私たちが守るからね
騒がしく城を出て行った飛鳥たちを見送って華乃はそっと息を吐く。
飛鳥がいたおかげで保てていたものが切れてしまいそうになった。
だんだん俯く視線に気づきながらも、どうすることもできずにいると、不意に影が差す。
「華殿」
「大丈夫。大丈夫ですよ。柚稀様」
気遣うような柚稀の声に華乃は苦く笑った。
言い聞かせるように紡いだ言葉でも虚勢をはる力位にはなるだろう。
そう思って顔をあげると、自分よりもよほど情けない顔をしている柚稀がもの言いたげに華乃を見下ろしていた。
「華殿、」
「柚稀様。決めたことです」
その先を紡ぐのを許さないと真直ぐに見据えて吐き出した言葉に柚稀の顔がますます歪む。
言いたいことをぐっと堪えるその顔が、我慢ばかりさせていた幼い頃に重なってしまい、困ったように眉を下げる。
「でも、そうですね。どうにもならなくなった時は、柚稀様が隠してください」
「大殿と父上を巻き込んででも必ず」
「ふふ、随分気持ちが楽になりました。
こんなにご立派になられて柚稀様の姉君はさぞ鼻が高いでしょうね」
「そう、でしょうか」
「ええ。ご自慢の弟でしょう」
戸惑いながらも表情をやわらげた柚稀に華乃の表情も緩む。
そこにひとりの女中がかけてくる。
「柚稀様、殿がお呼びです」
「すぐに行くと伝えてくれ。
華乃殿、それでは」
「はい。行ってらっしゃいませ」
柚稀を見送って、次の仕事の指示を貰いに詰所へと戻る。
この時間ならば誰かいるだろうし、仕事の進捗もきける。
飛鳥が滞在していたこの数日間、華乃の仕事は殿とお客人の相手だとばかりに他の仕事を取り上げられていたので、次に取り掛かる仕事が分からない。
「ただいま戻りまし、た……」
ふすまを開いた先に待っていた物々しい空気に思わず言葉が途切れる。
華乃の声に反応した先輩女中がくるりと振り返って華乃に抱き着いた。
「華は私たちが守るからね!」
「は? わ、ちょ、まっ!」
わちゃわちゃと抱きしめられ、撫でまわされ、先輩たちが満足した頃には息も絶え絶えだった。
「み、皆さん、一体何があったんですか?」
撫でまわされて乱れた髪を直属の先輩であるお雪に整えてもらいながら、ようやく発言を許された華乃の言葉に先輩たちがまた殺気立つ。ビクリと肩を震わせた華乃に気付いた先輩がにっこりと優しく微笑んだ。
「華は気にしなくていいのよ」
「そうよ。あんな小娘、貴女にも殿にも絶対に近づけたりしないから」
「そうそう。貴女はいつも通り癒しを提供してくれればいいの」
「なんなら飛鳥様に押し付けてしまえばいいのではないかしら。
あの方どうせ、またすぐにでも来られるのでしょう?」
「そうね、ちょっと私たちの華になれなれしくし過ぎだわ。
引き取っていただけるならそうしましょう」
まったく目が笑っていない笑みで微笑む先輩たちを、華乃の髪を結いなおしていたお雪が窘める。
「先輩方。何を甘っちょろいことをおっしゃってるんです。
あんな小娘、 ですよ!
それに、華にも情報は流さないといざという時に自衛ができません」
途中、耳を塞がれていて何を言っているのか全く分からなかったけれど、先輩たちはうんうんと頷いていたからお雪の言うことに納得したのだろう。
「ええと、あの、どなたか新しく入られるので?」
「そうなの。躾のなってない生意気な小娘が親のコネで入ってくるのよ」
「だから、華はこれまで通り殿のお側で殿のお世話をしていてね」
「大丈夫。すぐ辞める予定だから心配しなくていいからね」
「顔合わせの時は私たちが華の側にいるからね」
「いや、あの、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ?」
「「「ダメよ!」」」
一斉に口を揃えられて、一体どんな人が入ってくるのだろうと顔を引きつらせた。
結局、その日の華乃の分の仕事は残っていなくて、雅冬に呼び出されるまで休憩に戻ってくる先輩たちに代わる代わるもみくちゃにされた。
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