懐かしい味

 出された茶を口に含んで雅冬は驚いたように目を見開いて華を見た。

 彼女は雅冬の驚きに満ちた視線に気づかないまま綺麗な動作で柚稀にも茶を出している。

 その仕草を、このお茶の味を、知っている。

 流れる水のような無駄のない所作も安心するどこか優しい味も。

 ずっとずっと焦がれていたもので、忘れるはずがないもの。

 それなのに自分と同じようにそのお茶をよく知っているはずの柚稀は何の違和感もなく口にしているようだった。

 それは“彼”の父親である黎季も自分に“彼”を与えた父も同じで、“彼”を失った後よくこの茶を恋しがったというのに何の反応もないの可笑しい。

 雅冬が柚稀たちに探るような視線を向けている間にお茶を出し終わった華は邪魔にならないようにと下がろうとする。

 慌てて引きとめるようにその腕を掴んだ。


「雅冬様?」

「……柚稀、華を俺付きの女中にしろ」


 訝しげな視線を向けてくる柚稀に疑問よりも要求が自然と口に出た。

 自分でも唐突だと思った。けれど取り消すつもりはない。

 たとえ柚稀の眉がつり上がってふざけんな、という顔をしても雪雅が目を丸くして自分を凝視してきても黎季が頬を引きつらせて頭を抱えたそうにしていてもだ。


「はぁ? いきなり何言ってんですか、無理です。というか嫌です」

「いきなりじゃねぇ。茶の味が気にいった。嫌ってなんだ嫌って」

「政務サボって大殿との約束もすっぽかして城下ぶらついてる殿にこのお茶は勿体ないです。ということで却下」

「サボってねぇ。息抜きだ。息抜き」

「ふざけんな。誰のせいで私の徹夜記録がどんどん更新されてると思ってんだ。

 しかも何どさくさにまぎれて華殿の腕掴んでんだ。離せ馬鹿殿」

「うん、お前たちの仲がいいのはよく分かったから落ち着こうか。

 柚稀、華がとっても驚いているよ」


 ポカーンとした表情で自分を見ている華乃に柚稀はハッと我にかえった。

 慌てて弁解しようとするものの華乃の瞳が柔らかに和んで微笑む。

 その笑み安心したような笑みが優しくて誇らしげで、なのにどこか寂しそうに見えて柚稀は言葉に詰まる。


「あ、も、申し訳ありません。雅冬様が調子に乗ったことをおっしゃるからつい」

「そうだね。柚稀の言うとおり私の華に毎日お茶を淹れてもらうだなんて、そんな羨ましいことを許せないもんね。やっぱり屋敷に連れて帰ってしまおうか」

「雪雅様、いい加減にしてください。

 お華を柚稀に頼んだのは貴方でしょう」

「雅冬様も華殿は諦めてください。

 まだ新米の華殿にアンタの世話は負担が大きすぎます」

「なら茶だけでもいい。アンタの味は懐かしい」


 拒否を許さない声で切なげにねだられて華乃は息を飲んだ。

 バレてしまったのかという不安よりも必要とされたことへの喜びが胸の中を渦巻く。

 冷静な判断を失ったまま頷いてしまいそうになったところで柚稀がぐっと眉間に皺をよせたのが見えた。

 険しい顔をしたまま華乃に視線をやった柚稀は何かを諦めたように大きな息を吐いて雅冬の要求に渋々是と頷いた。


「……次にサボリやがったら元の女中にもどしますからね」

「あぁ」


 珍しく本当に嬉しそうな顔をする雅冬に柚稀も黎季も雪雅も頬を引きつらせずにはいられない。

 どうやらお茶の味で華=紫月ということになんとなく気づいたらしい。

 華が不審がらないように控え目にでもしっかり側におこうとするのは、確証を探る為か、紫月を求め続けた雅冬の本能か。

 どちらにせよ、このまま華乃が雅冬から逃げ通すことは不可能。

 手に入れた瞬間、雅冬は華乃をあらゆるもので縛り付けて側から離さないだろう。

それではきっと意味がない。

 雅冬も華乃もそんな関係では本当に幸せになんてなれない。

 そう思うのに、紫月を求め続ける雅冬を止めてやることを誰もできないのは雅冬をずっと見てきたからか、雅冬を変えるのは華乃だと知っているからか。

 こっちの気も知らずに二人が嬉しそうに口元を綻ばせるのを見て溜息を吐いた。


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