第12話 ビッグイベントの予感



 魔法の練習を始めてからもうじき二年が経過する。その間、俺はほとんど毎日庭に出て魔法の練習をしていた。だが、ごく稀に魔法の練習がどうしてもできない日があった。


 例えば、ルーナもシャルも忙しく、俺の練習に付き合ってもらえない場合。当初は、俺が魔法の練習をするときはルーナと一緒にやる、という約束をしていた。しばらくすると、シャルでも可にはなったが、それでも一人で魔法の練習をするのは厳禁だ。


 一度だけ、こっそり庭に出て魔法の練習をしようとしたことがあったが、すぐにシャルに見つかってルーナにこっぴどく叱られた。やはり、一人で練習すると、何かあったときに対処できないからだろう。もう精神年齢は二十歳を超えているので、なんだかとてもむず痒い気持ちになる。某小学生名探偵もしかしたらこういう気持ちになっていたのかなぁ……。


 また、天気が悪い場合も練習ができない。


 かといって、俺が家の中で魔法を使うことは禁止されている。魔法が暴発して、家が壊れたり、火事になったりにでもしたら大変だからだ。そのため、魔法の練習は必ず庭の開けた場所で行っていた。


 当然、雨などの悪天候の日は練習は中止になる。やろうと思えば魔法の発動自体はできるだろうが、火系統や風系統の魔法なんかは効果を確認するのが難しくなるのだ。


 とはいえ、ここラドゥルフは地理的な特性からか、一年を通して天気が安定している。前世の東京に比べれば、明らかに雨は少なく、晴れた日がずっと続く。そのため、天気が理由で練習が中止になることは、今までで片手で数えられるほどしか起きていなかった。



 だが、今日はそんな手の指をもう一本折らなければならないようだ。


 俺は窓の外を見る。昼間なのに外は薄暗く、ザーザーと雨が降っていた。


 本日の魔法の練習は悪天候により中止。仕方なく、俺はバルトの書斎から持ってきた本をリビングで読んで時間を潰していた。


 こういう日はやはり気分が沈む。もちろん、魔法が練習できないのも原因の一つだが、単純に雨があまり好きではないのだ。前世が終わった日は雨だったから。


 ルーナは、用事があってどこかに出掛けていて、珍しく家にいない。その代わりに、シャルが俺の面倒を見ている。とはいえ、ソファーで昼寝をしているので、ほとんど役割を果たせていないが。


 すると、遠くでドアが開く音がした。ルーナが帰ってきたのだ。足音がこちらに近づいてくる。


 そこで俺は違和感を感じ取った。足音が二人分聞こえる。


 もしかして、バルトも一緒に帰ってきたのか……?



「ただいま」


「おかえりー」



 すると、廊下の陰からルーナが姿を現した。その後ろに続いて現れたのはバルト……ではなく見知らぬ恰幅の良い女性だった。


 そういえば、この世界で家族以外の人間を目にするのは初めてだ。


 一体誰なんだ……?


 思わずその人をガン見していると、ルーナが説明してくれた。



「フォル、この人は仕立屋よ」


「したてや……?」



 仕立屋というと、布から衣服を作ったり、衣服の修理をしたりする職人のことだよな?


 ルーナから紹介を受けた仕立屋の女性は、恭しく俺に頭を下げた。



「お初にお目にかかります。この街で仕立屋を営んでおります、モニカと申します。この度は、領主様直々に御一家の仕立て直しをさせていただくこと、大変光栄に存じます」



 今まであんまり意識してこなかったけど、やっぱり俺たちって『貴族』なんだなぁ……。

 三歳児にもこんな丁寧な言葉遣いをしているあたり、本当に貴族の権威は強いのだろう。


 それはさておき、家に仕立屋が来たということは……。



「ふくをつくるの?」


「そうよ。フォル、ちょっとシャルを起こしてくれないかしら?」


「うん」



 俺は本を閉じると、ソファーで爆睡しているシャルを揺らした。



「シャル〜、おきて〜!」


「んにゃむにゃ……」



 なかなか起きないので、俺はシャルのほっぺたを叩く。ペチペチといい音が出て、ちょっと面白くなった俺はリズムを刻む。



「んもー……何? ってフォル?」


「シャル、おきて」


「どうしたのー?」


「シャル、仕立屋が来たわよ」


「……あー、わかった」



 シャルはソファーから半身を起こして寝ぼけた眼で二人を見ると、状況を察したようで立ち上がった。



「よろしくお願いします」


「いえいえ、こちらこそよろしくお願いいたします。早速ですが、計測を始めましょう」



 モニカさんは自分の持っていた鞄を床に下ろすと、中から道具を取り出した。細長いぐるぐる巻きになった紐のようなものを素早く広げていく。よく見ると、紐にはびっしりと目盛りのようなものが刻まれていた。


