第5話 海の神と空の神

 長女の提案に父は黙考した。


 確かに大地と太陽と月が揃った。

 そろそろフォーセリアにも綺麗になって貰いたい。

 でも、その為には条件を課せられている。

 基本的に、神の力だけで命は生み出さない方が良いと先達の神々から聞いている。

 神である以上、いくつも抜け道を考えられそうだが、自然発生的な生命の誕生はリデン本人がやってみたいことだった。


「……その為にはまずは海がいるな。それに加えて、フォーセリアにもう一つ力を与える必要があるか。大地魔法を渡すから手を出して。あ、手でもいいんだけど……えっと、じゃあ……」


 リデンは少し躊躇いがちにフォーセリアの頭を撫でた。

 長女はどうやら甘えん坊らしい。

 丁寧に頭を撫でるとニコニコととても嬉しそうだ。

 そして手を離すと、寂しそうな顔をする。

 これも自分の性癖なのではと、創造神の心は複雑である。

 そして再び両手を翳す。


 大地母神は女、太陽は男、そして月は女と来てしまったのだ。

 ここは順番を重視したい。

 ということで。


「海の男って、どっちだろ、どっちくるかなー。よし、出てこい。リバルーズ!」


『海の神リバルーズ』


「お、親父じゃん!産んでくれてサンキューな!ヒュー!俺に全部任せてくれよ!超カッケー海作るからな。親父は見てるだけでいいぜ。」


 俺の中の海の男のイメージはこいつか、と内心では思ったが創造神リデンは顔には出さない。

 藍色の髪がなぜか最初から濡れており、長くウェービーな髪が肩甲骨あたりまで伸びている。

 肌は生まれてすぐだというのに焼けており、なぜかおしゃれトランクスの海パンを履いている。


「……いや。ルーネリアの時点でギリシャ神話から随分離れたからそこは驚かないんだけど。俺のイメージって古すぎないか?」


 彼が首から掛けているネックレスの先端は三叉の槍。

 そこだけ、ギリギリ、ギリシャっぽい。


「ちょ、親父。早く!」


 そして彼はそんな陽キャな口ぶりをしていながら、跪いて頭を撫でられるのを待っている。

 可愛い面も持っているのだろうか、別にこの方法でなくとも良いのだが、頭を撫でるが定番化してしまっている。

 しかも生まれた瞬間から。

 彼らの本能の一つが父に頭を撫でられることになってしまったらしい。


「リバルーズ、お前に授ける力は海魔法だ。皆が無限だと信じるほどの海を頼むぞ。」


『海魔法』


 リデンはリバルーズの頭を撫でて、いつもの如く世界のルールを書き足した。

 どれもこれも創造神ただ一人で出来るが、考えるのが面倒くさい。

 それに今後の事を考えるとどうしてもそれが必要なのだ。


 そも、ファンタジー世界は多神教の世界で描かれることが多い。

 勿論、天使と言い換えても良いのだが。


「じゃ、麗しのフォーセリア姉さんが作った、イケてる大地に行ってくるぜ。ビビるくらいでっかい海を作るからよ!」

「まぁ、リバルーズは嬉しいことを言ってくれるのね。」

「フォーセリア姉さんの凹凸に俺のを注ぎこんだら、絶対にイけるっしょ!」


 リバルーズは、そう言い残して、あっという間にどこかに消えた。

 今から大量の海水を注ぐのだ。

 彼が使う力の膨大さを考えてみれば頭が下がる。

 リデンの抱いたイメージは、海水が大地の端まで流れて、そこから大瀑布を作って下の空間に落ちていく。


「いや、そこはさておき。今、なんて言った?」


 彼がフォーセリアに向けて発言した、すごく気になる言葉。

 主の身勝手な思い込みが生んだ性格なのだが。

 設定上、彼らは兄弟、姉妹。そんなおかしなことなど……。


「えっと。あれだ。神話ってそういうのありだったりする……よな。——え⁉俺、そんな卑猥な事考えてた⁉ないないないない!そういう物語にはしないって!……え、本当にしないんだっけ?」


