第4話 月の女神
地球は奇跡の星だ。
ハビタブルゾーンと呼ばれる範囲。
恒星からの距離が、水が液体として存在して生命に必要なエネルギーのみを受け取れる範囲であること。
それから木星や土星のような巨大なガス惑星が外縁を周り、隕石の衝突をある程度防いでくれること。
いくつかあるが、月の存在が非常に大きいことも有名だろう。
ジャイアントインパクトと呼ばれる小惑星との衝突により誕生したのが月と言われている。
月とは衛星である。
太陽系に限っても、月よりも大きな衛星はいくつも存在している。
ただ、地球の大きさを考えると、月という衛星はかなり大きい。
その大きな衛星の存在に因って、地球の自転速度は弱まる。
そして、その後も月との引っ張り合いによって安定した自転周期を得ることが出来る。
ただ、この世界には既に太陽があり、適度な重力があり、最初から隕石は存在しない。
更には自転なんて起きようがない平面の大地だ。
——つまり、この世界に月は要らない。
「でも、果たしてそうだろうか。やはり今後生まれる人類のためには月があった方が、お祭りだったり、お月見イベントが出来たりする。やっぱりあった方がいいと思うんだが……。その辺、フォーセリア的にどう思う?」
大地はあらかた完成した。
まだトッピングもドレッシングもないプレーンな状態だが、そこで二人でアレクスが飛んでいるのをただ見ていた。
「そうですね。『月が綺麗ですね』なんて言えるシチュエーションなんて、一度もありませんでしたけど、フォーセリア的にはロマンチックで素敵だなって思っちゃいますのよ、お父様。」
「あぁ。流石に有名になりすぎて、逆に詩的ではなくなってしまったからな。——って、今のは俺の過去……だと?使うタイミングが一度もなかったとか、そういうんじゃあ……」
「——お父様?今のはフォーセリアの気持ちです!今、あんなギラギラした弟を眺めるんじゃなくて、お月様があったらいいなって思っただけです!」
これも主の影響がそう言わせているのだ、と過剰に反応し過ぎてしまった。
今のは、素直に頷くのが正解だったらしい。
遠い過去の地球での記憶を引っ張り出した自分が恥ずかしい。
「そ、そ、そうか。そうだよな。フォーセリアも月が欲しいよな。流石にこのままじゃ、夜が寂しすぎる。よし、まずは名前だな。一人称……。うーん。月は満ち欠けもしてもらいたいから……。——って?」
「お父様と手を繋いではいけませんか?こういうのもしてみたいんです!」
自分で作りだしたとはいえ、やはり神、やはり完璧な美しさの女性に手を握られたら恥ずかしい。
ただ、確かに月とは地球の一部でもある。
長女の思惑はさておき、そのイメージが創造神リデンに閃きを与えた。
彼の右手から光るモヤが現れて、じわじわと輪郭が形取られていく。
そして、その光の中にシルエットが浮かび上がる。
「……え、ウサギ耳?」
そして光が収まったころには美しい女性が目の前に立っていた。
紫の髪の美しい女性、彼女はピンクのコートを羽織り、何故かその中は黒いタイトなボディスーツを着用していた。
いや、中身はあの姿そのものである。
「バニーガール姿……だと⁉……じゃなくて」
『月の女神ルーネリア』
「俺の娘として生まれてくれてありがとうな。」
一瞬だけ目が合った気がしたが。
「ば、ばっかじゃないですか?パパに言われるまでもなく、ちゃんと仕事はする……です。か、勘違いしないで下さい!パパのこと、別に……好きなんか……じゃ……」
彼は創造神なのだ。
イメージしたものが形になってしまう。
月だから安易にうさぎと思っても仕方がない。
性格もあくまで満ち欠けをイメージしただけであり、創造神が好む『ツンデレ』を意識したものではない。
彼は心の中で何度も、「俺のせいじゃない」と言いながら、彼女の後ろ姿を観察した。
そこまで切り込みを入れるかと思うほどの燕尾状のコート、そこから見える白いうさぎの尻尾。
それがぴょこぴょこと左右に動いている。
不機嫌そうな顔と嬉しそうな尻尾が胸の中の何かをソワソワさせる。
「……いや。娘。ん。娘。そう、娘。——と、とにかくルーネリア。君にも魔法を託そう。夜を司るにふさわしい君に授けるのはこれだ。」
『月魔法』
娘の紫色の髪の毛に手を乗せて、そして同時に世界に書き込んでいく。
「好きで撫でられるわけじゃないんですからね。早くしてください!」
その割にうさ耳が垂れて、頭が撫でやすくなっている。
尻尾は……、きっと振っているのだろう。
月は神秘的、それはどの世界でも同じだと思うが、ここでは更に意味がある。
地球の影、なんて物理的な現象で満ち欠けを起こさない。
月が完全に消える新月は暗闇の象徴。
つまり、月魔法には闇魔法も含まれる。
その危険性をも孕んだ魔法こそが彼女にふさわしい。
いずれ、この世界は剣と魔法の世界になる。
生命が誕生すれば、更に月魔法の派生が生まれていくことだろう。
月の光は闇夜の生物を導くもの。
使う者次第ではどんなことが起きても不思議はない。
「っていうかパパ、なんかあの男が追いかけてくるんですけど。不快なんだけど、私。それに見ようによっては、あたしが追いかけているように見えるんだけど……」
「妹よー。俺の背中を追うがいいー」
まだ気体はほとんどない。
だから音波はない。
ドップラー効果など起きる筈がないのに、アレクスの声が救急車のように聞こえた。
そもそも、今はまだ周り続ける必要はない。
そもそも、魔法で太陽を移動させればいいのだから、彼らが飛ぶ必要はない。
でも、なんだか楽しそうなので、リデンは彼らにそのことを敢えて告げない。
「大丈夫。大丈夫。基本的に顔を合わさないから。ほら、ちょっと試してみて。」
「パパの頼みだから、仕方なくやるだけだからね!」
ルーネリアはそう言い残して飛び立った。
そして、アレクスが移動するタイミングを見計らって同じ軌道を回り始めた。
因みに今はタイミングだけが合えばよい。
神のみの世界、今の彼らにとって時間は重要ではない
そして、彼女はちゃんと月の満ち欠けの演出も熟している。
主が神生みに慣れてきた証拠だろう。
それを見計らって、長女が父に提案をした。
「お父様、やはりいいものですね。こうやってお月様も昇っていることですし、そろそろ私もおめかししたいなーって思います。」
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