第2話 地母神

 創造神リデンはほとんどエネルギーを使い果たした世界に降臨した。

 漆黒のマントを翻して、依頼主からの要望を確認する。


「お題は、……剣と魔法の世界。」


 流石にこの時空の提供者の要望には応えなければならない。


「今は何のルールもない世界、だから好きにして良いんだけど。」


 ビッグバンを起こすことから始めるのが一番かもしれない。

 そのついの姿が、殺風景なこの世界なのだろう。

 最初からやり直してみるのもアリかもしれない。


「えっと、宇宙の始まりって……」


 エネルギーが物質となり、物質同士の衝突が新たな物質を作る。

 その衝突で新たなエネルギーが生まれ、連鎖的に物質が誕生する。

 水素が誕生して、連鎖的核融合が始まれば、恒星が完成する。


 恒星での核融合で鉄が完成し、そこから先は恒星の死が待っている。

 赤色矮星となるかもしれないし、超新星爆発を起こすかもしれない。

 そして更なる恒星か、もしくはブラックホールか。

 超新星爆発のような膨大なエネルギーによって、鉄以上の原子番号を持つ物質は作られる。

 だから地球のような岩石惑星は、恒星の死を経験しなければ、一般的には作れない。


 ——ただ、彼はその辺に明るくない。


「神様初仕事の初心者だし。やっぱりまだ人間目線でしか考えられないな……」


 バタフライ効果?

 カオス理論?

 何、それ。

 美味しいの?


「だから、その辺はぜーんぶ省略。強引にエネルギーを発生させて、素粒子を生み出す。んで、陽子が生まれたら、無理矢理結合させる!」


 リデンは両手を死んだ星に掲げて、無から膨大なエネルギーを発生させた。

 宇宙の燃えカスが浮遊していただけの空間に、新しいガスが発生し、それが次々に凝縮されて自ら重力を持つ。

 そこまでくれば空間に水素を発生させ続けるだけで、星が勝手に光り輝き始める。


「表面温度は6000度くらいか? 太陽を作ればいいんだろ。あんまり大きすぎても、小さすぎてもだめだよな。高温すぎても寿命が短くなる。……うーん。こんなもんかな」


 創造神の力は驚くべきものだった。

 太陽だって簡単に作れてしまう。

 この工程にどれほどの時間がかかっているかは分からない。

 そも、時間という概念も人間がいてこそ成立するのだ。

 不老不死には時間の概念がない。

 この時点で、もしかすると50億年くらいかかっているのかもしれない。


「えっと……、ハビタブルゾーンの設定。丁度良い距離に……。ん?宇宙から飛来する隕石予防に、木星みたいな巨大ガス惑星があった方が良いんだっけ。」


 創造神ド素人なのだから、指折りしながら考える。

 だが、それだけでどれほどの時間が掛かっているのか分からない。


「んー。後でいいか。大きさどうしようかな。ちょっとよく分からないけど、同じくらいの大きさなら……」


 神はそこで考えた。

 三億年考えたのかもしれないし、その間、時が止まっていたのかもしれないが。


「やっぱなし。太陽消えろ。なんか違う。これじゃ、普通の世界だな。ただ、俺の知っている世界をパクっただけだ。そもそも、これは科学の世界じゃん。俺が目指すは剣と魔法のファンタジー世界だ。——だったら、こうじゃないかな?」


