05:ルーン魔術
「ユウちゃん起きてー! おはよー!」
ヒカルに身体を揺すられて目を覚ます。
スコルの子の襲撃で何度か睡眠中に起こされたため、睡眠時間は合計でも3時間を下回る。けれど、あまり眠いとは感じない。
エインフェリアでなければこんな無茶な生活はできないだろう。
公園にある時計を見ると、時刻は4時40分頃だった。
これから少しずつ明るくなり始める時間帯だ。
辺りはまだ真っ暗なので、早朝のジョギングを行う通行人も見当たらない。
真っ暗とはいえ、エインフェリアは目もいいので、僕たちが活動する分には何の問題もないだろう。
僕たちは昨晩のうちに購入した朝食を食べながら、今日の予定を確認する。
「今日はまず、神々の使い魔である言葉を話すカラスが来てくれるんだっけ?」
「そうだよ。具体的な時刻は決まってないけどね。人目につかない状況だと確認が取れ次第、姿を現してくれると思うよ」
人目につかない状況、それならこのまま待っていれば来てくれそうだ。
僕たちが食事を終えてから数分後、片手サイズの小箱を掴んだカラスが1羽飛んでやってきた。
「我が名はフギン。エインフェリアたちよ。お前たちの行動は常に見させてもらっている。スコルの子の撃退および、情報の秘匿も問題ないようだ。その調子で今後も励むと良いだろう」
事前にヒカルから聞いていたとはいえ、喋るカラスを実際に見ると驚きを隠せない。
人とは喉の作りが違うのに、どうやって発声しているのだろうか。さすがは神の使い魔といったところだ。
「何か疑問があるならば、可能な限り答えよう。今のお前たちに話せることは、ほんの僅かだがな」
エインフェリアは神々への貢献度に応じて、得られる情報に大きな差が生じる。
ヒカルはなぜか既にいろいろ知っているようだが、それはヒカルだけが特例のようだ。
ヒカルからエインフェリアについて一応の説明は受けているが、念のため、神々の使い魔からもきちんと状況について聞いておきたいところだ。
「北欧の神々が何のためにエインフェリアを生み出しているのか、僕たちに何を期待しているのか、そういうところを説明してほしいですね」
僕がそう言うとカラスは、僕が記憶を失う前に一度説明したことではあるが、と前置きをした上で話してくれる。
カラス曰く、北欧の神々は人々の安寧を守るべく、人に害をなすものどもを排除しようと考えているらしい。
実際、過去の戦いでは玉虫色の粘液状生物や体長10メートルを超える魚人、飛行するポリプ状生物など、様々なおぞましき怪物どもを殲滅しているという。
「その怪物たちと僕たちは、今後戦う可能性があるということですか?」
「否。今挙げたものどもは既に滅ぼし終わっている。未発見の個体がいるかもしれぬが、再び邂逅する可能性は低いだろう。お前たちがスコルの子以外の怪物と戦うことは、新たに人に害なすものが発見されるまでは無い」
ということは、今は割と平和な時期なのだろうか。
エインフェリアが僕たちだけということもないだろうし、しばらくは前線に回されることはないのかもしれない。
それはつまり、戦果を挙げて北欧の神々から信頼を得るのに時間がかかるという意味でもあるけれど。
「エインフェリアを観察し、状況に応じて便宜を図り、情報収集などを担っているのが我ともう1羽のワタリガラスだ。本来であれば今は亡き北欧の大神オーディンに仕える身ではあるが、今はその息子たちに仕えている」
ワタリガラスは2羽だけ? ということは神々から遣わされる監視役は多くないのかもしれない。
神の力で常時見張っているようなイメージだったけれど、見られていないときも多そうだ。
だからこそ、大切なものを奪ったり、見えない壁で行動を制限しているのだろう。
それにしても、このカラスは北欧の大神であるオーディンが亡くなったと言った。
神といえば不老不死のイメージがあったけれどそうではないらしい。
「神が亡くなった……? どういうことですか?」
「北欧神話は戦乱の神話。神々、人間、妖精など、あらゆる生命が死に絶えた。我が主、オーディンも戦死者の1人。神々を統べる神すら生き残ることはできなかったのだ」
カラスの説明によると、北欧神話ではあらゆる種族を巻き込んだ大戦争がかつて起きたらしい。
そのときの戦争で妖精などの種族は全て死んでしまったが、神が6人、人間が2人だけ生き残ったという。
神も生き残りが少なく手が足りていないようで、その分を補填するためにエインフェリアを増やしているのだとか。
「現在、北欧の神々は亡きオーディンの意思を継ぎ、エインフェリアを増やしつつ、影ながら人々の安寧を守っている。お前たちが力を示し、我らと共に戦う同士となることを心から願っている」
カラスはそう言うが、僕としては複雑な気持ちだ。
