第5章 第7話 風俗店襲撃 ハンターとナガレの対峙

「ただのお客さんじゃない、か…正解だよ。私の事、追い出す?」


「私をここから連れ出したり誘拐する事が目的なら、追い出します。そうでなければ、私は風俗嬢としてあなたの相手をするだけです」


「分かった。それじゃあもう少しここに居座るよ」


「…電話、繋がらないんですか?」


「ギルドマスターやってるワウカと連絡がつかない。向こうも電話に出れない状況って事か…」


「ワウカさん以外のプレイヤーを集めるのはできますか」


「私新入りだし…あのギルド大半がワウカのファンだからね…」


「それにしても想像できません…オンラインゲームのNPCがゲームの外側に出て来るなんて…」


鼎はナオがいる部屋で、ペルタ救出の為に使えそうな人間に連絡をとっていた。しかし鼎には交流関係があまり無いので、協力してくれそうな人間は限られていた。


(ワウカについて行ってるだけのメンバーが積極的に協力してくれるとは思えない…どうしたら…)


ーー


(ここ…何だか怖い…)


ブラックエリアを彷徨うペルタは、暗い雰囲気を漂わせる街並みに怯えていた。建物の中からは怒号や悲鳴が聞こえ、道の隅には頭部が欠損したアバターが転がっていた。


(さっきのところに戻りたい…どうしよう…)


明らかに怖がっている様子を見せているペルタを、遠くから観察する男達がいた。ユーザーデータの違法な取り引きをしている組織の下っ端だった。


「あのガキ変な格好してんな。身ぐるみ剥いでも何も出ないか…?」


「このカメラで撮影してもユーザーデータがよく見えねぇ…明らかに怪しいぞ」


迷子の子供は色々な事に使えるが、犯罪者達はペルタの状態に困惑していた。本来ならば簡単に見れるユーザーデータが、正常に表示されないからだ。


「とっ捕まえてみようぜ、大発見があるかも知れねえ」


そう言って男達は動き始めたが、警戒していたペルタはすぐに気づいた。ペルタはすぐに走り始めたが、男達は冷静に先回りしようとしていた。


ーー


(見えなくなった…でも土地勘があるのはあっちの方。まだ追って来てるはず)


ペルタは周囲に追って来ている人間はいないか警戒しながら、走り続けていた。外の世界を知らないNPCだったが、他人の明確な悪意は理解する事が出来た。


(取り敢えず、あの光ってる建物を目指して…)


彼女は目指し始めた外観がネオンに照らされている建物を目指し始めた。ペルタは知らないが、そこは鼎と桃香が潜入中の風俗店だった。


ーー


「で、アホな教師の対処方法を考えて欲しいんだけど」


「何でそんな事一緒にやんなきゃいけないの…こっちは何一つあなたから情報を聞き出せてないのよ!」


相変わらず質問に対して雑に対応する桃香に対して、スミレはかなりイラついていた。隙だらけになったスミレにバレない様にメッセージを送るのは、桃香にとっては簡単だった。


「…何デバイス操作してるのよ」


「助けを呼ぼうとしたんだけどなー焦っちゃったなー失敗したなー」


スミレはおどけた態度になる桃香からデバイスを奪い取るが、表示されていたのは数字の羅列だった。当然スミレは理解できず、彼女は本当に失敗したのだと判断した。


(早く助けに来てね〜)


ーー


(桃香のやつ座標だけのメッセージ送って来やがった…って、ブラックエリアじゃねえか!)


桃香からのメッセージを受け取ったハンターは、普段と変わらずブラックエリアの賭場の警備をしていた。彼は数字の羅列を見て、すぐにそれが座標を示していると理解した。


(桃香の縄張りの外…仕方ねえ、アイツに恩を売りに行ってやるか)


