2022 夏 2
同級会の翌日、世間は休日だが公園に生える雑草に休日はない。
昨日やり残した部分の雑草むしりをしていると、スマホが鳴った。
そろそろ休憩の時間だったし、水を飲みたかったので日陰に移動し、スマホを見た。
穂乃から連絡があった。
最後の連絡は2016年だったので6年ぶりだ。
内容は、葵田家に届いた手紙についてだった。手紙は10月22日に届いたという。真紀子が行方不明になった直後だ。桜下家に手紙が届いたのは真紀子が行方不明になった10月19日から数日後と祖父は言っていたので、ますます謎だ。
桜下家の物と比べてほしいと書いてあり、写真も送られていた。
写真をよく見てみると、男の字のようだった。
家に帰ったら桜下家に届いた手紙と見比べてみようと思った。
昼休憩の時には勇志からの連絡も来た。
昨日はすまなかった。軽トラは回収できた。という文言から始まり、何故か桃瀬農園の経営者桃瀬勝夫の名前があった。なんと、桃瀬勝夫は52歳であり、真紀子とひかりと同級生である可能性が高いという。
さらに。以前、出身高校が同じだと言われたこともあるため、当時について言っていることは間違いないと思う。ということが記されていた。
俺は、ぜひ今度話を聞きたいとお願いしてもらうと共に、タクシー代を払ってくれと付け加えた。
すると明日の夕方なら話が出来るという返答がすぐに帰ってきた。
桃瀬勝夫は何かを知っているとなんとなく思った。
そろそろ昼飯を食べ終わるという時に師匠が帰ってきた。
「お疲れ様です」
「いやー、おつかれ。暑くてたまらんな水分ちゃんと取れよ」
「もちろんです」
師匠は帽子やカマを片付けていた。
そういえば、師匠である漆間涼司にも34年前について聞いてみようと思った。
「師匠。聞きたいことがあるんですけど」
「どうした?」
弁当を机に置いて話を聞く体勢を整える師匠。
「最近になって、俺の叔母が34年前に行方不明になったことを知ったんですよ。その時のことなにか覚えてないっすかね?」
師匠は一瞬考えるように、指でこめかみを叩くと思い出したように語り出した。
「あー、温室を作った年だな。前も話したが、3月に嫁が亡くなってな。それから温室作りに明け暮れてたな。それに、同時は木の数も少なかった。警察も多かったぞ、この女性を見かけませんでしたかって、年に3回は聞かれた」
3回という数字に引っかかったが、警察も動いていたということは分かった。
「知ってることはそれぐらいだな」
「そうですか。ありがとうございます」
俺は弁当を片付けるためにカバンを置いてある棚の方へ向かった。
すると、さっき師匠がかけていた帽子が地面に落ちていたので、拾いあげようとした。
かがみ込むと、棚と用具置き場の隙間からケースに入れられ、展示品のように保管されているオノに気がついた。
「師匠。このオノってなんか珍しい物なんですか?」
師匠の帽子をかけながら問いかける。
「それか、若い時使ってた愛着のあるオノだよ。刃がかけちまったんだが捨てられなくてな、飾ってあるんだよ」
飾ってあるにしては用具置き場の後ろだが、愛着のある物を捨てられない気持ちはよくわかった。
昔、穂乃からもらった手袋はまだ捨てられていない。
「年季が入っててかっこいいですね」
「そうだろ。でも使わせないぞ」
「大丈夫ですよ。オノの使い方はよく分からないんで」
そんな会話をして、俺は午後の仕事のために灼熱の屋外へと出発した。
その日も4時には仕事がひと段落した。
家に着くとすぐ祖父の元へ向かった。
「じいちゃん。俺の叔母さんの他にも幼なじみの葵田穂乃の叔母さんも行方不明って話を聞いてさ、調べて見たいことがあるから謎の手紙を見せてくれないかな」
「今更、何を調べるか知らないが仕事に支障をきたすなよ」
そう言うと、押し入れを探り、木箱に入れられた手紙を取り出した。
「これって届いたのいつ?」
「真紀子が行方不明になって3日後だから、10月22日だな」
ひとつの繋がりが出来た。
謎の手紙は桜下家と葵田家に同じ日に届いている。
「ありがとう。じゃあ少し借りるね」
祖父は心配そうな顔をしていたが、木箱ごと持って部屋に戻り、穂乃から送られてきた手紙と見比べた。
「やっぱり」
素人が見ても2つの手紙の筆跡は同じに見えた。
俺は穂乃に電話をかけた。ちなみに電話をするのも6年ぶりだ。
「もしもし、正暉だけど今大丈夫?」
「大丈夫だけど、何かわかったの?」
「家にあった手紙と穂乃の家に届いた手紙の筆跡が同じものに見えるんだよ。それと、これは推測なんだけどもうひとつ行方不明事件があったかもしれない」
「もうひとつ…」と言うと穂乃は少し黙り込んだ。
俺がそう予想したのは、師匠の「3回警察に話を聞かれた」という言葉から、真紀子とひかりの前もしくは後にもう1つ事件があったと思ったからだ。
「あっ、そうだ!よくお父さんが3人とも早く見つかるといいって言ってた記憶がある」
「やっぱり、こうしちゃいられない。それも含めて駐在所に行こう」
「今から?」
