変わらぬ世界

 華乃は良く見知った屋敷を見上げて足をとめた。

 変わらないように見えて変わっている。

 この屋敷はもう父のものではなく後を継いだ柚稀の屋敷だ。

 華乃は無意識に足をすくませた。

 今更のこのこと還ってきた自分の居場所はあるのだろうか。

 この世界に拒まれて弾きだされたりはしないだろうか。

 父上は変わらずに受け入れてくれるだろうか。

 不安は次から次へと湧き上がる。


「姉上……?」

「懐かしいなぁと思って」

「――――大丈夫ですよ。姉上を拒むものは何一つありません」

「……本当に立派になったね」


 誤魔化すように浮かべた笑みを見透かしたように返ってきた弟の言葉に無意識に強張っていた体の力を抜いてそっと右足をその門の中へと踏みこんだ。

 そして自分の知っている姿よりも老けた父との対面は――――最悪だった。


「かの……? 華乃!? 華乃ちゃん!? ホントに!?

 いやぁ美人だなぁ。流石俺と志乃しのの娘!

 というかなんて破廉恥な格好してるの!?

 年頃の娘がそんなに足を見せるなんてダメ! 父上は許しません!!」


 自分の顔をまじまじと見ながらきゃあきゃあとはしゃぐ初老の男。

 拒むどころかこちらがドン引くようなテンションで迎えられて華乃は前世――この時代の父に凍えるような視線を向けた。そのすぐそばで柚稀も頭を抱えて必死に現実から目をそらしている。

 どうやらかつての自分の苦労はすべて柚稀へと受け継がれているらしい。

 華乃は小さく溜息を吐いてわざとはしゃぎまわる父と目をあわせた。


「父上。私は消えたりなんかしませんよ」

「……華乃」

「どうせ大体の事情は母上から聞いてらっしゃるのでしょう?」

「っ本当に、いいんだな?」

「向こうは紫月兄上がどうにでもしてくれます。

 だけど――――――……」


 そっと目を伏せた華乃に柚稀が苦く笑う。


「はい。姉上の代役は私には荷が重すぎます」

「そんなことないよ。

 ただ……」


 確かめなければと思った。

 あの夢が自分の妄想かどうかを。

 妄想でないならば一刻も早くあの涙を拭ってさしあげないと。

 自分を呼ぶ声が、あの切なく狂おしい声が真実ほんとうなら、もう一度抱きしめて大丈夫だと囁いてさしあげないといけない。

 あの方が前を向いて歩いて行けるように。

 そのために還ってきた。そのために還ろうと思った。

 泣き崩れる母を置いて、諦めたように微笑む父に背を向けて。

 優しく見守ってくれる目を見ないふりして、導き守ってくれる手を振り払って。

 だから、例えもうお側に侍ることが許されなくても、この世界に自分の居場所がなかったとしても、それでも、あの方が幸福しあわせに過ごしておられる姿を確かめなければならない。

 違っていればいいと思う。あんな悲痛な声で自分を呼ぶなんてありえないと。

 だけど此処に還ってこられたのはあの声のせいだったのだとも思ってしまうのだ。

 だから立派に成長した弟が仕えているというのに不安で心配でたまらない。

 それなのに――――ほんのり胸に広がる仄暗い幸福感に気付いてしまったから素直に言葉にできない。


「姉上……?」

「なんでもない」


 不思議そうな柚稀に華乃は微苦笑を浮かべて首を振る。

 それ以上は喋る気がないということを理解した柚稀と父である黎季れいきは何も聞かなかった。


「まぁいいじゃないか。それより華乃早くお入り。そんな格好だと冷えるだろう?」

「「「……」」」


 突然割って入ってきたその声にゆっくりと振り向いてしれっとした顔で会話に加わった男を睨み据える。


雪雅ゆきまさ様、何自然に混ざろうとしてらっしゃるんですか」

「大殿、いつの間に……。というか勝手に人の屋敷に入らないでください」

「こちらも相変わらずですか。雪雅様」


 凍えるような視線をニッコリ笑顔で受け流す雪雅に親子は揃って溜息を吐いた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る