04:拠点探し
僕たちは時折襲ってくるスコルの子を退治しつつ、行動可能範囲を確かめるために透明な壁に沿って歩いていた。
スコルの子は本当にどこからでも湧いて出てくる。
ブロック塀や看板の角など、とがった所から現れるみたいだ。
人通り多い道は急いで通り過ぎるようにしているため、今のところスコルの子と戦う場面を目撃されてはいない。
「透明な壁はかなり広い範囲を取り囲んでるみたいだね。もしかして春原市のほぼ全域を覆っているのかな」
「たぶんそうだと思う。細かいところは私も知らないからなんとも言えないけど」
ヒカル曰く、駅周辺には必ず透明な壁があるらしい。
理由は電車に乗らせないためだとか。
駅は人が集まる場所だし、電車に乗っている間にスコルの子に襲われても対処ができない。
仮に透明な壁が存在しない駅があったとしても、エインフェリアである僕たちは近づくべきではないだろう。
「徒歩で春原市を一周しようと思ったら、一日じゃ絶対に終わらないね」
「一周しようとしたら20~30時間くらいかかるんじゃない? エインフェリアの脚力で走れば、休憩込みでも余裕で8時間以内に終わると思うけど」
さすがにそれは目立ち過ぎる。
春原市の大きさを考えると、車と同じかそれ以上の速度を出してそうだ。
「僕たちは死んでいる以上、家には帰れないからどこかで宿泊しないといけないよね。どうしたらいいのかな。ヒカルは神々から何か聞いてる?」
エインフェリアはスコルの子にいつどこで襲われるかわからない。
そのことを考えると、ホテルのような一般的な宿泊施設に泊まるのは難しいだろう。
「各自でどうにかしろって言われてるよ。どう解決するのか試してるんじゃないかな」
それくらい解決できないなら、戦力として不要ってことなのか……?
神々は信頼関係を結べていないエインフェリアに冷たいのか、もしくはそこに手を回す余裕がなかったりするのだろうか。
でも使い魔で監視はしてるんだよね。
考えなしに行動したら、エインフェリアのことが一般人にバレる可能性が高まってしまう。
拠点くらい神々の方で用意してほしかったが、自分で探すことを求められているのなら仕方がない。
「腰を落ち着けられる場所を探したいね。当面の目標は拠点探しでいいかな?」
「うん、いいよ。私もそれに賛成」
僕たちの拠点を考える上で重要なこととして、雨風が凌げること、人目につかないことが挙げられる。
スコルの子と戦うことも考慮すると、広い空間も欲しいところだ。
そうなると候補になるのは、公園や廃墟だろうか。
公園は日中だと人がいるけれど、深夜なら問題ない。
大きな公園なら雨風を凌げる物もあるはずだ。
一方で廃墟は立地にもよるだろうが、日中でも人がいないし、物を置くことができるなどのメリットがある。
山奥の廃病院などがあれば最も都合がよさそうだ。
いわくつきの物件なら、スコルの子のことも少しは誤魔化しやすいかもしれない。
……ヒカルは幽霊とか平気なのかな?
