2022 夏 3
桃瀬勝夫が指定した5時半になった。
俺、穂乃、勇志、駐在の卓馬の4人は桃瀬家の玄関に来ていた。
農家は儲かるのだろうか、とても大きな家だった。
勇志がチャイムを鳴らす。
「桃瀬社長。菊富勇志です。お話聞きに来ました」
「おう、今行く」
インターフォンからノイズ混じりの返事が聞こえた。
玄関の扉が開き、中年の男性が現れた。
顔や腕は勇志と同じくらい日に焼けており、短く刈り上げた髪には所々に白髪が混じっていた。
顔は昭和の映画スターのように彫りが深く、若い時は相当イケメンだったのだろうと予想できた。
「皆さんお揃いで、まあ上がってください」
言葉は優しいが、威厳に満ち溢れていた。
俺たちは広い和室に通されて、大きな机を挟んで勝夫に向かい合って座った。
座布団が4枚用意されており、丁寧にお茶や菓子まで置いてあった。
勝夫はお茶を一口飲むと、口を開いた。
「34年前のことが知りたいと、そういうわけだな」
その言葉の迫力はさながらハードボイルドな映画のワンシーンだった。
「はい。同級生ということを伺いましたので、真相解明のために話して下さい」
1番説得力のある立場の卓馬が話を促した。
「当時の警察を非難する訳じゃないが、俺は34年前の1つ目の事件が起きた時、真っ先に話を聞かれるべき人間だったんだ。しかし、待てど暮らせど俺は何も聞かれなかった。だから、この瞬間を待ちわびてたのかもしれないな」
「話を聞かれるべき人間?どういうことでしょうか」
基本的に俺たち幼なじみ3人は聞き手にまわり、質問は卓馬に任せることになっていたので、卓馬が質問する。
「正直言おう、俺は当時1人目の行方不明者のひかりと交際してた。なかなか有名なアベックだったが、警察はそこまで調べなかったらしいな」
驚きの表情を見せたのはもちろん穂乃だった。その表情に気づいたのだろうか、勝夫は笑顔になりこう言った。
「穂乃さんと言ったか?ひかりの姪だろ。ひかりは美人だったよ。この村いや、この県1の美人だった。ほら、見てみろ」
勝夫が机の下にあったクリアファイルから白黒の写真を取り出した。
写っているのはやはりイケメンな勝夫と、穂乃と同じ雰囲気で誇張ひとつもなく美人なひかりだった。
「俺はな、ひかりが行方不明になったのをその日の夜に知った。そりゃ驚いたさ、村じゅうを探し回った。でもな、俺の父親は厳格な男で、恋愛結婚にも反対してたし、そもそも高校生の男女交際にも反対していた。だから俺たちは桜城公園で夜の8時にこっそり会ってたんだ」
夜の8時。2008年のソメイヨシノの花を見たのはその時間だと、漠然と思った。
「8月28日。8時になってもひかりは現れなかった。向こうの親も厳しかったらしいからな、たまにこう言う事はあった。後で電話でもかけようと思って俺は帰った。電話をするとひかりの兄貴が出たんで、クラスの連絡って言って誤魔化してひかりに変わってもらおうとした。でも、ひかりはまだ帰っていないと言われた。家族で探しているとも言われた。そこで俺は怖くなった。大切な人を失った恐怖と、真っ先に疑われるのは自分じゃないかって恐怖だ。だからその日はすぐに布団に潜った。暑さとは違った汗が止まらなかった。翌朝、警察が村をうろついてるのを見て、事態の深刻さを知った。警察は家に来て、ひかりの写真を見せて、7時半から今日の朝までの間に、この人物を見なかったかと聞いただけだった。待ち合わせの事実は話せなかった。ひかりに会いたいよ。妻を持ち、そろそろ孫も生まれる、でも1度でいいからひかりに会いたい」
勝夫の目には涙が浮かんだいた。後悔とこれまでの苦悩が溢れ出でいるようだった。
「駐在さん。俺はなんでも話す。聞いたところによれば、駐在さんは怜子の弟らしいじゃないか、なんでも聞いてくれ、俺の悲しみより辛いものを背負って来てるんだろうからさ」
卓馬はメモをとる手を一瞬止めたが、顔をあげて勝夫を見た。
「じゃあ教えてください。桜下真紀子さんと葵田ひかりさん、そして白椿怜子に接点はありましたか」
勝夫は唸り声をだし、少し考えた。
「接点はないな、3人ともクラスは違う。それに、話してるところを見たこともない」
「では次です。真紀子さんに関して知っていることを話して下さい。」
「真紀子は学年の中でもいい意味で誰からも嫌われてなかった。人の心理を読むのが得意というか、落ち着いてた。だから敵もいなかったな。ひとつ噂になったとすれば、荻原だ」
「もしかして、荻原順弥ですか?」卓馬は1番興味を示したが、俺たちはピンと来なかった。