生き返らせてもらったことはありがたいが、大切なものを奪われて戦いを強制されているわけだから。
死んだ記憶が残っていれば、もう少しありがたみを持てたのかもしれない。
……記憶といえば、どうして僕の場合は大切なものとして記憶を奪われたのだろうか。
もしヒカルが傍にいてくれなかったら、僕はスコルの子やエインフェリアについて何もわからないまま放り出され、大変なことになっていただろう。
やはり記憶は大切だ。どうにかして返してもらえないだろうか。
「大切なものとして、僕の場合は記憶を奪われているんですよね? 無条件で返してもらうことはできないでしょうから、他の何かを差し出す代わりに記憶を戻してもらえませんか?」
ダメ元で聞いてみたが、やはりカラスからの返事は渋い。
だけど、取り付く島もなく拒否されると思っていた僕の予想とは違った。
「我らも記憶を奪うのは本意ではない、だが……残念ながら不可能だ。我らはエインフェリアの大切なものを封じる術を持つが、その対象を選ぶことはできぬ。封じられ内容は対象者に依存するため、我らが何を封じるか決めることはできないのだ」
要するに、事故で記憶喪失にしてしまったらしい。
「稀にそのようなエインフェリアが誕生するため、新たなエインフェリアは2人1組で行動させるようにしている。お前が目覚めたとき、近くにヒカルがいたのはそのためだな」
記憶を奪うことになったのは事故だが、だからといって特別に質を返すわけにもいかない。
一度記憶を返してから大切なものを再度徴収しようとしたところで、また記憶が取られることになるだけだという。
やはり記憶を取り戻すためには、戦果を挙げて北欧の神々から信頼を勝ち取るしかなさそうだ。
「お前たちはエインフェリアとしてはまだ弱い。強大な敵を相手にしたとき、簡単に死に至るだろう。戦闘経験が未熟な上、ルーン魔術も使えないのだからな」
ルーン魔術? ってそもそもなんだろう。
そう思っていると、カラスが説明してくれる。
「ルーン魔術とは、北欧の大神オーディンが生み出した偉大な魔術である。極めれば、嵐や劫火を起こす、相手の認識を惑わす、自在に姿を変えるなど、凄まじい事象を引き出すことができるのだ」
僕たちをエインフェリアとして蘇らせたり、春原市を取り巻く見えない壁や、エインフェリアから大切なものを奪う術もルーン魔術によるものらしい。
ルーン魔術は、ルーン文字の記述、呪文の詠唱、魔力の放出から成り立つ。
けれどその全てが難しく、一朝一夕で修得できるものではないという。
仮に修得できたとしても、不慣れなうちは戦闘中に活用することはできないだろう。
それを補うために、北欧の神々は秘策を用意していた。
「我らはエインフェリアがルーン魔術を簡単に扱うための道具を用意している。初日の様子を見る限り、お前たちになら託しても問題ないだろう」
僕たちはカラスから小箱を受け取る。
カラスが小箱をずっと足で掴んでいたので、実は気になっていた。
箱の中には、変わった記号が刻まれた石と、それを嵌め込むような装置が2つずつ入っていた。
石はそれぞれ刻まれた記号と色が異なっている。
「その装置と魔石を用いると、魔力を通すだけで簡単なルーン魔術を発動することができる。魔石を装置に嵌め込み、1人1つ持っておけ。嵌め込んだ魔石によって使える魔術が異なる」
魔力とか魔術とか、ファンタジーみたいな言葉がでてきてしまった。
僕がルーン魔術を使うのか……。
スコルの子とか、透明な壁とか、喋るカラスもファンタジーな出来事だから今さらではあるけれど。
装置と魔石を使ったルーン魔術の発動方法についてカラスから教えてもらう。
簡単に発動できると言っていたが、それは独力でルーン魔術を扱うよりは簡単という意味であり、きちんと扱うには練習が必要そうだ。
「今のお前たちに話せることはこれで全てだな。ルーン魔術を上手く扱えるかで、エインフェリアの戦闘力は大きく変わる。戦果を挙げたければ早く使えるようになることだな」
カラスはそう言うと、当面の活動資金を僕たちに渡して飛び去って行く。
もしかすると他のエインフェリアの元へ向かったのかもしれない。次に会うのは明日の早朝だ。
「ルーン魔術か……。役に立つみたいだし、しっかり習得しないとな。もらった魔石は青色と白色の2種類あるけど、ヒカルはどっちがいい?」
「ユウちゃんがどっちも持ってていいよ。私、その装置と魔石が無くてもルーン魔術を使えるから」
ヒカルは無くてもルーン魔術を使える……? どういうことだろう。
ルーン魔術を独力で扱うのはかなり難しいって話だけど。
「せっかくだし、実演してみるね」
「え? え……?」
僕が困惑している傍らで、ヒカルは空中に指で文字を描きながら詠唱を始めた。