「もちろん、手紙は重要な証拠だ。あとは駐在さんがまともに取り合ってくれるかどうかだけど…」
「大丈夫だよ!私も行くから、手紙を持ってけばいいよね」
「そうしよう、じゃあ駐在所集合で」
「はーい」
かなり熱くなっている自分がいることに気づいた。
俺は荷物をまとめ、手紙は木箱に入れたまま駐在所を目指した。
ちなみに、穂乃と待ち合わせするのも6年ぶりだ。
「おまたせ、待った?」
穂乃は俺より5分ほど遅れて来た。駐在所には俺の家の方が近いから当然だが。
「全然、今着いたところ」
そう言うと、穂乃がホッとした顔になる。
「じゃあ、行こうか」という俺の問いかけに頷くと、あとを着いてきた。
「あのー、駐在さんいますか」
入口で呼びかけてみる。少し遅れて「はーい。ただいま参ります!」という大きな声が奥から聞こえた。
現れたのは40代後半だろうか、体がシュッとしており、知性的な顔立ちをした都会的な男だった。
「僕がここの駐在の白椿卓馬です。落とし物ですか、それとも道案内?」
優しく尋ねる卓馬は言葉の節々まで知性的だった。
「いえ、俺は桜下正暉って言います。その調べて欲しいことがあって」
桜下。この苗字を聞いた瞬間、卓馬の顔が変わった。
「もしかして、お隣にいるのは葵田さん?」
卓馬は鋭い視線を向けていた。
「はい。でもどうして」
穂乃は困惑したように言った。
「とりあえず、話を聞こうか。調べてもらいたい物って何かな?」
「はい。俺の叔母の真紀子という人と、穂乃の叔母のひかりさんが行方不明になった事件の後、届いた手紙について、筆跡鑑定をしてもらいたくて、そういうことって可能でしょうか?」
何故か俺たちのことを知っているこの駐在に若干の恐怖を感じながら俺は聞いた。
「無理だね」
呆気なかった。やっぱり、一般市民に出来る限界はここまでか。
「でも、僕が普通の駐在の場合ならね」と卓馬は続けた。さらに、「僕もこの事件の関係者だからね」
衝撃が走った。今までの関係者に白椿という人はいなかったはず、しかも彼の年齢から同級生ということも無さそうだ。
俺たちが沈黙していると卓馬が話を始めた。
「白椿怜子。僕の姉だ。34年前、僕が中学3年の時に行方不明になった。手紙の類は届いていない」
そこで話を1度止めると、俺と穂乃の顔を順番に見つめた。
「もちろん、桜下真紀子さん、葵田ひかりさんの行方不明の状況については頭に入っている。僕の姉怜子は11月30日に行方不明になった。受験勉強を終えて、6時半に学校を出ている。その後で姿を消したとされている。姉は秀才だった。当時の警察はただの家出と断定したが、僕はそうは思わない。姉の無念を晴らすためにこの仕事を選んだ。」
そこまで喋ると敬礼のポーズをとり、「御協力感謝します!」と、俺たちに言った。
俺は2つの手紙について詳しく卓馬に伝えた。
「話しはわかったよ。これは新事実だ。証拠として預からせてもらうよ」
そして、手袋をはめて2枚の手紙を証拠品として厳重に保管した。
「筆跡鑑定と指紋鑑定もしてもらう、あと気になったのは正暉くんの言う『桜の記憶』と『季節外れの花を咲かせるひと枝』だね」
「それは、そんなに気にしないで貰って大丈夫ですよ。記憶の方は頭でも打って幻覚でも見たんだろうし、季節外れの開花もたまにあることなんです」
卓馬は険しい顔をしたが、「じゃあ、その問題は置いておこう」と言い証拠品を奥の部屋に運んだ。
「3人目の行方不明者の関係者が駐在さんだったなんて、ちょっと心強いね」
穂乃が話しかける。
「うん。穂乃、明日は空いてる?」
「暇だけど」
「じゃあ、来てもらいたいところがある」
「どこ?」
「これから駐在さんに話すよ」
卓馬は奥から戻ってきた。
「お二人さん、まあ座ってください」
俺と穂乃は学校のイスみたいなガタガタしたイスに座った。
「駐在さん。俺たち明日桃瀬農園の桃瀬勝夫さんに話を聞きに行くんですけど、一緒に来て貰ってもいいですか?」
俺は、勇志から聞いた話を伝えた。
「わかりました。ちょうど今くらいの時間ですね」
「お願いします」
2人で頭を下げて、駐在所をあとにした。
「なんか俺、もう1回季節外れの桜を見た記憶があるんだよ」
6時を過ぎ少し薄暗くなった道を2人で歩いていた。とりあえず穂乃を家に送ることになった。そんな時ふと思い出したのだ。
「へー、また日記に書いてあるんじゃないの」
「そうだ!日記だ!11月30日って言ってたよね」
もし、11月30日に桜を見ていたとしたら、3つの偶然は奇跡になるかもしれない。
3人が行方不明になった日の同月同日の未来で季節外れの桜を見ていることになる。
思い返してみれば、それが1番不思議なことだ。
「あった」
「正暉の日記やばいね」
笑いながら穂乃が言う。
「やばいよね。自分でも思う」
「で、いつなの?」
俺のスマホを覗き込む穂乃。近づいた顔に少しドキッとした。
「2018年11月30日。結構最近じゃん」
「うん。確かこの日は」
俺は鮮明にその日を思い出した。
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