警備がいてもいなくても変わらない賭場を出て、ハンターは移動し始めた。同じブラックエリアで距離もそこまで離れていないので、すぐに座標地点へ到着できそうだ。


ーー


「チッ…あのガキ、例の風俗店に逃げやがった」


「あそこのオーナーはやばいからな…出直すか…ん?」


犯罪組織の下っ端たちは、ペルタが風俗店に入ったのを見て引き上げる事にした。彼らはこの辺りを支配する組織の危険性を理解しているのだ。


「ぐあっ…何だ?!」


「お前らが見たガキの特徴を教えろ」


接近に気づいたが反応が遅れた男達は、あっさりハンターに拘束された。特殊な手錠と足枷で拘束された男達は、必死にもがいたが無駄だった。


「いきなり何しやがる…」


「いいから教えろ。そんなにアバターをボロボロにされてえのか!」


この期に及んで文句を言う男達を、ハンターは容赦なく脅す。これがブラックエリアの荒くれのやり方であり、日常だ。


「分かった教える!アニメか何かのコスプレをしてキョロキョロしてる変なガキだった!あんな奴ストリートでもブラックエリアでも中々見かけないはずだ!」


「…まあ出所が特殊だからな。人間社会の常識を知らなくても仕方ないが…」


ハンターもワーウルフズの一員として、鼎からのメッセージを受け取っていた。ハンターはよく知らないNPCよりも、桃香の救助を優先した訳だが…


(それなりに意外な展開だが、これで鼎やアリスって奴からの好感度と上がるだろうな)


ーー


(この店か…)


犯罪組織の下っ端たちを捨て置いたハンターは、風俗店の前に辿り着いた。怪しげなライトに照らされて、毒々しい雰囲気になっている。


(まずは平和的に、正面から入ってガキを渡せって言ってみるか)


ハンターは荒々しくドアを開けて、店内に入った。外観とは逆に暗い様子の店内にいた人間は、いきなり入って来たチンピラに怯えていた。


「この店にコスプレした少女が入ったらしいが…知らないか?」


「知らないです…用がないなら出て行ってください」


店員は怯えた様子でハンターに帰ってもらおうとしたが無駄だった。ハンターはカウンターを破壊して、建物の奥へ侵入した。


ーー


「あの…下の階、揺れてませんか?」


「地震の揺れ方じゃない…」


鼎とナオがいる階にも、ハンターが暴れた事による振動が伝わってくる。大地震のような揺れ方では無いが、それでも大抵の人間は不安を感じるだろう。


(桃香が動いたのか…?)


ーー


ハンターが暴れているせいで、建物の振動はオフィスがあるフロアにも伝わって来ていた。桃香に対して尋問しているスミレも、突然の事態に困惑する。


「何が起きてるの?!あなたの仕業でしょ?!」


「分かんないよ〜いきなり揺れ始めて怖いよ〜」


スミレは桃香に詰め寄るが、彼女は相変わらず戯けた態度を取り続ける。桃香はこの事態の到来で、自分達の勝利を確信していた。


(上手くやってね〜ハンター君〜)


ーー


「オラァ!」


「ひいぃぃ!」


ハンターは風俗嬢の控え室にも躊躇なく乱入した。風俗嬢達はいきなり侵入して来た荒くれに怯えていた。


「あのガキはここには居ねえ…さらに奥の部屋か」


ハンターは薄い壁を叩き壊しながら、客が入れないエリアを進んで行く。途中には警備員もいたが、戦闘用の装備を身につけているハンターの敵ではない。


「きゃっ…」


「よおペルタ、俺の顔は覚えてないのか?」


何度も壁を突き破った先の部屋には、ペルタが閉じ込められていた。鍵のかかった部屋だったが、すでに壁が破壊されていたので意味は無かった。


「えっと…モモカさんがマスターやってたギルドの…」


「ハンターだ。ホラさっさと行くぞ!」


ハンターはペルタの体を抱えて、すぐに入り口の方へと向かった。壁を壊しながら移動していたので、一直線に移動すれば入り口まですぐだった。


(桃香のヤツは知るか。アイツなら勝手に戻って来るだろ)


ーー


「よし、それじゃあさっさと月食エリアへ…うわっ!」


破壊された風俗店一階から出たハンターに対して放たれたのは、貫通力の高い銃弾だった。勘が鋭いハンターは間一髪で躱して、次の攻撃に備えた。


「なんだ…随分危ねえオモチャを持ってるじゃねえか」


「あなたもブラックエリアの犯罪者だね」


ハンターへ攻撃した少女の周囲には、複数の銃が浮いている。全ての銃口が、ハンターの頭部や胸部を狙っていた。


「お前がこの辺りを仕切ってんのか?」


「私より上はいるけど…幹部みたいな感じかな?」


ハンターは少女に対して、躊躇なくナイフを向けた。もちろん懐には小型拳銃があり、彼の技術ならすぐに撃つことが出来る。


「舐められてるねぇ…ちょっと本気見せるよ」


少女は戦闘態勢になったハンターに対して、冷徹な視線を向ける。口元には笑みを浮かべているが、その目を見れば恐ろしい気分になるだろう。


賭場の警備員であるハンターと、かつて桃香達と戦ったテロ組織の一員であるナガレの戦いが始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る