第2話 旅は道連れ

 学者ってのは暇人ひまじんの職業だと僕は思う。

 学者とは"真理の扉"をひらく崇高なる職業であるらしく、それは沢山の時間を思考に費やさなくては叶わない。


 少なくとも毎日お腹をかせながら、必死に固い土を掘り返している農夫には無理な仕事だ。

 いや、畑をたがやしながら思考の沼にまれる人なら出来るのかもしれないけれど。


 だから暇人の学者が生きていける街ってのはそれだけで偉大なんだと思う。

 その街がそれだけ生活に余裕があるってことだから。

 少なくとも生きるのがやっとだったあの村では、百年たっても現れない人種だろう。


 僕は行商人になってから、幾つもの街を巡って色々なものを見てきた。

 偶然知り合いになった学者の人と話したこともあったけど、残念ながら僕の頭では言ってることの半分も理解出来なかった。


 それでも彼らがいる街はどこも豊かで活気があった。

 物が溢れ、硬い黒パンが次第に柔らかい白パンに変わっていくように、行くたびに何か新しい物が生まれていた。


 反対にいない街はどこか排他的だった。

 新しいことに挑戦する度胸もなく、そのくせ他所の学者の成果物をねたんでは、"あれは本当は自分たちの物だった"、"他所の街に盗まれたのだ"と言い張って劣化品を売り付けられてとても困った。

 

 そんなことをつらつらと考えながら、僕は荷馬車を進める。

 あの日出会った学者のように日がな思考にひたっていれば、商売に活かせる画期的なアイディアが生まれるかもしれないと思ったから。


 つまりこの時の僕は上の空だったんだ。


「グェ」


 がくんと揺れる僕の荷馬車。確実に何かを踏んだまずい感触がした。

 手遅れだけど、せめて後輪もかないようにと慌てて走鳥はしりどりを止めて荷馬車を停車させる。


「グ……」


 僕は飛び降り少しだけ荷台を押し戻すと、声のした方へと駆けつけた。


「だ、大丈夫ですか!」

 

 そこには行き倒れの女の子がいた。

 真っ白な神官服らしきその服の背中には、きれいに入った一本の線と途中まで入ったもう一本の線。


 気を失っているらしい女の子に近づいた僕は、せめて短いほうの線だけでも消そうと荷台から雑巾を取り出した。




◆◆◆◆◆


「ごめんなさい」


 提供したご飯をもくもくと食べる女の子に向かって、僕は全力で土下座をしている。

 前の町で買ったちょっとお高い干し肉と白パンも差し出した。


 現在の状況を要約すると、荷馬車の前輪後輪で二度轢いたのがバレた。

 それと証拠隠滅を図って緊急用の中級ポーションをぶっかけたのもまずかった。


 そりゃそうだ。

 春になったとは言え、暗所保管していた冷たい液体を浴びせられたら僕だって飛び起きる。


 患部に直接と、首の裏側から直接流し込んだのもとてもまずかった。

 奇っ怪な叫び声を上げて飛び起きた彼女に、思いっきり頬を殴られた。

 殴られた時、彼女のお腹が「ぐごごご」と鳴ったので、すごい音だねと言ったら更に殴られた。


 母にもよく注意されたが、どうやら僕はそそっかしくて余計な一言が多いらしい。

 両親と抱き合って泣いたあの日、父からその性格は父方の遺伝だと伝えられ、母を怒らせたくなければ出来るだけ寡黙かもくでいるようにと言われた。そのあと父は追加で殴られていたっけ。


 なので黙って一番良い食べ物を差し出した。

 そして自発的に土下座して今に至る、というところ。


「ひとまず礼を言うわ」


 よっぽど喉が渇いていたのか薄めたワインを一気に呷る彼女。大きなげっぷは全力でスルーした。

 聞くと彼女は冒険者で、出先で魔物に食料や諸々すべて入った背嚢はいのうを奪われて行き倒れていたらしい。


 それで行き先が同じだったので同行したいと言われたのだが断った。

 あの小部屋を隠して野宿とかまっぴら御免だし、聖職者に良い思い出がまったくなかったからだ。

 だから寄進きしんという名目で十分な食料と水、そして銀貨を三枚包んで別れることにした。


「それじゃあお元気で」

貴方あなたに星のご加護がありますように」


 そう言って僕らは別れ、そして僕の荷馬車に乗り込む彼女。

 僕は無言で彼女の肩を掴み引き摺り下ろそうとするが――この野郎、全力で荷台にしがみついてきて引き剥がせない!


「降りろこの生臭坊主!」

「いいじゃないケチ、減るもんじゃないし乗せなさいよ!」

「重量オーバーだ、うちの走鳥はおばあちゃんなんだよ!」

「誰がおばあちゃんよ! 私まだ三十代だもん!」


 しかも年齢詐欺の稀人まれびとかよ! やっかいごとの匂いしかしないぞこいつ。


「もう歩くのイヤなのお願いだから乗せてー、私を傷物にしたんだから責任取って街まで運びなさいよー!」


 そして半刻にわたる攻防の後、どうやっても降りないこのだだっ子に僕は降参した。

 中級ポーションで傷は全快してるけど、轢いたのは事実なので負い目もある。

 仕方がない。明日の朝、置いていこう。


 諦めて御者台に座る僕に、さすがに申し訳なさそうに彼女が話しかけてきた。


「その……無理言ってごめんなさい。これ、少ないけどお礼」

 

 そう言って僕の手のひらに何かを握らせる。

 ちらりと見ると銀貨一枚。


「コレもともと僕の銀貨じゃん! 返すなら全部返せよ!」

「イヤですー。いったん貰ったんだからもう私のですー」

「お前、ちょっと降りろ。その舐めきった考え矯正きょうせいしてやる!」


 詳細は省くが、次の街に着くまでに矯正出来なかった。

 僕は増えた青あざに軟膏なんこうを塗りながら、ひとりため息をいて思った。

 もう考えごとしながら御者やるのは本当に止めよう、と。




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半分シリアス半分コメディです。

面白いと思って貰えたら★宜しくお願いします。

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空の彼方、約束の場所 @kajiman

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