第26話

 この頃は、朝と晩がひどく冷え込む。


 夕刻見つけた小さな洞には、火の熱は長くは溜まらない。ナギは火の温もりを背にしてこちら向きに寝ているあかるこをわずかに抱き寄せ、鋭い川辺の風から白い手足を守った。


 洞は、近くの村のものたちが神庫ほくらとして使っているらしい。つるりとした丸い岩に、玉飾りと鈴が連なってかかっている。中に灯りが見えても、疑われることはないだろう――夜通し祈りを捧げる人もあるというから。夜半の灯りが祈りの火だというのなら、わたしたちの火はまさにそれだとナギは思う。


 一日一日を青ざめて、縋るようにして生きてきた。人の身の内の願いも、そうしているうちに変わっていく。長い間の片恋はどうやら叶ったけれど、今は日の下の人目が怖い。捨ててきたもののことを考えるのはもっと怖い。


 だが、ようやく手に入れたたったひとつの恋情は、何にも勝る幸いだと思っている。


 あかるこはナギの背を抱きしめて眠っている。体が温まって、憂いの影もない。安らかに眠っているだけの人の顔がこんなにも美しいということを、ナギは知らなかった。どうしてこの媛を害そうなどという考えを心に抱くものがいるのか、どうしても分からなかった。


 目の前の額に額をすり寄せた。手を握ることさえためらわれた昔を思えば、それは限りなく尊い行いに思えた。


 この人はわたしの妻なのだ。夢も思い出もどこにでも忍んでくるけれど、囚われてはいけない。


 肩を引き寄せて口づけした。


 わたしたちは、生きねばならないのだ。

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