天地創造編

第1話 死にゆく世界

「なるほど。思った通りだな。ここは……


 真っ白な空間に一人、黒髪の青年が立っていた。

 青年は早速、屈んで地面を触ってみた。

 その白い砂を手で掬って軽く揉んでみる。

 ただ、砂の粒が細かすぎて全てが煙のように消えてしまった。


 ……全ての色が失われた世界」


 青年は真っ白な雪に見える灰の上を歩いている。

 そのきゅ、きゅ、という独特な音がして、少し心地よい。

 音がしている、つまりここには大気が存在している。

 大気が纏わりついているということは、この世界にも重力が存在しているということ。

 ただ、この大気は空気と呼べる代物ではない。

 別の世界では暗黒物質と呼ばれるかもしれないし、エーテルと呼ばれるのかもしれない。

 得体の知れないガスの集合体。

 少なくとも青年の目には無色透明に見える。

 ただ、酸素や窒素と呼べやしない。


 通常の網膜や視神経では、この世界を捉えることは不可能だ。

 なにせその存在を教えてくれる光が存在しない。

 青年はスッと地面を蹴ってみた。

 粉雪のように砂が舞い上がり、空高くに舞い上がってそこで静止した。


「うーん。まだ使い慣れてないけど、こっちの目なら見えるかな?」


 青年は瞳の色を琥珀色に変えた。


「一つも恒星がないのか。……そりゃ、そうか。ここに既に神はいない。」


 瞳の色を元に戻すと、世界は再び闇に包まれた。

 漆黒の世界。

 星は全て燃え尽きてしまっている。

 まさにここの宇宙は死を迎えようとしている。

 彼は闇に紛れる色のマントを羽織っている。

 もしもこの世界に光があるのなら、青年の顔だけが浮かんでいるように見えるだろう。

 そして形の良い顔が左右に動き、やや下を向いた。


「空間や星の残骸があるだけまだマシか」


 声は僅かな音波になって先ほどの粉雪を少しだけ外に飛ばした。

 彼には不思議な力があるのか、この空間でも異変が起きることはない。

 彼が何者なのかを、この世界は知らない。

 けれど彼はこの世界について知っている。


「終わった世界。未経験者歓迎の時空。立地も設備も最悪、当然電気も上下水道もなし。電波も……、エネルギーの残り香だけ。近くに大きな世界もないし、そもそも駅も存在しない。」


 ただで住んでいいよと言われても断りたくなるレベルの世界。

 お金をもらっても流石にここで生きようとは誰も思わない。


 彼はこの世界の立地を嘆いた後、マントの隙間から右手を出して、髭が生えてこない顎を触った。

 生やそうと思えば生やせるのかもしれないが、なんとなく自分には似合わない気がしていた。

 ここは、終わっている世界だ。

 この姿を誰に見られる訳でもない。

 きっと服を着ていなくても問題ない。

 かといって、マントの中は全裸というわけでもない。

 人間だった頃の記憶が、さすがにそれを受け付けない。


「——さて、そろそろ仕事しなきゃな。まずやらないといけないのは……、——うん、俺の名前を決めないとだ。ハジメニ言葉アリ……、使い方は間違っているかもだけど。名前がないのも格好がつかないな。」


 彼は、一億年どころでは済まない未来を想像して、腕組みをして考え込んだ。


「なんて呼ばれるのがしっくり来るんだろう。王? いや、オオカミ? 違うな。単なる創造って訳でもないし。じゃあ、再生。リジェネレーション、リビルド……」


 考えている間にもすごい速さで時間は流れている。

 この世界の観察者は彼、ただ一人。

 つまり、彼が一秒と言えば一億年さえも一秒になる。


「救済、贖い。リデンプション。……リデンプションから取るか。じゃあ、リデン。よし、決めた。唯一にして絶対、そして創造の神『リデン』。今日から俺は創造神『リデン』だ。」



 ——彼がリデンと名乗った瞬間、一瞬だけ周りの空間が一度だけ脈を打った。



「じゃあ、今から世界を作るとしようか」

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