真白と蒼と薄紅の混ざる場所

 目的の場所を目指して華乃はひた走る。

 大切な人たちと掛け替えのない時間を過ごしたあの場所に、一度は終焉を迎えたあの場所に。


 サァアア―――。


 風が吹く。

 花びらが舞う。

 薄紅の雪と蒼が混ざる。

 視界を塞ぐ桜吹雪のその先で待っているその人に華乃は迷いなく歩み寄った。


「やはり来やったか」

「はい。許される限りお側に在ると誓いましたから」


 美しいその人は困ったように微笑んで華乃の手をとった。

 ひらひらふわふわ舞い散る花びらの中をゆっくりと歩く。


「ならばもう許せとは言わぬぞ」

「私が選んだ人生みちです。

 母様の罪も父上の業も私には関係ありません。

 全ては唯ひとり、お仕えすると決めた彼のお方のために」

「……ちぃとばかり寂しいがまぁよい。

 流石は妾と旦那様の自慢の娘じゃ」


 白魚のような手が優しく華乃の背中を押す。

 薄紅の嵐に包まれたと思ったら一瞬でひんやりした感覚に切り替わった。

 ただ頭の中に『行っておいで。運命に選ばれし娘―愛しい我が娘(こ)よ』という優しい声が響いていた。

 ひんやりどころかどんどん冷たくなっていく感覚に華乃は慌てて飛び起きる。

 そして苦虫をかみつぶしたような顔で空を睨みつけた。


「幾らなんでもこれはないでしょう、母様。

 どうして春から真冬に逆戻りするんですか」


 それでもその丘から見下ろす景色は随分と懐かしくて体が冷えるのも忘れて眼下に広がる眺めを魅入っていた。


「誰だ!!」


 それを邪魔したのは低い男の声だった。

 華乃はドキドキと脈打つ心臓を抑えつけてゆっくりと振り返る。


「、」


 男が息を呑むのを感じた。

 信じられないものをみる目で華乃を凝視する。

 華乃は振り返った先にいた男に困ったように微笑わらった。


「やっぱり柚稀ゆずきは父上似だったんだね」

「あね、うえ……? 本当に華乃姉上なのですか!?」

「うん。還ってきちゃった」

「還ってきちゃったって! というかなんですかその破廉恥な格好は!」

「あー、うん。とりあえず家に帰ろうか? 誰かに見られたら困るし」


 ギャンギャン騒ぐ柚稀おとうとを引き連れて華乃は真っ直ぐに家路を辿った。

 変わった場所を寂しそうに眺めながら、そのまま残っている場所に小さな安心を零しながら、随分と大きくなった弟の背中を眺めながら懐かしい道を歩く。

 柚稀が逞しくなった分だけ老いているはずの父は自分の姿を見てどう思うだろうか。

 そしてただ一言、自分が姉であると言っただけであっさりと信じてしまう柚稀の素直さを華乃はちょっぴり心配した。


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