2018 冬

俺は高校3年、来年の1月に控える大学入試に向けて受験勉強に励んでいた。

11月30日金曜日。俺は学校の教室が解放されているギリギリの時間6時半まで勉強をしていた。

俺の通う高校の進学率は30パーセントほど、しかも四年制大学にはと多くて20人くらいしか進学しない。

だから仲間も少ない。

ほとんどの友人が地元企業や県外の企業に就職を決め、進学する友人も専門学校や短大への入学が11月の前半に決まっていた。

中には面接だけで入れる専門学校もあると言うので驚きだ。


この頃、毎週のように模試を受けていた。

判定はAかB。しかし、俺の全国偏差値は45ぐらいしかない。

つまり、Fラン大学に進学するために、勉強をしている。

国立大学や公立大学に進学した人からしたら、お金や時間の無駄と思われるかもしれない。

しかし、行った先で腐らず、どれだけ真剣に取り組むかが大切じゃないだろうか。

俺は絶対に腐らない。

両親ともそう約束した。


今日は1時間まるまる数学Aの過去問に取り組んだ。校内を出る前に採点をしてみる。

32点。

まあ、そうだろうな。分からなかったし、授業聞いてなかったから、長い文章問題の用語一つ一つが意味不明だし。

というか、32点のうち20点はマーク適当にしたラッキー正解だし。

うん。受験勉強は精神を蝕む。

俺は教室の戸締りを確認し、電気を消した。

部室に体操着を取りに行って帰ろう。そう思い誰もいない廊下を歩いた。


部室棟につき、体操着をリュックに詰めると外に出た。

するとだいぶ髪の毛が伸びた勇志が立っていた。

「おっす。勉強おつかれ」

勇志が呼びかけてくる。

「おっす。どうしたこんな時間に」

勇志は就職組だとは聞いていたが、こんな時間まで学校にいるとは、もしや何かやらかしたか?

「それがさ、正暉に言いたいことがあってさ、野球部の部室で待ってたんだよ」

「寒いのにご苦労さま」

「大丈夫。いろんな部員のベンチコート三重に重ね着してたから」

いや、それは大丈夫ではないような気がするが。

「まあ、歩いて話そうか」

俺が歩きながらいい、勇志は着いてきた。


校門を抜けて、家に向かう。制服の上から部活時代のウインドブレイカーを着ているが、手から顔から冷えていく。

「それで。なんの話」

「よし!言おう!」と言ってから、勇志はまた黙り込む。

そんなにためないでくれ。気になる。という気持ちを抑えて質問する。たぶん質問して欲しいのだろう。

「恋愛関係?」

「いいや」

「今度のテスト?」

「いいや」

「進路か?」

「いいや」

「この前失くした、いや盗まれた帽子か?」

「いいや」

「問題行動?薬関係?反社会的そし…」

「いいや!」

最後だけやたら食い気味だった。

「発表します!俺、菊富勇志は…」

初めから発表しろよ。と言いたいのを我慢した。

「就職が決まりました!」

「おめでとう!いや、さっき進路か?って聞いたよな」

「就職先は、桃瀬農園です!」

俺の質問は聞き流された。

それにしても桃瀬農園はこの村ではかなり大規模な農園で、かなり優良企業と聞いたことがある。そのため毎年倍率は高いのだ。

「あの桃瀬農園か!すごいじゃん」

「まあな、面接で無限の体力について語ったのが良かったかもな」

そんなことを話しているうちに、桜城公園に来ていた。

「めでたいな、俺飲み物奢るよ」

我ながら珍しいことだと思う。今まで誰かに奢ったことなど、数えるほどしかない。

「じゃあ、このコーヒーでお願いします!正暉先輩!」

そう言って指さしたのは1番高い、大人なコーヒーだった。

「まあ、今日くらいはいいでしょう!」

そんなこんなで、勇志にコーヒーを奢り、自分はコーンポタージュを飲んだ。


公園を斜めに突っ切ると、多少の近道になる。普段は使わないが、今日は自販機の近くを通ったため、近道をすることにした。

時刻は7時になっていた。

勇志がコーヒーを飲み干すために上を向いた。

「あっ、咲いてるぜ」

その場に立ち止まり上を向いたままの勇志、その視線の先には八重桜がひと枝花を咲かせていた。

「こんな時期に珍しいな」

八重桜は花の密度がとても高い。それがひと枝だけ、空にピンクの線を引いたように咲いていた。

「これはあれだよ。正暉を応援してるんだよ」

やや興奮気味に勇志が言う。

「こういう考え方もできるな。勇志への祝福」

俺も胸が熱くなっていた。思わずこんな言葉が出た。

「正暉ありがとうな、頑張れよ」

「おう!頑張るよ」

俺はちょっとやる気が出てきた。

明日は、数学の先生に問題の解き方聞いてみよう、そんなふうに思った。

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