第6話 主神と五人の神

 この大地はどこかの星の超新星爆発や、小惑星と激突を繰り返しならの灼熱地獄を経験していない。


 先にも登場した通り、月が生成されることになったジャイアントインパクトも経験していない。


 落ち着いた太陽を持ち、何なら夜を照らしてくれる月もある。

 さらには適度な重力を持った大地があり、そこは柔らかな大気で包まれ、程よい屈折率で青空まで見える。

 そして海魔法の効果で生成した海があり、真上から見ると、三つの大きな大陸と、小さな島々までが見える。

 まだ季節感も何もないが、ここからの味付け次第でいくらでもなる。

 だから今は適度な温度、安定した海、そして石や岩山がゴロゴロとしている陸地、そして生物が誕生する前の二酸化炭素多め、酸素ほとんどなし、窒素大量の大気がある。


 禁則事項の一つ『生命を直接生み出してはならない』


 だから、ここからはある意味手作業となる。

 今、創造神によってこの世界に新たに書き込まれたのは、『大地魔法』、『太陽魔法』、『月魔法』、『海魔法』そして『大気魔法』の五つだ。


 物体形成は各自の判断で行っているが、この五つがこの世界に最初に生まれた『原初の魔法』ということになる。


 そして主神の元に五大伸がいるこの世界は、まだ『本当の世界』としての認知はできない。


 つまり生命の誕生、これ無くしては神などいても意味がない。


「というわけで、今から命を作ろうと思う。作ると言っても生命の素を入れるだけだ。重要なミネラル、タンパク質はすでに地熱や地底火山で海に供給されてる。でも、この世界だと海水は端から流れていくから、無理やり作らないとすごく時間がかかる。」

「生き物など、岩や土と同じように作れそうなものですが……」

「フォーセリアの言う通りすぐに作れる。でも一応禁則事項だし、そもそも俺がやってみたい。リボヌクレオチド、リン脂質あたりの元になる窒素もリンも豊富にある。それらの原材料を一気に海底に流し込むんだ。」