 おそらく、メジャーのようなものなのだろう。



「では、まずはフォルゼリーナ様から計測いたします」


「フォル、こっちに来て」


「うん」



 ルーナに呼ばれて、二人の近くへ向かう。そして、背筋を伸ばしてピンと立つように言われた。


 言われた通りにまっすぐな姿勢を保っていると、モニカさんは素早く俺の各所の計測を始める。

 

 そういえば、今の俺の身長ってどれくらいなんだろう。

 ルーナの身長が百六十センチくらいだと仮定すると、俺の身長は百センチくらいだろう。

 三歳児にしては意外と高い気がする。


 そう考えている間にも、計測はどんどん進んでいく。


 今まで、俺はルーナが用意してくれていた服をそのまま着ていた。今着ているものもそうだ。なのに、突然専門の業者を呼んでわざわざサイズを測ってもらっている。


 もしかして、何か特別な服を作ろうとしているのだろうか? しかも、ルーナはさっき、寝ていたシャルを起こした。つまり、最低でも俺以外にシャルにも新しい服を作ろうとしていることになる。


 とすれば、そんな特別な服を着るような、何かフォーマルな出来事が近々起こるかもしれないな。


 そんな結論を導き出したところで、計測が終わる。



「はい、フォルゼリーナ様の計測はこれで終了です。お疲れさまでした」


「ありがとう」


「フォル、もう本を読んでいていいわよ」



 どうやら俺の出番はこれで終わりらしい。その後は、シャルが体のサイズを測ってもらう。三人は会話を交わしてすっかり大人の世界に入ってしまい、俺が入り込む隙間は無さそうだった。


 俺は大人しく読書に戻ることにしたのだった。






 ※






 その日の晩、夕食の時間。仕事からバルトが帰ってきて、俺たちは四人でいつものようにテーブルを囲む。


 すると、食べている最中にバルトが話を振ってきた。



「そういえば、今日は仕立屋が来る日だったな。シャルもフォルも測ってもらったか?」


「うん、測ってもらったよー」


「そうか。これなら期日までに仕上がりそうだな」



 今日仕立屋が来ることは、バルトも知っていたらしい。それに、今の口ぶりからすると、服を仕立てる目的もわかっているようだった。


 何だか、重要事項を秘密にされている気がする……。

 まだ子供だからといって、隠さないでほしい!


 俺はバルトに尋ねた。



「ジージ、なんのためにふくをしたてるの?」


「ああ、それは……ってお前たち、フォルにはまだ知らせていなかったのか?」



 バルトが答えかけたところで、話の方向がルーナとシャルに逸れる。



「そういえば言っていなかったわね……」


「えっ、お姉ちゃん、まだ言ってなかったの?」



 やっぱり俺の予想通り、シャルもルーナも知っているようだった。


 俺が知らないで他の三人が知っているなんて不公平じゃないか! 早く俺にも教えてくれよ!


 そんな思いが通じたのか、バルトが口を開いた。



「まあいい……。実はなフォル、来月、王都でパーティーがあるんだ」


「パーティー?」


「そうだ。国王陛下が主催する、貴族たちのパーティーだ。俺たちは、それに参加するんだ」



 なるほど、だからそのために服を仕立てているのか!


 パーティーに参加するために、俺たちはもちろん王都に向かうだろう。生まれてから三年、人生で初めてラドゥルフの街を出ることになる。この街すらまだまともに見れていないのに、いきなり王都に行くとか、少々段階をすっ飛ばしている気がするが……。


 とにかく、王都はこの王国の首都なのだから、国内で一番栄えているはず。いったいどんな街並みが広がっているのだろう。


 さらに、そこで開催されるのはただのパーティーではない。貴族たちのパーティーだ! 今まで家族以外の人たちとほとんど関わることがなかったので、人と会うというだけでもワクワクするのに、会う相手は貴族ときた! いったいどんな人たちが来るのだろう。やはり、身なりがきちんとしていてかっこいい人ばかりなのだろうか。

 それに、国王陛下主催なので、豪華なパーティーに違いない。


 あー、考えただけでワクワクしてきた! 胸の高鳴りがおさまらないぜ!



「わたしも、いけるんだよね?」


「もちろんだ」


「やったー! たのしみ!」



 俺のそんな様子を見て、他の三人が笑顔になる。


 来月のパーティーが、早くも待ち遠しく感じるのだった。


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