2022 夏 4
いつの間にか8月になっていた。
珍しく師匠から休みを貰ったので、俺は駐在所に行くことにした。
事件については進展があれば聞きたかったからだ。
ちなみに梅名については居場所が分かっていた。
穂乃の調べによると、この村周辺の高校生を点々とし、定年退職した後もこの村に住んでいるという。
駐在所につくと、卓馬は何か話したそうな顔をして待っていた。
俺は挨拶をして、イスに座った。
「正暉くん。待ってたよ!荻原順弥について、少しわかったことがある。」
そういうと。ファイルを取り出し、文字がびっしり書かれたページを開いた。
「荻原順弥は体の弱い母親と2人で暮らしていたらしい、高校時代は暴走族をしながら、アルバイトをして生活を支えてたって事がわかった。ここからが不思議だ。事件が起きた翌年の3月。卒業と同時に、母親を施設に入れて3年間行方をくらませてる。行先は不明。行方をくらませている間に母親は死亡、他に親戚は見当たらずどこに行ったかも不明。その後あの山小屋にこもっているが、どうやって金を稼いでいるか全く分からない、自給自足の生活ってウワサもあるが、街に買い物に行く姿が目撃されてるからなんとも言えない」
そこまで話終えると、卓馬は鋭い視線を俺に向けた。
「不思議だろ。もっと調べてみるよ」
「山男についてはわかりました。梅名さんについては穂乃から聞きましたか」
すると、卓馬はカレンダーに目をやり。
「聞いたさ、そしてこれから話を聞きに行く、一緒にどうだい」
もちろん承諾した。
パトカーに乗るのは新鮮な感覚だった。
断っておくが、これが初めてだ。
梅名の家はこじんまりとした日本家屋だった。
「こんにちは。駐在所の白椿です」
すると顔を覗かせたのは、梅名光一の妻と思われる女性だった。
「あらあら、わざわざどうも。私は妻の梅名唯と言います。とりあえずお入りください」
流れるような丁寧な口調で俺たちを出迎え、家に入るように促す。
「今主人を呼びますね」
その時、廊下の奥から梅名光一が現れた。
身長は高く、メガネをかけている。勝夫から見せて貰った卒業アルバムの写真から34年がたち、老けているが、背筋は伸びており当時の面影を残していた。
「こんな家の中じゃ、申し訳ないだろ。外で話すよ」
俺たちは外に出るように言われ、近くの喫茶店に案内された。
光一はサラリーマンが持っていそうな薄いカバンを持っていた。
小さな喫茶店の角の席に腰を下ろし。俺と卓馬は光一と向き合った。
「すまないね。妻の前では話しにくいことだったから」
「構いません。全てお話してください」
卓馬はメモを取り出した。
「34年前の11月30日のことだろ。今日のために何度も思い出そうとしたよ。そして思い返す度に愚かな自分を何度も呪ったことか」
店員が水を運び、オーダーをとる。3人ともコーヒーを注文した。
「わたしは愚か者です。妻にも卓馬さんあなたのお姉さんにも不誠実でした。わたしと怜子さんはあの年の11月頃から学校終わりに公園で会って勉強を教えていました。まあ、これは嘘になってしまいますが。寒い中変だと思われるでしょう。ほんとのことを言うと2人で会いたかったんです。卓馬さんの前で言い訳のように聞こえてしまい失礼だと思いますが、勉強を教えているうちに好意が芽生えたのは事実です。初めは彼女が会いたいと言い出しました。だからほんの20分だけ、公園で話をすることが日々の日課になってしまったんです。」
「では、30日も会う予定だったということですか」
あくまでも冷静に卓馬は聞いていた。もし俺がこの立場なら光一に非難の言葉をぶつけていたかもしれない。妻の唯さんがいたにも関わらず、教え子に好意を持ってしまったなんて。
光一は話を続けた。
「そうです。次の授業の準備や日程の確認を済ませ、いつものように公園に行きました。いつもなら先にいるはずの怜子さんの姿は見当たらず、7時を過ぎても現れませんでした。公園を1周し、いつも座っていた公園内の東屋に戻ると、テーブルの下に手紙を見つけました。その日は風が強かったので、最初東屋に行った時には飛ばされて死角になっていたのでしょう。その手紙の内容を見て驚きました。男の文字で書かれていました。私は怜子さんの教科担任だったので、どんな文字を書くか心得てました。なので、怜子さんの文字ではないことは確かです。内容は、自分との子供ができたので遠くの街に行く。というものでした。到底信じられません、すぐに誘拐などの事件の可能性を考え手紙を警察に届けようとしました」
「しかし、あなたは警察に証拠として提出していませんね」
鋭く、遮ったのは卓馬だった。