苦手なら廃墟は避けるべきだろうし、確認しておこう。
「ヒカルは幽霊とか信じる人? そういうの怖がるタイプだったりする?」
「信じるというかなんというか……。そもそも私たちエインフェリアが幽霊みたいなものじゃない? 実体があるからゾンビの方が近いかもしれないけどね」
言われてみれば、エインフェリアもそういう類のものだった。
記憶がないから実感が沸かないけれど、僕たちは一度死んでいるのだから。
「スコルの子でも幽霊でも、何が出てきたって協力して倒せば大丈夫だよ!」
何とも頼もしいことをヒカルが言う。
どうやらヒカルは怖がるタイプではないようなので、僕は公園か廃墟を拠点にすることを決めてヒカルと一緒に拠点探しを始めた。
拠点探しを始めてから数時間後、現在時刻は午後10時。
僕が目覚めたのが午後4時過ぎだったこともあり、既に辺りは真っ暗になってしまった。
「ねぇユウちゃん。人が来なくて広いところって、なかなか難しいね。地図を見れば拠点候補がたくさん見つかると思ったのになぁ」
ヒカル曰く、スコルの子は神出鬼没で出現タイミングは不明だが、一度現れてから次の出現まではある程度間隔が空くらしい。
過去の記録から考えると、最短の場合でも10分は間隔が空く。
要はスコルの子を退治した直後の10分程度ならコンビニや書店を利用しても問題ない。
そもそもそこまで高頻度で出現することは稀のようなので、実際にはもう少し余裕があるらしいけど。
そういうわけで僕たちは拠点探しのために、書店を巡って地図を見ていたのだ。
ちなみに立ち読みではなく購入して持ち歩いている。
僕は財布を無くしているが、お金はいくらか持っていた。
エインフェリアには神々から活動資金が与えられるらしく、それがポケットに入っていたのだ。
一度に与えられる資金は少額だが、定期的に神の使い魔がやってきて補充してくれるのだとか。
「確かに拠点探しは難しいけど、候補がゼロだったわけじゃないし、一応の目途は立ったね」
「そっか、そうだね。ゼロじゃない。前向きにいかなきゃ!」
特に候補として有力な場所は2か所ある。
まず1つ目は僕が目覚めた場所、春原公園だ。
春原公園は大きいわりに人気のない公園で、屋根付きベンチなどが置いてあり、比較的野宿に適している。
問題点としては、やはり公共の場ではあるので、人通りがゼロとは言い切れないことだろう。
特に早朝はジョギングなどでちらほら来園する人がいるようだ。
ただし、警戒さえしておけば問題ない範疇ではある。
もう1つの候補は春原市の北部にある神社の廃墟だ。
戦争の前後で近隣住民の移動があったらしく、それに合わせて隣の明日軽市に神社は移転。建物はそのまま放置されて廃墟として残っているようだ。
廃墟であるため、一部のもの好きを除けば人は近づかない。
元が神社であるため、スコルの子と戦いやすい広い空間も確保できる。
「ユウちゃんは神社の方が良さそう、って思ってるんだよね?」
「そうだね。人気がないとはいえ、やっぱり公園には人が来るから。それに屋根だけじゃなく壁もきちんとあるのが魅力かな」
想像以上に朽ち果てた廃墟だった場合はさすがに住めないだろうが、そのときはまた次を考えればいい。
「じゃあさっそく神社の廃墟に向かう? エインフェリアの体力なら夜通し歩くこともできるよ」
ヒカルが少し脳筋みたいなことを言ってくる。
彼女もつい最近エインフェリアになったばかりようだし、エインフェリアの身体が新鮮で面白いのだろう。
神社の廃墟はここからは少し遠い位置にあるため、交通機関が使えればすぐだが徒歩だとかなり時間がかかる。
今すぐ神社に向かいたいなら、ヒカルの言うように夜通し歩かなければならない。
「残念だけど、神社へ行くのは明日にしようか。エインフェリアの体力は確かにすごいけど、疲れないわけじゃないみたいだからね。初日だし、無理しないでおこうよ」
「確かにそうだね。私、ちょっとはしゃいじゃってたかも」
そういうわけで、今日のところは春原公園で一晩を過ごすことにした。
「公園で夜を明かすって、不思議な気分だね」
とヒカルが呟く。
冬の夜は冷える。けれどエインフェリアは寒暖にも強いようで、真冬の野宿でもそこまで寒さは感じない。
それでも万が一ということもある。ヒカルが風邪を引かないといいのだけど……。
心配になって隣に座っているヒカルを見つめる。
「な、なに? ユウちゃんもクリームパン食べる?」
