにものを舐めたり飲み込んだりする。それが食べ物ではなくてもだ。だが、俺は違う。この一歳児の体に入っているのは精神年齢十九歳の、ほとんど成人なのだ。
だが、それをこの場で言ってもしょうがない。言ったところで一歳児の戯言として信じてもらえないだろう。そのため、俺は渋々受け入れた。
「ママ、あとで、返してね」
「……わかったわ。約束よ」
「うん」
念のため釘を刺しておく。子供のお年玉を取り上げて私物化する母親みたいなムーブは絶対にさせないぞ!
それにしても、魔法か……。
今まで言語関係が上手くいっていたから、そっちの習得に注力していたが、そろそろ魔法関係にも着手するべきなのかもしれない。魔法は前世にはなかったものだから、余計に気になる。
ただし、まずは文章をよりしっかり読めるようになってからだ。それから、もう一度バルトの書斎に行くことにしよう。あれだけ本があるのだ。きっと魔法関係のものもあるはずだ。
ますますワクワクしてきたぞ……!
一歳になっても、俺の興味はまだまだ尽きそうになかった。
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