 五大神はリデンの知識以上には知り得ない。

 それでも世界の真理に近いものは知っている。

 けれど父親が何に縛られているかは知らない。

 生命など生み出してしまえば良いと思えるのだが、そうはできない事情がリデンにはある。


「親父、そこまでやってくれたら、俺の超・海魔法で一気にいけるぜ。」

「いーや。そんな美味しいところを父親から横取りするな。そもそも超は教えてない。そもそも、そんなもんはないぞ。」


 物質と生命の境界線を決めるのは難しい。

 ただ、どこの誰が決めたのかウィルスが境界線の一つらしい。

 そも、人間に定義ができないものは、神にも定義ができない。

 いや、人間が定義してくれないと、神には定義不可能が正しい。


「えー、じゃあ僕たち待ってるだけなの? 暇だなー。」


 腹黒エステリアが口を膨らませながら、可愛らしくブーブー言っている。


「うーん、私もこれ以上生んじゃいけないって、一人っ子政策中ですし……」

「そんなこと決めてないし、結局は何も生まれなかったろ。ある意味アレクス、グッジョブだ。」

「パパがそれでいいんなら、いいじゃん。あたしはブラブラしてくるわ。」

「こら、ルーネリア。父上のお考えだぞ! 勝手にサボるな!」


 ルーネリアはちょっと遠巻きをウロウロしているだけ、サボってなどいない。

 フォーセリアが地面魔法を駄々流しで暇なのも分かっている。

 いつまでもこの地面をぐるぐる回っているアレクスのことはちょっとよく分からないが、とにかく皆やることがなくなってきている。


 だから、今こそ父の威厳を示す時である。


「全員でやるんだ。五人兄妹の父子家庭。せっかくならみんなでこの宇宙、この世界で初めての生命を誕生させようじゃないか。」



     □


 元々人間だった彼は、とある女神に捕縛されて良い話があると唆された。

 彼女は、人間の魂だけの存在が神になれると言ったのだ。

 これほどの大昇格は聞いたことがない。

 しかもただの神、例えばトイレの神だったり、イラストの神とかそういう各論レベルの神ではない。

 その世界での創造神にして絶対神、一番偉い存在だ。

 これはミジンコが朝、目が覚めると人間になっていた、なんてレベルではない。


「ただし、神である条件があるの。分かるわよね?」


 当たり前だが条件がある。

 新人に大きな世界の神になれる訳がない。

 だから既に滅んでしまった世界の後始末の係り。

 滅んだ世界は放っておくと失われてしまう。

 固定資産税かなんだかは知らないが、それを維持するだけでもコストが掛かる。

 それが勿体無いらしく、それなら新人に任せようとなるわけだ。

 それにどうやら今回は曰く付きの物件。

 だからこそ、こんな新人が神に成れる訳なのだが。


「人間を誕生させることが大前提。そして、その人間たちに信仰してもらえれば、合格だったよな?」

「そう。観測者たる人間がいなければ、その世界は世界と呼べない。そしてそれは神も同じ。人間が崇めなければ、それは神ではない。」


 宇宙が存在するならば、間違いなく宇宙はそこにある。

 でも、それを理解する人間がいなければ、『言葉』として存在しない。

 それは神にも適応される。

 人が神という存在を信じなければ、神は生まれない。


「確認だけど、どこまで手を出していいんだっけ。」

「君が出来ることなら、なんでも良いよ。でも分かっているわよね? 直接人間を作ってはいけない。一般的には禁則事項だわ。なぜそれが禁則事項になっているかは……、分かっているわよね?」


 彼女のその言葉に、彼は一瞬声を詰まらせた。

 けれど息を呑み、両の手を握りしめて彼は頷いた。


「問題ない。」


 彼に与えられたのは宇宙が終わった後の世界。

 全ての星は消え、宇宙のインフレーションも終わっている。

 後は残骸が消えていくだけの無音の世界だ。

 誰も住んでいない辺境の地にある貸物件を借りて、お店を開くようなものだ。


「一応、どんなものかは君の魂に直接送るけど、ちゃんとゲームオーバーも設定されているわ。」

「そりゃ、ご丁寧に。いつまでも結果残せないやつに店長はさせられないからな。それで、何回まで許される?」


 彼の言葉に金髪の美しい女神は、たおやかな手つきで右手の指を一本だけ立てた。


「一度きり。次でダメなら諦めるそうよ。分かっていると思うけど、ゲームオーバーは人類の滅亡。普通ならそれを何度も繰り返すものだけれど。家主神の言うことには逆らえないわ。」

「そんな約束して良いのかよ。そもそも何を賭けたんだ? 俺が神になれるなんて相当なものを担保にしなきゃできない筈だよな。」


 彼の言葉に女神は不機嫌そうな顔をして、先程立てた右の人差し指を、自身の座っている椅子に向けた。


「私の立場よ。異世界監視官長官の座を担保にしたわ。あんたが失敗したら、私はまたノラガミ様からやり直しよ。だーかーらー、絶対に成功しなさいよ!」

「えー、俺の命とか魂とかで良かったじゃん。」

「あのねぇ、確かにいくつかの実績があるとはいえ、人間は簡単に神には成れないの。あんたの魂の価値なんて高がしてれるもの。それなりに良い値段では売れそうだけどね。」


 全く何を考えているのやら……というより、この女神は椅子に座っているだけで満足な性格ではない。

 だからもしかすると失敗しても良いと考えているのかもしれない。

 それなりの付き合いなので、彼も察することができる。


「にしても、いつかは必ず世界は滅びるだろ。割りに合ってないような……。ん、賭けだったよな。じゃあクリア条件とかもあるのか?報酬とかも?」

「まぁね。人間、それに世界は必ず滅びる。でも、ちゃんと無事に滅びることができたかが重要なの。そこまで言えば分かるわよね。事故物件ってだけで察しはつくわよね。一度はまともに人類が育てば、もっと高値で貸し出すことができるってわけ。でも、流石にあの家主神も手放す寸前だったみたいでね。賭け金は莫大なくせに、賞金はかなりケチられたのよね。たかだか、君を正真正銘の『神』にするくらいのもの。」


 人間の魂が神になるというのは凄い話だとは思うが、彼女の口ぶりからすると、大したものではないらしい。

 そして、彼女の座の方がよほど魅力的なものらしい。


「確かにその座があれば、不正もやり放題だし、他の世界にも口出しができる。にしても、本当にいいのか? 全然得しない話じゃん。」

「いいの。この座だってあんたが馬車馬のように働いたからみたいなもんだし。で、どうするの? 受けるの? 受けないの?」


 勿論、受ける。

 彼は受けるしかない。

 だから彼は静かに頷いた。

 彼女の良心には応えないといけないし、彼にだって理由はある。


「ちなみに、家主神は剣と魔法のファンタジー世界をご所望ね。これは得意分野じゃないの?」

「どう考えても嫌な予感しかしないけどな」

「それはそうよ。でね、それから——」



     □

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