「はい」と光一はつぶやくと足元のカバンに目を向けた。
「生徒と教師という関係を逸脱している私、さらに妻の唯もいました。あの手紙を届ける事は私の罪深い行いを世間に公表するようなものです。ためらい、そして今日まで手紙を隠していました。申し訳ありません」
そういうと、光一はカバンの中から手紙を取り出した。
卓馬は手袋をつけて手紙をよく見ていた。
俺も覗き込んだが、その筆跡はこれまでの2枚と同じに見えた。
これまでの2枚と違っているのは、後で届いたのではなく、その場に残されていた事だ。光一がやってくることを知っていたというのだろうか。
その後、卓馬は勝夫にもした真紀子やひかりに関係する質問をいくつかしたが、大きな成果はなかった。
「最後に、これは弟としての客観性のない意見ですが、大学受験に必死になっていた姉が、知らない男と子供をつくり消えてしまう、そんなこと絶対有り得ません。これは
確実に事件です。梅名さん、今日はありがとうございました。また、協力を要請するかもしれませんがお願いします」
「もちろんです。私は妻に全て話そうと思います。そして重ねて、怜子さんとその家族に対する不誠実な対応を謝罪します」
机に額がつきそうなほど深く頭を下げる光一、俺は自分がこの立場ならどうしたか考えた。きっと手紙を届けなかっただろう。人間は弱い。そう思った。
卓馬は証拠を警察署に届けると言うので、俺は家まで送って貰った。
その途中、卓馬が「午後は荻原に会いにいこうと思う。正暉くんも来るかい」と聞いてきた。
もちろん行くと答えた。
少しして、パトカーは家に着いた。
さすがに母は驚いていたが、卓馬が説明をしてくれたおかげで助かった。
何より、卓馬は母の先輩に当たるので、話も早かった。
昼食の冷やし中華を食べていると穂乃から梅名光一の話でなにかわかったか?という連絡があった。
穂乃は今日の午前中に光一と会う事を事前に知っていたらしい。
できるだけ要点をまとめて穂乃に文章を送ったが、おそらく理解してくれた。
午後は荻原に会う。その話題を出すと、私も行く。という返信がすぐにきた。
穂乃のこの事件に対する思い入れはやはり強いようだ。
午後、穂乃が合流し3人は歩きで山小屋に向かった。
それほど遠くはないのだが、山道を通るので車では行けないと判断した。
「とりあえず、話を聞こうと思う。もし、手紙について筆跡鑑定に同意してくれれば確実に事件の打開に繋がる」
細い山道を登りながら卓馬が言った。
それにしても、こんなところでは畑も作れない、水や電気も工事をしなければ無いはず、自給自足っていうのは考えにくい。
「穂乃大丈夫か」俺が穂乃の手を引きながら最後の坂を登りきった。
「うん。運動不足だったからいい運動になった」
そういう彼女は肩で息をしていた。
いよいよ山小屋が見えた。
「よし、お話を聞きにいこうか!」
木材で建てられたまさに小屋という形状。使われている木材はかなり年月がたっているのだろう、部分的に腐っていた。
よく見ると電線らしきものが見えた。電気はひかれているのかもしれない。
「荻原順弥さん!いらっしゃいますか」
卓馬が呼びかける。できるだけ強く扉を叩いている。
「いないのかな」
確かに、反応はない。穂乃は辺りをウロウロしだした。
「今日は帰るか」
卓馬が呟き、俺も同意したその時だった。
「開いてます!この窓」
穂乃が叫ぶと、なんと中に飛び込んでしまった。
「おい穂乃!不法侵入!」
俺が全力で止めようとして、走り出そうとすると卓馬が俺を止めた。
「え、止めないと」
「いや。僕は何も見ていない、僕はただ荻原の不在を確認しただけだ。」
そう言う卓馬の目はたとえ違法でも、この事件を終わらせるためには仕方がないという強い意志が灯っていた。
その意志の強さに圧倒され、俺はその場から動けなかった。
「あったよ正暉!山男が書いたメモ、買い出しに行く物と、あとよく分からない数字」
嬉しそうに報告する彼女だが、俺は複雑な気持ちだった。
「穂乃、申し訳ないんだけど、正規の手順を踏まない証拠品は証拠能力が無くなるんだよ」
「えっ、ごめんなさい。私つい夢中になっちゃって、でもこれで犯人が分かるならと思って…」
卓馬は穂乃からメモを取り上げると、何もなかったように荷物をまとめ始めた。
「帰ろうか、この事件を終わらせよう」
それから駐在所に帰るまで、誰も一言も喋らなかった。
穂乃も卓馬も暴走していると感じていた。
いや、俺が冷めているのか。
どちらにしても、事件は確実に解決に向かっていた。
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