民間転用住宅

そうざ

The Diverted House

 お待ちしておりました。

 さぁ、どうぞどうぞ、中へお入り下さい。ようこそお越し下さいました。

 数年振りのお客さんなので、昨夜は中々寝付けませんでした。例え取材が目的だとしても嬉しいもんですよ。高祖父が生きていた百年前は単なる民家の一つに過ぎなかったのに、今ではジャーナリストさんに注目されるだなんて、不思議な話です。


 検問はスムーズに通れましたか?

 遠路遥々、道なき道を大変だったでしょ?

 国はわざと道を整備しないんですよ。うちは地図にさえ載ってませんからね、不用意に人が訪ねて行くと危険だからって。

 私にしてみたら、もっとオープンにして気軽に見学出来るようにすれば良いと思うんですけど、国は二言目には、貴重な文化財に何かあったら大変だ、健康被害が出たら責任の所在が何とかんとか。後世まで語り継ぐ事が文化財の存在意義なのに、人知れず保全されてるなんて可笑しな話です。

 余計なお喋りが過ぎました。どうぞ自由に見学して行って下さい。


 年季が入ってるでしょ?

 築百年ですからね。彼方此方あちこちにがたが来てますけど、特別指定有形文化財に指定されると勝手に造作を弄れませんから、保全目的のリフォームが関の山です。外観はおろか屋内もご覧のような古臭さで。

 でも、これがレトロで良いんでしょ?

 何せうちは民間転用みんてん住宅の第一号、本家本元ですからね。そんじゃ其処そこらの家とはってのが高祖父の口癖だったようです。


 全世帯を民間転用みんてん住宅にする計画があったなんて、今じゃ信じられませんよ。全国の自治体に交付金をばら撒いて、各世帯の建築費用を半分以上負担するというのが、当時の国策でしたからね。我が国の技術力は凄いだろっ、先進的だろって、近隣諸国にアピールしたかったんでしょう。

 だけど、あの飛んでもないから一転、世間の風当たりが強くなって、誰も彼も慌てて民間転用みんてん住宅を手放し始めました。

 一時期はステイタスだったのに、たちまち厄介物扱いです。民間転用みんてん住宅に住んでるってだけで白い目で見られるんですから、私も若い時分は反発しましたよ、こんな家を誰が継ぐもんかって。

 やがて民間転用みんてん住宅の新規建築が全面禁止になって、後は既存の住宅が老朽化して取り壊されれば歴史の闇に綺麗さっぱり消える筈でした。

 私なんぞはいつでもおさらばするつもりでしたから、さっさと朽ちてしまえと日々願ってましたね。


 それが或る日、突然、特別指定有形文化財ですよ。

 例え負の側面があっても人類史に刻まれた貴重な遺物だとか何とか、今を生きる人間への戒めとして、子々孫々への教訓として、半永久的に保全される事が国会で議決されて。

 目の上の瘤扱いされたと思ったら、今度はお宝扱いです。二転三転で、もう振り回されっ放しです。


 勿論、その時点でこの家を国に買い取って貰って、新天地で暮らすって選択肢もありましたけど、いざとなるとね、生まれ育った家に愛着がないって言ったら噓になります。

 それに、文化財に指定されて一気に裕福になりました。ここに住んでれば国から補助金が出続けますから。楽隠居、左団扇、のんべんだらり、何でも良いですが、ずっと遊んで暮らせます。こんなおいしい話、ふいには出来ません。


 確かに批判はあります。我が国の領土内に未だ民間転用みんてん住宅が存在する事自体、安全保障上、著しく問題があるってね。

 でも、我が家の周辺には常に防衛連隊が駐屯して目を光らせてますし、上空からも監視衛星が常に――えぇ、その為に莫大な税金が注ぎ込まれてますよ。

 あぁ、取材のテーマはそれですか?

 別に構いませんよ。言論の自由、思想の自由、報道の自由がありますから。


 噂――?

 健康被害の話だったら単なるデマですよ。確かに世間一般の平均寿命と比べれば、うちの家系に還暦まで生きた者は居りませんし、私も長生き出来るかどうか。

 でも、偶々たまたま遺伝的に短命ってだけで、民間転用みんてん住宅との関連性は証明されてませんし。なのに、例の変事が起きた直後はその手の風評が蔓延して、良い迷惑でした。


 えっ、それじゃなくて別の噂ですか?

 あぁ、耳にした事はあります。特別指定有形文化財というのは隠れ蓑で、本当は有事の際の最重要戦略拠点を維持管理するのが目的って話ね。

 何でも民間転用みんてん住宅はいつでも軍事転用が可能で、うちの家系は代々設備の保守を任されてて、うちへの道がないのも、うちが地図に載ってないのも、常日頃から防衛連隊が駐屯してるのも、衛星で監視を続けてるのも、秘密保持の為だって――全く根も葉もない話です。もう笑うしかありませんね。

 そりゃあ、良からぬやからがここを占拠したら一大事だとは思いますよ。適切に扱わないと、あの変事の再来になります。

 ――貴方の肩書って、本当にジャーナリストで合ってます? 

 でも、別のだったりしませんよね?


 ふぅ、喋り過ぎて喉が渇きました。

 お茶をどうぞ。さぁ、遠慮せずにどうぞ。で淹れた粗茶でございます――なんて台詞がご先祖から伝わってますよ。本当かどうかはご想像にお任せしますが、それくらいクリーンで安全だって、国が喧伝してたんですからね、百年前は。

 大丈夫ですって、私も毎日、飲んでますから。どうぞ遠慮せずに、さぁどうぞ。

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