第17話
小棘だった。大剣を片手に、こんなことはいかにも面倒だというふうにふたりを見ている。
「剣はどうした」
小棘はナギが腰に何も帯びていないのを見咎めて聞いた。
「丸腰で巫女王を無事に逃がしてきたのか。さすがというかなんというか……だがそれもここまでだな」
「折られてしまったのです」
ナギは短く答えた。ナギの剣は東の山で白い蛇に折られて、鍛え直しに出されたきりまだナギの元へ返ってきていなかった。
小棘は呆れたやつだという顔をした。
「剣も持たずに衛士が務まるか」
「格好を気にしなければ、使えぬものなど何もない」
ナギは小石を拾い、指先で撫でた。尖り具合を確かめているのだ。小棘はじっとそれを見ていた。
「その石でわたしを撃つか」
「我らを斬るとおっしゃるならば、やむをえません。たとえわたしが斬られても――」
「よいか、兄水葵。……いや、大水葵」
小棘は鞘ぐるみの剣で肩をとん、とんと叩いた。
「失礼ながら、葵さまはひとりで剣をお持ちになれぬ。祟りにならおまえよりお強いだろうが、剣を持った男には立ち向かえまい。おまえが死んだら守り手がいなくなるのだ。分かっておるのだろうな」
ナギの肩が少し下へ下がった。
「はあ……? 」
「だから、そうやって身を呈して戦おうとするな。みずからと引き換えに、一度だけ守ってみせたところでそれが何になる。おまえがしなければならないことは、守り続けることだ。そのまま出ていくというなら、人目を避けろ。逃げるのだ。それでは逃げ切れないと思うなら……」
小棘は持っていた剣をナギに放って寄こした。
「やはり剣を持ってゆけ」
刃は月の光を銀色に受けた。銅の色でないことは一目で知れた。
「鋼? 」
葵は剣を覗き込んだ。小棘は頷いた。
「なかなかの目利きであられる。さよう、それは鋼の剣だ。銅より強いぞ」
「なぜこれをわたしに? 」
ナギが尋ねた。隠しもせずに訝しむそのまなざしに、小棘は肩をすくめた。
「巫女王の夫に王子が鋼の剣を贈ることの何が悪い」
「しかし……」
「ぐずぐず言うな。新しく剣を鍛えようとしたら、蔵がいっぱいでこれ以上は置けないと言われただけだ。よいか、その剣を受け取ったからには、決して捕らわれるな。今一度この里に戻るその日まで、ふたりで逃げのびるのだ。分かったらさっさと行け。この方角なら、見張りのものもいない」
ナギは黙って小棘を見ていたが、やがて剣を腰に結わえた。小棘はふたりに背を向けた。何も見ていない、ということらしい。
「わたしの弟」
葵の手を引いてゆこうとしたナギが、急に歌うような調子で独り言を言った。
「双葉は無事だろうか。槍の穂先に裂かれ、北の岩屋にひとり横たわっている、わたしの弟は――」
小棘はナギが言い終えると、自分の方でも呟いた。
「ああ、無事だろう」
葵は思わず振り向いた。小棘は早く行けと顎をしゃくり、暗い木間をふたりが来た方へ駆け去った。
葵は尋ねた。
「王子に双葉のこと話してよかったの」
「ええ」
ナギは答え、かぶさってくるような宵闇から隠すように葵の背を抱いた。
「あの方には、きちんと芯がある――この剣が証です。さあ、山を下りてしまいましょう」
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