第36話
世は王朝の統一に動きはじめていた。
晴山は西の王朝の使者を受け入れ、早々に時の趨勢をとらえた。
大武棘は再三に渡る説得のいずれにも取り合おうとせず、諌めるものを持たないまま、とうとう何度目かにやって来た若い使者を斬り殺した。
「おまえたち」
小棘は自分の屋形で、鎧の着つけを震えながら助ける妻たちを抱き寄せた。
「わたしは最後まで父の陣にいはしない。……すぐ迎えをよこす。待っておれ」
晴山たち西方の連合には、青い錆の浮いた銅の刃を使っているものなどひとりもいない。それでも、伊織の衛士たちに死者は少なかった。小棘の一声で、大武棘に背いたものがあまりに多かったのだ。
「オタカ! 」
後ろにいたオタカが年若いタケオを引っつかみ、自分の馬に放り上げたところで、大武棘は喚いた。混乱しうろたえると、恐怖が怒りにすり替わる類の人間なのだ。
「貴様ら、伊織の衛士であろう。我に背くと言うか! 」
「そうだ、伊織の衛士だ」
オタカは流れてきた矢を剣で払い落としながら答えた。
「あなたのではない」
馬が駆け去った。払うもののなくなった矢が大武棘の胸や腹を襲い、手入れの悪い鎧を突き通した。
戦に縁のないウカミはたったひとり、
逃げる途中で待ち伏せを受けたのだろうというのが一番本当らしかったが、宮の女官や衛士、王子たちですら誰ひとり知らなかった抜け道の先でウカミを待ち伏せできたのは誰なのかという問題は、そのあと長く人々の暇潰しの話の種になった。名乗り出たものもいなかった。
晴山は伊織を滅ぼしたわけではなく、戦が収まって間もなく小棘が
大智棘は名が変わろうが座が高くなろうがすべきことはひとつだと言わんばかりの相変わらずの仏頂面だったが、早々に西国と和解し、里の立て直しのために晴山の協力を取りつけた。晴山からの使者として山辺彦と双葉が宮を訪れると、何だ生きていたか、と憎まれ口を叩いてから初音を呼び、冗談めいたことまで口にした。
「わたしに娘が生まれたら、巫女の宮へやろう。それまでは初音、そなたには乙女でいてもらわねばなるまい」
「はい、はい」
ぼろぼろ泣いて頷くばかりの初音を、幾月かぶりで山辺彦が慰める。大智棘は一同を見渡し、ふと呟くように言った。
「せっかくみな戻ったのだ。弔いでもしよう」
大智棘の態度は、高嶋に対しても何も変わらなかった。相変わらず高嶋は大智棘の一番の従者だったし、相変わらずその目はいちいち冷めていて、相変わらずどこへ行くにもそばに呼ばれた。
里をあげた弔いにだけは、無理に呼び出されなかった。高嶋はようやく、そういう諸々の小さなことも含めて自分がいかに気を遣われているかということに気がつくようになった。大智棘はもう随分前から、幼い日の己のわがままを顧み、悔いていたのかもしれない……。
高嶋は、その後他の衛士たちと同じように大きな戦に遭うこともなく命を永らえたが、あるとき不意に道で尖った小石を踏み抜き、膿んだ傷がもとで熱にうなされるようになった。
「ほら」
と、高嶋は見舞いに来たオタカへ真っ青な苦笑いを振り向けた。
「だから言ったろう」
うわごとのような調子で言い終えると、寝床の中で小さく身を震わせた。そのまま二度と目を開けなかった。
時の流転の中にあってそうして行き過ぎてゆく人もあったが、伊織の里はそれから長らく潰えることはなかった。一度、あの双葉に似た若者が見慣れぬ様相の無骨な男と連れ立って山を早駆けしているのを見たという人が出たが、さだかではない。……
――
目当てもない平野を進む導となった海だ……一度も見たことのないものなのに、どうしてかそうと分かった。
風が蹴立てるものとは別にひとりでに波が立ち、白い浜を洗う。今は、随分天高くに目があるらしい。浜を去り、
迷う間もなく、大きな風に促されるようにそこを目指した。彼は自由だった。
そこは川辺の
その川辺には、すでに先客がいた。後ろ姿も恋しく、そのひとのもとへ駆け寄った彼に気がつき、たったひとりそこにいた娘がこちらを振り向いた。
あかるたま ユーレカ書房 @Eureka-Books
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