また明日

 話を聞けば飛鳥の突然の訪問はよくあることらしく、先輩女中たちは皆、雅冬と飛鳥の気安いやり取りを微笑ましそうに見守っている。

 そのやり取りの中に、雅冬のお茶くみ係に指名されている華乃が組み込まれると、更にあたたかな微笑みを浮かべてそっとその場を立ち去られる。華乃がどれほど助けを求める視線を送っても、満足そうに頷いて去っていく。そしてその後、華乃がするはずだった仕事を片付けてくれる。

 違う! そうじゃない! 

 声を大にしてそう言いたいが、絶妙なタイミングで柚稀を寄越してくるので何も言えなくなる。

 飛鳥が来てから、雅冬は雅冬で華乃の仕事は自分の側に侍っていることだとでも言いたげに側から離さない。少しの用事で華乃を呼び、引き留める。柚稀が青筋を浮かべようと、華乃の居場所を把握したがり、可能な限り側に置く。

 それなのに、怒られるどころか満面の笑みで見送られ、挙句の果てには貴女の仕事は殿のお側で身の回りのお世話をすることよ、と本来の仕事を取り上げられている。

 飛鳥が滞在する間、身の回りの世話を華に頼みたいと指名してきたそうだが、雅冬はもちろん女中頭までもが笑顔で断っていたと先輩が興奮気味に教えてくれた。

 飛鳥の来訪以来、がらりと変わってしまった職場環境を思い浮かべながら遠い目をしてお茶を啜る。

 はて、自分は一体何をしているのだろうか。


「華、これも食え」

「華ちゃん、これも美味いで!」


 知ってます。その茶菓子を選んだの、私なので。


「……そろそろ、仕事に戻ってもよろしいでしょうか」

「お前の仕事は俺の相手だ」

「せやで、華ちゃん。

 お客ぼくの相手もお仕事やで」

「ふざけんな。

 大体テメェはいつまでいるつもりだ。さっさと帰れ!」

「雅冬がイジメるーー!華ちゃん、やっぱり僕と一緒にかえろ?」


 両隣から聞こえる声に華乃は大きく息を吐いた。


「殿、先ほどから休憩ばかりで手が進んでおりませんよ。

 柚稀様との約束をたがえるのならば私は下がらせていただきます。

 飛鳥様も、殿の政務を邪魔なさるのならばご退室を。

 話相手が必要ならば、手の空いている者をお呼び致しますが?」


 にっこり笑ってそう言い切ると喧嘩がピタリと止まった。


「悪かった。ちゃんと仕事をするのでここにいてください」

「堪忍や。大人しくしとるから一緒におらしてください」

「二度はありませんからね」

「「ハイ」」


 すごすごと筆をとった雅冬としゅんと大人しくなった飛鳥に華乃は思わず目を細めた。

 遠い昔、同じようなことがあった。

 あの時は政務ではなくて手習いだったけれど、今と同じように叱られた後に肩を落として勉学に励んでいた。しばらくしたら、また同じようにいがみ合っていたけれど。

 あの頃は、泣かされるのはほぼほぼ飛丸――――飛鳥様だったけれど、今は対等に見える。

 成長された。お二人とも。

 懐かしむように、愛おしむように、華乃はそっと目を閉じた。


「……華、」

「はい」

「いや、なんでもない。ちゃんとここにいろよ」

「ちゃんとおりますよ」


 いやに真剣な目で、確認するようにそう言った雅冬に華乃は目を瞬きながら頷いた。


「失礼します。

 ……殿が仕事してる、だと……」


 驚愕に目を見開いた柚稀に華乃はなんとも言えない顔で雅冬を見た。

 そんなにいつも仕事をサボっているんですか。と言いたげな華乃の視線に雅冬は慌てて違うぞ! と言い訳を始めるが、柚稀はそれどころではない。未だに現実に帰って来ない柚稀に華乃は心の底から労いの言葉をかけた。


「柚稀様、本当にいつもお疲れ様です」

「華殿、何卒、このまま殿の見張りをお願いします。

 何卒……!!」

「はい。私などで柚稀様のお役に立てるのなら」

「ありがとうございます……!」


 感極まった柚稀に本当に苦労してるんだな。こんなところまで父上に似なくていいのに。と涙が出る思いだ。


「ああ、そうだ。飛鳥様、晴陽(はるひ)殿がお見えです」

「げ。」

「ご挨拶ですね。殿。

 勝手に宿を飛び出して、すぐ戻るのかと思って待ってみれば、音沙汰もない。

 私はどこで教育をまちがえたのでしょうねぇ?」


 静かに怒り狂っている美麗の従者に飛鳥はあちゃーと額を抑えた。


「あー堪忍な。晴陽」

「さ、帰りますよ。いつまでも国を空けていられません」

「あーそれなんやけどな。もうちょっとだけ待ってくれん?」

「は?」

「頼むわ。夜はちゃーんと宿に戻るし」

「何を当たり前の事をおっしゃってるんでしょうねぇ。

 幾ら同盟国の城とは言え、連絡なしに連泊するほうが可笑しいんですよ」

「分かった分かった。いったん宿に戻ろ? な?

 雅冬、また明日な!」

「早急に国に帰れ。アホ鳥」

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