「ううん、大丈夫」
心配になるといえば、ヒカルの偏食ぶりも心配だ。
僕たちは春原公園近隣のコンビニで食料を購入したのだが、ヒカルは菓子パンばかりを選んでいた。
店内でスコルの子に襲われるリスクを減らすため、入店回数を減らそうとして数食分を一度に購入したのだが、ヒカルが購入したのはすべて甘い菓子パンだった。
食品の選択肢が少ないとはいえ、さすがに偏りすぎだと思う。
エインフェリアだから大丈夫、とヒカルは言っていたから問題ないのかもしれないけど心配だ。
「……すごく心配そうな顔してるけど、栄養が偏っても本当に問題ないからね?」
「ごめん、そんなに表情に出てたか。なかなかエインフェリアの常識に馴染めなくてね」
「神話時代のエインフェリアは肉と酒ばかりの食生活だったけど、すごく元気だったって記録も残ってるんだから」
エインフェリアは肉体的に強靭なだけではない。
感覚が鈍いのか、必要性が薄いのか、食欲や睡眠欲などをあまり感じないのだ。
その一方で、食べようと思えば大量に食べることもできる。常人の枠を超えた食い溜めができるようだ。
睡眠も同様で、ほとんど眠らずに行動したり、細切れに睡眠を取っても問題ないなどかなり融通が利く。
要するに、兵士として都合の良いように生理機能が作り替えられているのだ。
偏った栄養でも問題なく活動できるというのも、兵士として都合が良いように変化させられた結果なのだろう。
「話は変わるけど、神々は使い魔を使役しているんだよね? 明日の朝に会えるんだっけ?」
「うん。初めて見るときはびっくりすると思うよ。カラスの使い魔なんだけど、人の言葉を話すから」
北欧の神々が使役しているカラスは2羽いて、フギンとムニンという名前らしい。
そのうちどちらかは明日の朝に僕たちに会いに来るという。
「ユウちゃん、今のうちに聞いておきたいこととかある? なければそろそろ寝る準備をするけど」
「大丈夫だよ。明日は朝早くから行動する予定だし、眠れるうちに眠っておいて」
「はーい」
夜間でもスコルの子は襲ってくるため、僕たちは交代で見張りをすることに決めている。
スコルの子が現れた場合は眠っている相手を起こし、即座に迎撃に移る手筈だ。
1人当たりの睡眠時間は当然短くなるし、睡眠も細切れになる。
眠れるうちに眠らなければ、そのうちもたなくなるだろう。
エインフェリアの特殊な身体だからこそ、ぎりぎりで成立する生活になりそうだ。
「じゃあ、スコルの子が現れなくても3時間後には起こしてね。私を長く寝かしてあげようとして、見張りを交代しないのはダメだからね」
「わかってるよ」
「本当にわかってる? 私を甘やかすときの顔してるから心配だなー。じゃあユウちゃん、おやすみなさい」
僕はスコルの子が襲ってきても対処できるように、ヒカルのすぐ傍で見張りをする。
エインフェリアの特性のおかげか、こんな環境でもヒカルは眠りにつくことができたようだ。
ヒカルが眠りについた後、僕は1人でヒカルのことを考えていた。
僕とヒカルがどんな死に方をしたのかはわからないが、本当に死んだのなら新聞などで記事になっているかもしれない。
そう考えて地図を探している最中に、ヒカルに隠れてこっそりと新聞記事を読んだのだ。
新聞には、僕の家が全焼した事件について書かれていた。
内容をまとめると以下の通りだ。
『12月1日深夜。水戸軽市の民家が全焼。出火場所および出火原因は不明。80代の男女が病院に搬送されたが間もなく死亡が確認された。民家の住人である夫婦とみて身元を確認している。
同居していた夫婦の養子である20代の男性と10代の少女は現在行方不明となっており、警察は何らかの事件に巻き込まれた可能性が高いとみて養子2人の捜索を開始している』
内容から察すると、ヒカルの正体は僕が記憶を失っている間に祖父母が新しく引き取った養子なのだろう。
おそらく、僕と同じようにヒカルも両親を失い、縁あって僕の祖父母に引き取られたのだ。
ヒカルが僕に懐いているのは、生活を共にしていたことと、両親を失うという共通の経験をしたことが理由かもしれない。
一緒に住んでいた頃の記憶は無いけれど、祖父母に代わってヒカルを支えてやれれば……と思う。
僕は見張りの交代時間を少しだけ過ぎた頃にヒカルを起こし、それから眠りについた。
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