105:レギンレイヴ
別世界の僕が語る。
「自滅だよ、オーディンは。自分の力を過信してヨグ=ソトースの怒りに触れたんだ。オーディンが死んだとき、傍にいたレギンレイヴがタウィル・アト=ウムルの座を継ぐことになっただけ。滅んだ後の世界でレギンレイヴに直接聞いたから、間違いないよ」
「そんな……そんなことって……。オーディン……! オーディン…………!!」
オーディンはヨグ=ソトース直々に手を下されて死亡した。そう聞いて信憑性が増したのだろう。別世界の僕が真実を伝えていると確信したロキは、人目もはばからず嗚咽を漏らしながら泣き始めた。
2人はさらっと流しているが、ヨグ=ソトースの怒りに触れたというのは相当な大事件だ。
ヨグ=ソトースは外なる神の最上位に列する邪神だ。当然ながら、僕たちとは文字通り次元が違う存在で、ヨグ=ソトースは僕たちのことなんか路傍の石程度にも思っていない。
それなのにオーディンが怒りを買ったというのは、オーディンはヨグ=ソトースに脅威だと認識してもらえたということだ。オーディンは下位の外なる神に相当する力を持っているとロキが言っていたが、何の誇張でも無かったということだろう。
別世界の僕は泣いているロキを無視して話を続ける。
「レギンレイヴは戦乙女となった少女に力や知識を与え、最終的には意のままに支配する。そうやって偽バルドルやムスペル教団に違和感を抱かせないように暗躍して、ムスペル教団が有利になるよう誘導して世界を破滅に導いたんだ」
暗躍と聞いて、ヴァーリが口をはさむ。
「そうなると、偽バルドルに命令を出してたのも実はレギンレイヴの本体ってことだよな。オーディンのふりをして、全部騙してやがったのか」
偽バルドルの最期の時に、誰が優しい言葉をかけたのか疑問が上がっていた。オーディンが優しい言葉をかけるとは思えないという意見があったが、やはりオーディンではなかった。
レギンレイヴがどういう意図で世界を滅ぼそうとしているのかはわからないが、彼女はヒカルと同様に優しい心の持ち主だと聞いている。彼女なら、偽バルドルの最期に優しい言葉をかけたとしてもそれほど違和感はない。
リーヴが騒ぎ出す。
「私の本当の復讐相手はオーディンではなくレギンレイヴ……? そうか、そうなのか……!!」
オーディンがいつ死んだのか次第ではあるが、その可能性はあった。
リーヴは未だに泣き続けているロキに声をかける。
「クルーシュチャ! もう一戦だ! 復讐は終わっていない! 黄金の腕輪を奪って、レーヴァテインで黄金の林檎に火を点けて、レギンレイヴを殺してやる!」
「もう全部どうでもいいわ。オーディンのいないこの世に価値なんてない。何かしたいなら1人で勝手にしなさいよ」
感情が沸騰しているリーヴとは正反対に、ロキは完全に冷めていた。世界から光が失われたような表情で、ひたすらに呆然としている。
そんなとき、心子さんが意見を挟んだ。
「レギンレイヴはレーヴァテインと黄金の林檎を使った大爆発で世界を滅ぼそうとしているのですよね? 文脈から察するに、レギンレイヴは自殺しようとはしていません。滅ぼした後に別世界の結人さんと会話もしているそうですしね。つまりその方法では、タウィル・アト=ウムルであるレギンレイヴを殺せないのではないでしょうか」
確かに僕や心子さんは、別のパラレルワールドで起きた大爆発から生き延びている。
僕たちが普通に銀の鍵で障壁を張っても防ぎきれないが、あの時はヨグ=ソトースが自分を守るために防御行動を取るのだ。その力の一端が銀の鍵から漏れ出るので、爆発の瞬間に銀の鍵の傍にいれば生き延びられる。
タウィル・アト=ウムルも銀の鍵と同じくヨグ=ソトースから力を引き出すことができる存在なので、同様の方法で生き延びることができてもおかしくない。
「ならば窮極の門まで直接乗り込んで殺してやる! 勝ち目がなくとも諦められるか!」
リーヴは黄金の林檎でレーギャルンをこじ開けて、レーヴァテインを取り出す。
「黄金の腕輪を奪えないなら爆殺計画は中止だ! レーヴァテインだけで行く! クルーシュチャ! 久世結人! どっちでもいい! 私を窮極の門へ転移しろ!! 敵の手にあったとしても黄金の腕輪がこの場にあるのは変わらない、入口があるなら私を送り届ける程度できるだろう!!」
リーヴがそう叫んだ瞬間、彼の姿が消えた。
どっちが転移させたのか知らないが、レーヴァテインを持ち逃げされた形になる。早く追いかけないといけない。
でも別世界の僕も驚いていた。
「はぁ……!? 僕はリーヴを転移なんてしてないぞ。出身パラレルワールドに帰してもらう見返りにレギンレイヴを助けているのに、レギンレイヴの殺害幇助をするわけないだろ」
そうなるとロキか?