「ああ、山男とか呼ばれてるが、あれは俺たちの同級生だ。」
そうだったのか、あの山男は叔母と同級生だったのか。
「しかも妙な噂がたってな、真紀子と順弥が交際してるって噂だ。荻原は不良というか、暴走族に近かったな、バイクで何度も補導される問題児だった。だからあくまでも噂だが」
これは新事実である。あの未知の山男の正体らそして叔母との関係、とても興味深い。
「わかりました。」と卓馬がいいメモに書き記した。
その時、勝夫が目を見開いて、話を続けた。
「そうだ荻原だ!あいつならどのクラスのどんな人間とも接点があってもおかしくない。ヤツの手下みたいのは何人もいたし、実際いろんな女子と交際が噂されてた」
「わかりました。それについても調べます」
興奮を落ち着けるために、勝夫はまた、お茶を飲んだ。
「では次に、怜子についてはどうですか」
「あー、彼女は隣のクラスだった。真面目で秀才、いつもテストは学年1位。でもおごりはなかった、優しい性格だって評判は良かった。交際の噂はなかったな」
手がかりなし。と思ったその時、勝夫が立ち上がり、後ろの押し入れから厚い冊子を取り出した。
「思い出した!この教師と親しかった」
そう言って開いたページは教師だけの集合写真だった。
「ここにいる一見体育教師みたいな教師、数学の梅名光一って言うんだが、怜子とこの教師は親しかったのを覚えてる。放課後になると数学研究室にまっしぐら、勉強を教えて貰ってらみたいだが、それだけじゃないような雰囲気があったな」
「つまり、怜子と梅名光一さんに生徒と教師以上の関係があった。そういう事ですか」
「いや、断言は出来ない、勘みたいなもんだ、気にしないでくれ」
荻原順弥、梅名光一。この2人は何か知っている。俺の勘はそう言ってた。
「今日はありがとうございました。また連絡させて貰うかもしれませんが」
玄関先で、卓馬が言い、俺達も頭を下げた。
「わかった。頑張れよ。ひかりを見つけてやってくれ」
そうして、俺たちは桃瀬家をあとにした。
歩きながら卓馬は今日の内容を頭の中でまとめているようだった。
他3人は疲れからか、ほとんど喋らずコンクリートの地面に視線を落としていた。
「よし!僕は荻原順弥について、調べてみる。穂乃さんはできたらでいいんだけど、役場の資料から梅名光一について居場所を特定してくれないか、話が聞きたい」
「わかりました。調べてみます」
穂乃が落ち着いた口調で答える。
4人は駐在所の前で解散し、それぞれの家に帰った。
俺は家の前まできたが、そのまま公園へ向かった。
2008年のソメイヨシノ、2016年のシダレザクラ、2018年の八重桜を記憶から辿り、その木を突き止めた。
シダレザクラは俺が枝を切ってしまったので、その枝はないが、他2本の木の枝はおおよそ特定できた。
俺はロマンチストではない、しかしこの時ばかりは花言葉に興味を持った。
同じ桜というくくりでも、おそらく種類ごとに花言葉は異なっている。
スマホで検索をした。
俺はその結果に謎の一致と、違和感を覚えた。
家族に聞きかねばならないと思い、走って家に帰った。
「じいちゃん。俺たち駐在さんと一緒に桃瀬農園の社長の話を聞いてきたんだよ」
テレビで明日の天気予報を見ている祖父にその話題を話始めると、母も居間にやってきた。
「そうか、手紙も渡したか。警察に手伝って貰えるなら安心だな」
「その時にさ、荻原順弥って人の名前が出たんでだよね。俺たちが学生の頃山男って呼んでた人なんだけど」
「それがどうした」その祖父は順弥には興味が無い、もしくは知らないという口調だった。
しかし近くにいた母は何か思い出すように顔をしかめた。
「桃瀬勝夫さんが言うには、叔母さんと順弥って人が交際してたかもって言うんだよね。なんか知らない?」
「うーん。全く知らんな。あのころの真紀子は学校の事はほとんど話さなかった」
少し寂しそうに祖父が答えた。確かに、高校生の女子が父親の前で誰と付き合ってるとか、そういう話題は出さないか。
「母さんは?」
「うーん。わたしは中学生だったからよく覚えてないけど、昔バイクに乗ってる人と姉さんが話してるのを見て、もしかして彼氏?なんて聞いて見たけど、ごまかされちゃったって事はあったかもね」
バイクに乗る男、順弥に違いない。そして、そのことをごまかしてた真紀子。
なんとなく違和感が解消された。
「そっか。ありがとう」
「正暉にお父さん、そろそろ夕飯ですからね」
母が話を切り替えて、台所に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます