姉と弟
雅冬へのお茶出しが仕事に加わった華乃は先輩女中たちから心底驚いた顔をされた。
それまでその仕事を仰せつかっていた年配のベテラン女中たちも信じられないと言いたげな目で華乃を見る。
華乃はその視線に若干の居心地の悪さを感じながらも、特に何か言われた訳でもないのでいつも通り仕事に精を出した。
「華、柚稀様がお呼びよ。お茶をお持ちして」
「はい」
一体どうしたんだろうと首を傾げながら華乃はお茶と茶受けを用意して廊下をしずしずと歩く。
柚稀の執務室の前まで来るとお盆を床に置いて声をかける。
「失礼致します。お茶をお持ち致しました」
「どうぞ」
声をかけて部屋に踏み入れるとげっそりと疲れた顔をした柚稀がいた。
華乃はぎょっとして柚稀にかけよる。
「柚稀!……様、一体どうされたのです!?」
「大丈夫です。いつものことですから」
「いつものことって、一体何日寝ておられないのです」
「……3日目かと。それより」
渋い顔で自分を見た柚稀に華乃は微苦笑を零した。
「私に敬語を使われるのはなれませんか?」
「はい」
「この際慣れてしまいなさい。もうあなたの方が上なのですから」
素直に頷いた柚稀に小さく笑って窘める。
ますます渋い顔になった柚稀に思わず眉を下げる。
「そんな顔をなさってもダメですよ、柚稀様。それから少しでもお休みください」
「……休めば終わる気がしません」
遠い目をしながらお茶に口を付ける姿に、華乃も積み上げられた書類の山をちらりと見た。確かに気が遠くなるような量だ。
「休んで頭をスッキリさせるほうが効率も上がります。
膝を貸して差し上げますからお休みください」
「ひ、膝、ですか!?」
「昔はよくしていたでしょう?」
素っ頓狂な声をあげる柚稀に首を傾げながら華乃は自分の膝をポンポンと叩く。
柚稀はなんとも言えない顔をしながらも、素直にそれに従った。
「懐かしいですね。姉上の膝枕。よく雅冬様と取り合いました」
「そうですね。結局半分こにしたんでしたっけ」
「姉上のことになると雅冬様は途端、欲張りになられる。……私の姉上なのに」
拗ねたような柚稀の声に華乃はクスリと笑う。
眠気からか言動が随分幼いものになっている。
普段なら絶対に聞けない本音が聞こえた気がした。
「ふふ、もうお休みなさい。ちゃんと起こして差し上げます」
「……あねうえ、もう、どこにもいかないでください」
そう言ったきり寝息を立て始めた柚稀に華乃は苦く笑う。
あの選択を悔やんだ事はなかった。けれど、柚稀にはたくさんの我慢をさせてしまったのだろう。その上、自分は雅冬を守るためにまだ元服まえだった柚稀に全てを押し付けて置き去りにした。
酷い姉だ。それでもこの子はまだ華乃を慕ってくれている。
嬉しく思うも申し訳なくも感じる。
「ごめんね。ありがとう」
さらさらとその髪を梳きながら小さく囁く。
「手伝ってあげられればいいのだけれど、今の私には無理ね」
まだ残っている手つかずの書簡。
脱走癖のある雅冬に目を光らせながらの仕事は大変だろう。
もういっそ雅冬の執務室で監視しながら仕事をすればいいのにとさえ思ってしまう。
それをしないのは柚稀なりの気遣いであり、真面目な柚稀の性格でもある。
こんな不器用なところまで父上に似なくてもいいのにと思わないでもない。
なんでもそつなくこなしてしまう兄でも、抜け道を見つけて楽ができるようにと考えてばかりだった自分とも違う弟が可愛くて仕方がない。
本当に代わってやれればいいのに。このくらいの量なら終わらせられる自信がある。無理なら部下に押し付けてでも終わらせる。というかなにも柚稀が一人でこなさなければならないものでもないだろう。雅冬や部下の分に紛れこませればいいのに。
そんなことを考えて華乃は、はたと思いつく。
もしかして柚稀の仕事が多いのはそんな私の姿を雅冬様が見ていたせい……?
まさか同じことを雅冬様が柚稀にしてるとか……。
あり得なくもないそれに華乃はますます申し訳なくなってこれから定期的に柚稀へのお茶出しを自主的にすることを決めた。
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