第5章 第8話 テロ組織との対決 愛莉救出

(こいつ…思ったより強え…!)


「ほらほら〜さっきまでの威勢はどこ行ったの〜?」


ハンターとナガレの戦いは、明らかにナガレの方が優勢だった。ハンターはナガレの攻撃を上手く受け止めていたが、ダメージは蓄積する一方だった。


(どっかで攻勢に転じないとやられる…!)


ハンターはナガレに隙ができるタイミングを狙おうとしたが、シンプルな物量で圧倒される。ナガレは容赦なく弾丸を放ち続けていて、そのままハンターを倒すつもりだった。


「思ったより弱いね〜…そこにいる子も面白いことになってそう…」


ナガレの興味は、既にボロボロになっているハンターではなくペルタの方に向いていた。ペルタが特異な存在である事は、ナガレからすれば一目で分かる事だった。


「悪いが…テメェにそのガキを好きにはさせねえよ!」


「口だけなら何とでも言えるよね」


ハンターは軍刀を模した刃物を持って、ナガレに襲いかかる。ナガレは驚きもせずに、ハンターに向けて銃弾を放ち続ける。


ーー


「ちょっと!何が起きてるの?!」


『分かりません!急にギャングが押し入って来て…』


階下からの振動を無視出来なくなったスミレは、慌てて他の従業員に連絡を取る。しかし相手も慌てている様子で、詳細は分からないままだ。


「早く私設部隊に連絡を…」


「させないよ」


指示を出そうとしたスミレの後方から、桃香が一撃を喰らわせた。後頭部に打撃が直撃して、スミレは呆気なく気絶した。


(私設部隊って何だ…こいつは倒せたけど、向こうの人が勝手に呼んでるかな)


桃香は倒れているスミレを放置して、エレベーターに乗った。ハンター側の状況を確認出来ていないが、上手くいっていなかったら手助けをするつもりだった。


ーー


「階下からの揺れが激しくなってる。留まるべきか逃げるべきか…ナオはどうすればいいと思う?」


「この程度の揺れなら、建物が崩れる事は無いと思います。ブラックエリアの建物はそこまで脆くないはずです」


戦闘による振動が激しくなってきているが、鼎とナオは落ち着いていた。ブラックエリアではチンピラ同士での争いが絶えないので、基本的に建築物は頑丈に作られている。


「風俗嬢の控え室は何階にあるの?」


「…一階です」


控え室に戻っていれば、愛莉にも危険が及ぶだろう。一つ一つ部屋を確かめてもいいが、他の客に攻撃される危険性もある。


「アイリちゃんはプラチナ会員しか指名できないんだよね。長時間だと料金もかなり高くなるのかな?」


「はい。大抵のお客さんは、大体30分程度で指名しているみたいです」


そうなると、さっきの監視カメラの客はもう帰っているのかも知れない。既に愛莉が一階の控え室に戻っている可能性が出てきた。


「そろそろ帰るよ…アイリちゃんが危険な目に遭ってるかも知れないし」


「え…一階を通るつもりですか?!チンピラ同士の争いに突っ込む事になりますよ!」


「そうは言っても時間だし。これ以上いたら追加料金取られるでしょ?」


「お金は取りませんから…」


ここで引き留めても無駄だと、ナオも分かっていた。それでも優しい人間である鼎の事を、そのまま放って置きたくなかったのだ。


「でも行かなきゃ…アイリの事は助けないといけないんだ」


「…これ以上は止めません。私は戦闘が落ち着いてから脱出します」


そして鼎は、ドアを開けて風俗店の廊下へと出る。ドアを閉める前に、一度振り返ってナオの方を見た。


「どうか、気をつけてお帰りになってくださいね」


「…分かってる」


恐らく、もう二度と会わない可能性の方が高い2人。それでも彼女達は、お互いの身を案じながら別れた。


ーー


(ハンター暴れすぎ…鼎サン無事かなぁ)


風俗店の一階は既に壊滅的なレベルで破壊されていた。エレベーターを降りた桃香はハンターに呆れて、少しだけ鼎の事を心配する。


(さてハンターは…思ったより離れた所にいるのかな)


風俗店の入り口へと向かう桃香だったが、突然激しい閃光に襲われる。桃香は咄嗟に目を閉じて視覚へのダメージを防いだが、今度はアーマーを着た複数のユーザーに襲われた。


「うわっ!」


(伏兵か…何だこいつら?!)


桃香は慌てずに一人一人倒そうとするが、相手が多すぎる。数に押される桃香はこれまでとは違い、かなり苦戦していた。


(面倒になってきたな…)


ーー


(何だこれ…さっきまで薄暗い風俗店だったのに!)