普段であれば銀の鍵を持っていない場合、"門"を作らなければ転移はできない。けれど今なら黄金の腕輪が"門"に近い役割を果たしているため、ロキも窮極の門へなら"門"を作らずに転移させることが可能だった。
でもロキはついさっき、リーヴへの協力を拒んだばかりだ。彼女がリーヴを転移させたとは思えない。
あとはレギンレイヴが自分で招いた可能性もあるか……? 動機は違えど、僕たちとリーヴはレギンレイヴを倒すという一点は共通している。
リーヴを加えた6人を相手にするより、リーヴを独断専行させて各個撃破した方がレギンレイヴとしてもやりやすいはずだ。それにリーヴはレーヴァテインを持っていってしまった。レギンレイヴがリーヴを先に倒して、レーヴァテインを回収するメリットは大きい。
悩んでいる僕を見て、ロキが仄暗い笑みを浮かべる。
「ふふ……かわいそう。きっと貴方たちの中に裏切り者がいるのね。ルベドは人間の中では飛びぬけて強いけど、1人でレーヴァテインを持って突撃しても勝てるわけないもの。貴方たちがレーヴァテインを持って行った方が勝率は高かったでしょうね。それを邪魔したの」
「僕たちの中に裏切り者がいるって、本気で言っているの? いるかわからない裏切り者に思いを馳せるより、レギンレイヴが分断したと考えた方が自然だよ」
この後におよんで、ロキは僕たちを惑わせようとしてくる。全てを失ったロキの最後の嫌がらせなのかもしれない。
「まあ、別にどうでもいいわよ。どっちが正解かなんて。さっさと私を殺しなさい。冥府も偽物だし、死後の世界なんて無いだろうけど、もしあるならオーディンと同じところへ行きたいわ」
「そうかよ。お望み通り殺してやる。くそオーディンと一緒に地獄で苦しめ」
ヴァーリはロキの額に深々と矢を突き立てる。そしてロキは動かなくなった。
ヒカちゃんが僕に声をかけてくる。
「別世界のユウ兄はどうしよう? レギンレイヴに逆らえなかったとはいえ、たくさんの世界を滅ぼしているんだよね? できればあんまり酷いことしないであげてほしいけど……」
「……彼が持っている銀の鍵をすべて壊そう。それでもう、脅威じゃなくなる」
彼も被害者といえば被害者だろうが、無罪放免というわけにはいかない。
久世結人という人物は、約束を果たすまで絶対に諦めない。放っておけば、レギンレイヴに味方して、また僕たちを襲ってくるだろう。
だから銀の鍵を壊して、彼から戦力を奪っておく必要がある。それに彼にはもう、戦う動機が無いはずだった。
「ねぇ、別世界の僕。キミの婚約者の祈里って、もう亡くなっているんじゃないかな。キミの出身パラレルワールドと一緒にさ」
「はぁ……!? 僕がこのパラレルワールドにいる間に……ってことか!? どうしてそんなことがわかる!?」
「今ここにいるエインフェリアの季桃さんなんだけど、彼女は祈里とは名乗っていない季桃さんなんだ。魔術師である祈里さんとは違って、魔術のまの字も知らない一般人でもある。ここまで言えばわかるよね」
別世界の僕はこの時点で全てを悟ったようで、絶望の表情を浮かべた。
エインフェリアは類似したパラレルワールドから拉致される。つまり、祈里と名乗っている魔術師の季桃さんがまだ他のパラレルワールドに存在しているなら、ここに一般人の季桃さんが拉致されてきているはずがないのだ。
ここに一般人の季桃さんがいる以上、彼の婚約者は既に亡くなっている可能性が高い。
エインフェリアがさらに他のパラレルワールドのエインフェリアとして拉致されることは無いから、彼の婚約者がエインフェリアになってどこかのパラレルワールドで生き延びている可能性もあるけれど……。
もしそうだとしても、どこのパラレルワールドに拉致されたのか突き止める方法がない。別世界の僕は、どうやっても婚約者と再会することはない。
「キミのように世界を滅ぼして回っている僕って、きっと1人だけじゃないだろうしさ。パラレルワールドは有限だから、たくさんの僕たちが世界を滅ぼして回るうちに、祈里と名乗る季桃さんは全滅したんだよ。キミがこのパラレルワールドで活動している間に、入れ違いでね」
「は……はは……。最悪だ……。僕は何のために戦ってきたんだ……」
別世界の僕はへたり込んで、焦点の合わない目で虚空を見つめ始めた。季桃さんが僕に声をかけてくる。
「……銀の鍵さえ壊しておけば、この人のことは放置でいいんじゃないかな。精気の無い表情をしてるし、もう何もしないでしょ」
季桃さんのいう通り、彼はピクリとも動かない。そもそも連戦で完全に力を使い果たしていたのだ。先ほどまでは精神力で無理やり己を奮い立たせていたに過ぎない。
その精神が燃え尽きた以上、もう彼が何かをすることはないだろう。銀の鍵を破壊するときも、彼は呆然としていて何の反応も示さなかった。
「じゃあ僕たちも窮極の門へ転移しよう。リーヴを追いかけて、レーヴァテインを取り戻さないと」
ついに僕の世界のヒカルが待つ窮極の門へ行ける。
やっとここまでこれた。ヒカルに会えるまで、あと一歩だ。
僕の胸中は、そんな思いで一杯だった。
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