溜息
一方、雅冬に呼び出された柚稀は思ったよりずっと
「華の護衛を強化しろ」
入室直後にそうのたまった雅冬に柚稀はやっぱりなと思った。
それでも確認の意味で雅冬に視線を向けると、忌々しそうに顔を歪めた。
「アホ鳥も勘づいてやがる」
ですよねー! 柚稀は遠い目をしながら是と頷いた。
お前もか! と言いたくなるが、分からないでもなかった。
紫月が亡くなった時、雅冬よりも分かりやすく荒れたのが飛鳥だった。
空っぽになった雅冬と違い、彼は嘆き暴れ、引きこもった。それはもう、後継者争いにかろうじて上がっていた名前が綺麗さっぱり消え去る程度には荒れた。
その八つ当たりは淡々と東条家の後継ぎとして業務をこなし、株をあげていく雅冬に向けられた。雅冬のそれが表面だけのもので、雅冬の中の空洞に飛鳥が気づいてからは今のような関係に戻ったが。その後、紆余曲折あって南条家の当主に上り詰めた飛鳥は幼い頃の面影を消し去り、飄々としたチャラ男へと変化を遂げた。
現実逃避にそんなことをつらつらと考えていた柚稀を現実に引き戻すように雅冬が煙管を吐き出した。
「なんだ、すっとぼけるのは辞めたのか」
「……雅冬様が約束を守ってくださると信じておりますので」
苦々しく絞りだされた答えを雅冬は鼻で笑った。
「それはそうと、一ノ瀬家の姫が行儀見習いとして入るそうですよ」
「次から次へとなんの嫌がらせだよ。
俺と華には近づけんなよ」
「女中たちはそのつもりのようです。
もちろん我々も」
ならいいとばかりに逸らされた視線にため息を吐いて部屋から下がる。
これ以上護衛を付けるとなると流石にバレるよなぁ。姉上の許容範囲を超える気がする。
華乃には既に雪雅を筆頭に藍堂からも護衛――――影がつけられている。華乃に黙ってつけられた彼らは華乃に気取られることなくその任をこなしている。表向きは。
死の影が付きまとう幼い雅冬をひとりで守り育てた人だ。気づかないはずがない、とさえ思う。それでも何も言ってこないのは、負い目があるからか、ただ慣れているからなのか。許容範囲内のことだからなのか。
判断しかねるが、今でも十二分な護衛が華乃にはつけられているのだ。そこに雅冬――――東条家の影を付けるなどとなれば、確実に華乃の許容範囲を超える気がする。
遅かれ早かれこうなったのかもしれないが、もう少し時間が欲しかった。華乃の揺らぎがもう少し小さくなるその日まで。心を、歩く道を、決めてしまえば、どんな茨の道であろうと歯を食いしばって歩き切ってしまうそんな人だから。
その為に雅冬が東条家の影を護衛につけるとごねていたのを柚稀が諫め、雪雅が宥めすかして先送りしていたのだが、華乃の安全には替えられない。
「晴陽殿が強制連行して帰ってくれるとありがたいんだが」
無理だよなぁとまたひとつ大きな溜息を吐いた。
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