 あろうことか、神リデンは折角出来た恒星を消してしまった。

 そればかりか惑星を作ることも諦めた。

 いきなり、注文されていないものを作ってしまうところだった。


 この世界に必要なのは剣と魔法のファンタジー世界。

 ならば、通常の物理法則は必要ないと神は考えた。


「やっぱ、あれだ。神様のイメージってこうだよな。」


 神はパクリ太陽がさっきまであっただろう場所に手を翳した。

 するとそこに女体が出現する。

 神の形に似せて作られた、人形ひとがた

 母を思わせる容姿と美しさ。

 深緑色の長い髪の女性。

 さっきのパクリ発言はどこに行った? と思わせる、ギリシャ神話の女神が着ているような薄手の生地の服。


 裸のままでも良かったが、一応服は着させておいた。


 裸体を見たところで、目のやり場に困ることはない。

 だって神は不老不死である、子孫を残す必要もない。

 ただ、やはり。


「いきなり大人で俺と年齢差は感じられないけど。フォーセリアって俺の娘だよな。やっぱ裸はダメだ!」


 創造神に性別など存在しない!と言いたかったが、やはり自分で生み出した娘には違いない。


 人間だった頃の記憶が混じっているのか、娘の裸は見てはいけないと考えた。


「とにかく、これで良し。……名前は」


『フォーセリア』


「うん。お前は今日から大地母神フォーセリアだ。」


「ありがたき幸せに存じます。我が父、リデン様。私をお作りになって頂いて本当にうれしく感じております。この体もすごくしっくり来ますし、なにより私の頭の中にはすでに豊富な知識があります。これも父の偉大なる——」

「いい、いい、いい、いい。 気にするな。」


 ただの自己満足で作っただけ。

 この大地母神に大地の管理を丸投げしようと考えていたのだから、感謝されても困る。

 給料が出る訳でもないし、休みがあるわけでもない。

 生まれたての娘は出生と同時にブラック企業に入社してしまった。

 創造神リデンのそんな思いが伝わっていないのだろう、彼女は空中で傅いている。


「では、早速仕事に取り掛かりましょう。お父様はどのような大地がお好きですか?」


 フォーセリアは頭を下げて、主の言葉を待ち続ける。

 テーマは『剣と魔法のファンタジー世界』だ。

 何も伝えなければ、彼女もまた先と同様に地球を作ってしまう。


「先入観を捨てろ。いや、俺の世界だ。先入観こそが大事……なのか」


 そこで創造神は一つのイメージに辿り着いた。

 あまり大きすぎても大変そうだし、狭くても味気ない。

 あの星のように回転されたら観察が面倒臭そう。

 これは彼が人間の記憶を持っているから考えたことである。

 絶対の神なら、どこにいても見ることが可能、と彼は考えなかったらしい。


「直径1万キロの大地。しかも球状じゃなくて、平面の円で作って欲しい。えっと1mがこれくらいで……、って流石に分かるよな。あとは任せる。——と忘れないうちに、お前に大地魔法を授ける。他にも必要そうな魔法があれば言ってくれ。」


 リデンは目を閉じてこの世界のルールを一つ書き込んだ。

 大地魔法は起源の魔法であり、質量を操る重力魔法をも含まれる。


 ——つまり、この瞬間からこの世界での重力は、「魔法」となった。


 そして、主はその使用権限をフォーセリアにも与えた。

 加えて、地上を構成する要素、岩や土を創造できる力も「大地魔法の属す」と決めた。


「おお、これはすごいです。さすがお父様です! では、今から私は大地魔法で大地を作ります。厚みはどれくらいにしましょうか?」

「それはフォーセリアの好みで頼むよ。でも、その上に山とか火山とか作るから頑丈には作ってくれ。」


 その辺の設定が必要なのを忘れていた。

 ただ、彼女からの尊敬の眼差しを真正面から見ず、顔を引き攣らせた笑顔で言った。

 そんな彼から生まれたのだから、娘だって同じようなもの?

 そんなことはない、彼女は大地母神なのだ。


「はい。自分なりに考えてやってみます。フォーセリアはできる娘だ!ってお父様に言ってもらえるように、フォーセリアは頑張っちゃいます!」


 長い髪を靡かせながらフォーセリアは暗闇に消えた。

 髪が靡く?

 当然風も空気もほとんどないが、神なのでそんなのは関係ない。

 そんなことよりも重要な事件が起きたのだ。


「……え、あの子。一人称自分の名前言っちゃう感じなの? 俺の好みがそうだって思われそう。き、き、嫌いじゃないけれども!そかー、その辺も設定しないとダメなのか。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る