短編小説「節約」

門掛 夕希-kadokake yu ki

家に帰りたくない


斎藤さいとう先生、私が家に帰らないで済むいい案なにか思いつきました?」女性は対面するデスクに座る同僚に小声で話しかけた。時刻はまだ十七時前だが、十二月の月末ともなると日は既に傾き、職員室にも外の静けさが徐々に染みだしているようだった。




 「西村にしむら先生、朝のあの話本気で言ってたんですか?正直言いますと冗談半分に聞いていたので、僕は何も考えていませんよ」同僚は困り顔と呆れたような顔の絶妙なブレンドで答えた。言い終わって尚、西村にしむら かおりの問いかけが冗談であることを願っているのだろう。相談をする方とされる方の温度差とは案外こんなものである。




 なんだ、少しは期待してたんですよ。と、薫先生は言ったが、斎藤先生の方は気にしている様子はない。少しして斎藤先生が、「薫先生が捕まって帰れないってのはどうでしょう?」と、薫先生へ提案した。ふざけていることを隠すため口元にコーヒーを持っていったが、つり上がった口角全ては隠せなかった。




 「そんなの絶対バレますって。なんかふざけてませんか?」「じゃあ仕事が忙しいとかどうでしょう?」斎藤先生は今度は薫先生と目線を合わせながら、真剣な表情で提案した。誠実さを伝えながら内容は先ほどと同様にふざけてる。意図としては一蹴されるための提案であったが、返答は意外なものであった。




 「私実は去年と一昨年はその手を使ってるんですよ。流石に三度目は……。それに私ら教職ですよ、そろそろ怪しく思いません?」薫先生の言葉から、薫先生に常識がないのは証明されたが、二年連続で騙される家族も家族である。斎藤先生は薫先生の繰り出す荒唐無稽な話のタネには慣れていた。これくらいの衝撃では最近は驚かない。「いやでも、もう一年だけならいけますかね?」と、最後に薫先生が付けたした。




「いけるわけありませんよ!」斎藤先生の声が職員室に響いた。




 そんな調子で雑談を続けていると、「家にはちゃんと帰らないと駄目ですよ。でもどうしたんですか、家で待つ旦那さんと喧嘩でもしたんですか?余計なお世話かもしれませんが相談でしたら私ものりますよ」伊藤いとう教頭先生が三人分のお茶をおぼんに載せて持ち、柔和な口調で語りながら近づいてきた。いつもは物静かで優しい教頭先生の下がり眉が今日はより一層下がって見える。伊藤教頭の表情と手に持つお茶から大きな勘違いをしていることを薫先生は察した。




 「すみません伊藤教頭、たぶん勘違いをさせているようです。安心してください。家にはちゃんと帰りますし、夫婦仲も良好です」薫先生は教頭先生に微笑んで答え、そしてこう付け加えた。




 「帰りたくない家というのは、来週の実家のことなんです。職業選択したくらいですから勿論子どもは大好きですけど、お正月に親戚の子どもへ会うと不要な出費が課せられるじゃないですか?節約もしなきゃいけないんで、どうしても会いたくないんですよね。だから、帰らないで済む理由を模索してるんです」




 薫先生の話しを聞いて、伊藤教頭はつい先ほどの斎藤先生と似たような表情を作った。勿論眉はもう下がってはいない。



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短編小説「節約」 門掛 夕希-kadokake yu ki @Matricaria0822

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