一階に降りた鼎は、その荒れ果てた店内を見て唖然とした。しかしすぐに落ち着きを取り戻して、愛莉を探し始める。


(無事な部屋を探そう。風俗嬢達はそこに集まってるかも知れない…)


鼎は既にボロボロの一階を探索して、まだドアがちゃんとついている部屋を見つける。鼎は襲撃を警戒しながらドアを開いて、中に風俗嬢達がいる事を確認する。


「誰っ?!」


「愛莉は何処?」


風俗嬢達はいきなり入って来た鼎に怯えていたが、彼女はそんな事を気にしなかった。返事を確認する前に、部屋の中を見回して愛莉を探す。


「…入って来ないでっ!」


「おっと…」


風俗嬢の一人がいきなりナイフを持って突っ込んで来たが、鼎は簡単に躱した。手からナイフをはたき落とされると、風俗嬢は急に大人しくなった。


「ひいっ…」


「怯えなくてもいいでしょ…先に襲って来たのそっちだし」


鼎の強さを認識して動けなくなった風俗嬢達を放置して、彼女は愛莉を探す。鼎は部屋の隅で縮こまっている紫色の髪の少女を見つけた。


「久しぶり、愛莉」


「あなたは…」


「ここから連れ出しに来たの、質問なら後で聞く」


「待っ…」


鼎は愛莉の言葉を遮って、彼女を強引に部屋から連れ出した。愛莉は逆らわず、他の風俗嬢達は怯えたままだった。


ーー


(砂埃がすごい…っていうかこの音、近くで戦闘が起きてるの?)


鼎は愛莉を連れて来た道を戻っていたが、建物の各所が破壊されていて回り道をせざるを得なかった。それでも鼎は落ち着いて、銃器の音が聞こえない方へ愛莉と一緒に向かった。


(桃香との連絡は後にするしかない…愛莉と一緒に逃げるのが先)


桃香の事は心配していたが、鼎の中での優先順位は決まっていた。鼎は愛莉の身の安全の方が大事なので、桃香の状況は後で確認する事にした。


ーー


「くっ…しつこい!」


桃香の周囲には未だにアーマーを着た兵士達が群がっていた。彼女は冷静に彼らの装備を見て、どういう組織の所属かを考える。


(こいつらの装備、旧式だったり非制式だったり…テロ組織か)


武器は最新鋭の物には劣るが、死地を突破して来たテロ組織の実力はかなりのものだった。桃香も賭場を仕切っている実力者だが、テロ組織のメンバー達程の経験は無かった。


(早く切り抜けないと、ハンターも鼎サンも…!)


ーー


「ぶうぇ…」


(思ったより弱かったなーさて、さっきの子を…)


戦いに敗れて気絶したハンターを放置して、ナガレはペルタを探し始める。風俗店一階の大部分が破壊されていたので、隠れる場所はほとんど無い。


「ひっ…」


「お名前は?」


「ペルタ…」


「ペルタちゃんか…一緒に来てもらうよ」


ナガレはペルタの手を引いて、何処かへ連れて行った。ペルタは彼女に逆らえる様な精神状態では無かった。


ーー


「ちょ…ちょっと、大丈夫!?」


テロ組織に構成員達を撃破した桃香は、倒れているハンターに駆け寄った。気を失いアバターも傷ついていたハンターだったが、それ以外の異常は無さそうだ。


「うぅ…クソ、あのガキ強えぇ…」


「よかった…意識が戻って」


「おい…ペルタは…」


「え…この辺にはいなかったけど」


ーー


「巴、愛莉のユーザーデータを元通りに出来る?」


「やってみるけど…この研究室の設備には限界がある。いきなり転がり込んで来て流石に驚いたよ」


鼎と愛莉は無事にブラックエリアを脱出して、アカデミーブロックにある巴の研究室に来ていた。強引に連れ出された愛莉だったが、大人しくしていた。


(愛莉の救出を最優先したから、桃香への連絡をまだ取ってない…)


鼎は風俗店で振動が起きてすぐに愛莉を助けに行き、桃香の様子を確認できなかった。彼女の事だし無事だろうと思いながら、電話をかけてみた。


『アレ、鼎サン?!無事なの!?』


「愛莉を救出してブラックエリアを脱出した。今はアカデミーブロックにいる」


『そう…愛莉チャン、助ける事ができたんだね』


「そっちの様子を放置する事になっちゃったけど…大丈夫?」


桃香は愛莉が無事だと知って、ほっとしている様子だった。だが、桃香の方はかなり深刻な状況になっていた。


『鼎サン…ペルタチャンがテロ組織に誘拐された』

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