 不意に飛び出した一番偉い神のお言葉だが、その場にいたフォーセリアがちゃんと拾い上げてくれた。


「お父様!セリアは二人目も行けますよ?お、お父様がお望みなら……その……いつでも……」


 そしてリデンはスッと立ち上がり、上空へと昇った。

 フォーセリアは甘えん坊ではなく、ビッチ設定だったのかもしれない。


「待て待て。落ち着け、俺。国生みの神って大体が多産だろ?あらゆるものを産むんだし!一神教だったら俺が全部産むってことだろ?日本の島々も全部神様が生んだんだろ?」


 産むという言葉が良くない。

 その前の行為を連想してしまう。

 だが娘だ。

 それにそんな気持ちになりようがない。

 別の理由があって、彼はここにいる。

 だから、気持ちを切り替えてリバルーズの働きを観察することにした。


「とにかく観察!今はそれだ。……さて、化学反応も存在するが、大部分は魔法による力。ファンタジーな世界ってそんなイメージなんだけど……」


 神が使う魔法はこの世界のルールに新たに書き込んだものだ。

 この世界の全ての場所で適応されるプログラミングのようなもの。

 当然だがそこには必要となるエネルギーが必要となる。

 だが、無から広大な宇宙ができたのだ。

 まさに神に不可能はない。

 だから、リバルーズのイメージ通りに巨大な水のうねりが地上に発生し……、発生し……。


 ——発生しない⁉


「兄貴、俺が作った海水を勝手に蒸発させんじゃねぇよ‼‼」

「弟よ、修行が足りんぞ、気合いだ。気合いで魔法を唱え続けるんだ‼‼」

「はぁ? 俺の魔力が少ないみてぇじゃねぇか。俺たちは兄弟っつーか、同期だからなぁ!ちょっと生まれが早いってだけで威張るんじゃあねぇぞ、オメェ!」


 父が見ている前で突然の兄弟喧嘩が始まった。


「……つーかよ。地面に触れてもボコボコ蒸発したりしてるし……。あ、フォーセリア姉さんは大丈夫す。俺がこれくらい自力で解決するっす。」

「あら、私の大地魔法が強すぎたのかしら……」

「お姉ちゃん、大丈夫だよ。私の後ろ飛んでるバカ兄貴が全部悪いんだからぁ。」

「私の熱い気持ちが強いんだよ。お前たちの父上への愛はそんなものか!」


 これはもしや。


 だんだん空気が悪くなっている子供達の様子を、神様は冷や汗をかきながら眺めていた。

 とんでもない原始の神による大喧嘩、それは流石にやめてほしい。

 せっかく異世界の支配者に成れたというのに。

 このままじゃ『この新人神、使えねぇ』と思われてしまう。

 思われるだけならまだ良い。

 今後の履歴書に『星を作る段階で事故を起こし、世界を破滅に追いやった』とか書かなければならなくなる。


「履歴書に傷はつけたくないな。……太陽の熱と地熱か。これは、仲裁に入れる神がいるな。」


 大気がなければ日光もただ地面を熱くさせるだけ、表面温度は真昼ではかなり高いと予想される。

 そしてフォーセリアの地熱。

 これは在ってくれないとダメな存在だ。

 今は大気圧が0に近い状態、それでは水は液体として存在できない。

 大地への直射日光を避け、大地全体を包む緩衝役が必要なのだ。

 日光、月光、大地そして水を優しく受け止めてくれる、そんな優しい神が必要だ。


「優しい神様か。それじゃあ——」


 創造神リデンは両手を翳す。

 するとその空間にエネルギーが生まれる。


『空の神エステリア』


「エステリア、君を作り出そう。君は今から大気の神にして空の神だ。空から上の神たちを支え、地上の神を包み込むような包容力を持つ君が欲しい。」

「……お、お父さん。ぼ、僕。が、が、頑張り……ます。」


 え……、僕っ子、ロリ巨乳⁉

 手よりも長いセーターにジーンズて……。

 包容力ってそういう意味だっけ?


 と、創造神は思った。

 ここまで見事に自分の性癖が自分の創造に反映される。


 創造神、いや彼はもしかしたら妄想神だったのかもしれない。


「ま、まぁ……。結果オーライ……だよな?」


 色々と計算は違ったが、リデンはいつものようにエステリアの空色の髪を撫でる。

 そして。


『大気魔法』


「エステリアにはそれを司ってもらう。えっと、まずは兄弟喧嘩の仲裁をよろしく。」


 エステリアは、——というより神は重力や大気、その他諸々の影響は受けない。

 その筈なのに、エステリアは胸を文字通り弾ませながら、空と地上の間に飛び立っていった。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん……。僕……、あの……。ここ、初めてで……、こ、怖くて……」


 その瞬間に彼らは凍り付いた。

 無論、彼女を知らないからではない。

 創造神が世界にエステリアを作り出した瞬間から、他の神にも情報が共有されている。


「……そ、そうだな。俺もちょっと言いすぎた。すまんな。リバルーズ。」

「いやぁ、俺も言いすぎたんじゃね? ちょっと張り切りすぎちまった。やっぱ海だからヨォ。超テンション上がってたっつうか……」

「私もごめんね。お姉ちゃんたち、怖かったよね! 大丈夫よ、ね? ルーネリア?」

「私は別に、喧嘩してたわけじゃないしー。でも……、うん。エステリアが可愛いから、許しんだからねー。」


 その光景を見た創造神が目を剥いたのは言うまでもない。


「一瞬だと……?」


 彼女が入った瞬間に仲裁は成功した。

 いや、いつの間にかエステリアは可哀そうなほどに泣いていた。

 あんなに可哀そうな顔で泣かれたら、大人たちは何も言えなくなる。


「うん。お兄ちゃんもお姉ちゃんも怖いの無しだよ……」


 そしてエステリアは漸く泣き止み、創造主にしか見えない角度、聞こえない声でぽつりと「ちょろいですね」と舌をぺろっと出して呟いた。


「——俺の性癖……だと?」


 寧ろ、自分の性癖ゾーンの広さに驚愕した創造神だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る