「Fimbulvetr samanstendur af þremur vetrum」
ヒカルの詠唱が終わると氷の弾が出現し、山なりの軌道で10メートル程度飛んでいく。
「今のがルーン魔術?」
「そうだよ。さっきもらった白い魔石で発動できる、下級の雹のルーン魔術」
今回はあまり魔力を込めてないから小石を投げた程度だったが、きちんと魔力を込めれば大砲くらいの破壊力は簡単に出せるらしい。
「大砲!? そんなに威力が出るんだ。それなのに下級の魔術なんだね」
「上級だったら威力が強いってわけじゃないよ。雹のルーン魔術だったら、単純な破壊力で言えば今の魔術が一番だし」
ヒカルによると、ルーン魔術の分類は発動の難しさや効果が現れる規模によって決められているそうだ。
今見せてもらった魔術は破壊力はあるものの、発動が比較的簡単で、目の前にいる敵1体くらいにしか効果がない。
下級、中級、上級と分類されているが、それらに当てはまらない、北欧の神々しか知らない魔術もたくさんあるらしい。
威力が控えめでも吹雪を起こしたりするような範囲が広い魔術や、動物へ変身するような特殊な魔術が中級以上になっている。
また、死者をエインフェリアにする魔術は北欧の神々しか知らない魔術に当たるようだ。
「いろいろあるんだな……。ちょっと理解に時間がかかりそうだ」
「まあ、今回もらった魔石は下級の魔術しか扱えないから細かい話は覚えなくて大丈夫だよ。というか、これ以上は私も知らないんだよね」
ヒカルは下級のルーン魔術しか扱えないらしい。
それでも魔術を使える人に教えてもらえるのはありがたい。
神社の廃墟に向かう前に、僕はヒカルに教わりながら魔石を用いたルーン魔術を練習してみることにした。
ヒカルに教えてもらえたこともあり、僕は魔石を使ったルーン魔術をすぐに安定して使えるようになった。
「そうそう、その調子! ユウちゃん上手だね」
「ヒカルの教え方が良いんだよ。これなら実戦でも使えそうだね」
「私の教え方はどうかなぁ……。たぶん、ユウちゃんに魔術を扱う才能があるんだと思う」
練習の合間に、ヒカルはルーン魔術の発動について詳しく教えてくれた。
魔石と魔術起動装置はルーン魔術に必要な『ルーン文字の刻印』『呪文の詠唱』『魔力の成型』を代替してくれる物らしい。
装置に魔力を通すだけで、この3つの手順を自動で行ってくれるのだとか。
ちなみに魔石と装置を使わない本来のルーン魔術にも挑戦してみたけれど、まったく上手くいかなかった。
まず『ルーン文字の刻印』についてだが、指先から魔力を放出してルーン文字を空中に刻む、というのができない。
放出した魔力が滲んでしまうといえばいいのだろうか、綺麗に文字を刻むことができないのだ。
次に『呪文の詠唱』は古い北欧の言語で行うのだが、慣れない言葉であるせいか上手く発音できない。
僕と違ってヒカルは上手く発音できているが、その理由はアイスランド語の習熟度にあるようだ。
日本人とアイスランド人のハーフであるヒカルは、幼い頃に両親からほんの少しだけアイスランド語を学んだらしい。
アイスランド語は現存する北欧の言語の中で古い北欧の言語に最も近いらしく、そのおかげか呪文の詠唱が綺麗だ。
最後に『魔力の成型』についてだが、それについては正直何もわからなかった。
どうもこの辺りは慣れや感覚の問題らしく、ルーン魔術の行使で理解が最も難しい部分のようだ。
「自力でルーン魔術を使えた方が、省エネの観点でいえば絶対に良いんだけどね」
魔術起動装置を動かすこと自体に魔力を消費してしまうから、どうしてもエネルギーロスが発生してしまうという。
「まあ、無理して自力行使に拘る必要はないよ。きちんと発動できることの方が大切だし。むしろ魔石で発動するルーン魔術だとしても、これだけ短期間で行使できるようになったのはすごいと思うよ!」
「ありがとう。そういってもらえると助かるよ」
エインフェリアになるための条件の1つに、魔術に関する才能があるという。
だからエインフェリアになれた時点で魔石と装置でルーン魔術を使えるようにはなるはずだが、ヒカルによると僕はその中でも修得が早い部類のようだ。
「次にスコルの子が出てきた時が楽しみだね。きっと今までとは違った戦い方ができるよ」
もらった魔石は白色と青色が1つずつある。
白い方はヒカルが実際に使って見せてくれた氷の攻撃魔術が使える。
僕が練習していたのもこっちだ。
青い方は回復魔術が使えるらしい。
僕たちは怪我をしていないから、今は使っても効果がない。
魔石と装置を使ってルーン魔術を発動するときは、どれも同じ要領で魔術を発動できるそうなので回復魔術も問題なく扱えるだろう。
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