第20話薬草とスライム

治療院に戻ってきた俺は早速フェンに念話で話しかける。


「いるか? フェン」

「む? どうした主よ。何故いつものように普通に話さないのだ?」

「人の目があるもんでな。俺の後ろを見てみろ」

「後ろ……? うおっ、何だあの小娘は!?」


こちらを覗き込もうとするアニーを見て、フェンは目を丸くする。

おいこら、人が折角念話で話してるのに、動揺してる様子を見せたら意味ないだろ。


「……俺の知り合いでアニーという魔術師だ。これから薬草を取りに行くんだが、それが心配らしくついてくるつもりらしい」


柱の陰で俺の様子を伺うアニーに視線さんを送る。

時期外れの薬草採取は難しいからな。心配してついてきたのだろう。自分だって忙しいだろうに、困るんだよなぁ全く。


「むぅ……わざわざ念話を使うということは、我が幻獣だと知られては困る、ということだな?」

「理解が早くて助かるよ」


幻獣をペットにしているなんて知られたら、魔術協会に痛くもない腹を探られるかもしれない。

その結果、俺の『治癒』が知られたら最悪だ。

ただ犬を連れて山に薬草探しに行く、くらいに思ってくれた方がやりやすい。


「それで我になにをしろというのだ?」

「幻獣ってくらいだ。お前もそれなりの戦闘力はあるんだろ? 薬草探しに付き合え」

「ふむ、容易い御用だ。我は月狼フェンリル、そこらの魔物には遅れは取らぬぞ」

「うん、ついでにアニーを撒きたいからどうにかしてくれ。ついて来られたら邪魔くさい」

「何故だ? 魔術師なら役に立つであろう」

「確かにアニーは魔術師ではあるが、あいつの戦闘力は正直微妙だ。子供だしな」


魔術師の魔法は強力だが、詠唱が必要だし自身を守る手段が少ない。あくまでも攻撃特化なのだ。

前衛として戦える者がいなければその力を発揮することは叶わない。

ただでさえアニーは運動神経が鈍く、尾行もド下手くそなのだ。俺一人の方が幾分かマシである。


「むぅ……つまり主についていきながら、子供の相手をするということか?」

「あぁ。幻獣なんだし分身くらい出来るだろ」

「無茶振りをしてくれる……まぁ出来るのだが」


ぶぅん、と鈍い音と共にフェンの姿が二つに分かれる。

おお、マジで出来るのか。驚いたな。本では幻獣はフェンリルに分身能力があるとは書かれていたが、まさに瓜二つである。


「見事だ。では俺たちが帰るまでアニーの面倒を見ていてくれ。それが出来たらどうかに格上げしてやろう」

「道具……それは格上げなのか……?」


ジト目で尋ねるフェンだが、そりゃもうお前には勿体ない程の栄誉なんだぞ。何せいつか闇の権力者となるこの俺の道具なのだ。光栄に思うがいい。


「……まぁいい。では我は主と共に行こう」

「では我はあの子供を」


二手に分かれるフェン。片方がアニーに駆け寄り、その足に顔を寄せる。


「くぅーん、くぅーん」

「あ、ワンコだ かわいー!」


アニーはフェンに気を取られ、遊び始める。

ふっ、ちょろい。あいつは犬好きだからな。


「さ、気を取られているうちにここを離れるぞ」

「うむ、我に跨るがいい」


ブルルと身震いすると、フェンの身体が大きく盛り上がる。

おお、これが本来の姿ってやつか。馬くらいあるな。中々デカい。


「よいしょ……お手柔らかに頼むぞ」

「任せるがいい。しっかり掴まっていろよ!」


ひゅ、と風を切る音が聞こえた次の瞬間、俺たちは街の上空へと飛び出していた。




「うわわわわっ!?」


突如、高度数百メートルの上空に投げ出された俺は慌ててフェンの毛を掴み寄せる。

こ、怖ぇ……無茶苦茶するなフェンの奴。しかもなぜか得意げな顔だしよ。


「主よ、これであの娘にバレずに離脱したぞ。どこへ行けばいいのだ?」

「……俺のお前に対する評価、下げておくな」

「何故だぁっ!?」


当たり前だろ。お前はいいかもしれないがこっちはごく普通の人間なんだぞ。心臓が止まったらどうするつもりだ。


「うぐぐ……不条理だぞ……」

「上司の命令ってのは鵜吞みにするだけじゃなく、先読みしないと出世できないぞ」


世の中というのは不条理なものだ。

部下はどんな上司の考えにも先回りして答えを用意してこそ、ようやく気が利く奴だと評価されるものである。

……いや、俺はそれすごい苦手なんだけどな。いいんだよ、俺は部下には向いてないんだから。


「東の方角……あそこの山まで飛んでくれ」

「了解だ」


俺の指示した方向へと、空を蹴るように跳躍するフェン。


「だ、だから空を飛ぶんじゃない! ビビるだろ!」

「……主は高い所が怖いのか?」

「いや、誰でも怖いわ!」


人の心が分からなすぎる。

こいつ、もう一段評価下げとこ。

とはいえ速度自体はすさまじく、あっという間に山に到着した。

はぁ、死ぬかと思った。そりゃ急いでいるとは言ったが、ここまでやれとは言ってない。帰りはゆっくり帰らせよう。


「……まぁいい、フェンは周囲を警戒していてくれ」

「うむ、わかった」


ここら辺に出て来るのは犬の魔物、アッシュウルフだ。

何度か見たことがあるが凶暴な犬くらいの魔物で、群れで襲ってくる特性を持つ。

ただここはダンジョンでもない為、そう襲われることはあるまい。力の差を見せつければ勝手に逃げていくので、フェンが睨みを利かせていれば大丈夫だろう。

一応フェンがしくじった時の為の作戦も考えているしな。ともあれ捜索開始だ。


「しかし時季が外れているのに、採れるものなのか?」

「あぁ、実はシレン草には年中生えてはいるんだが、数が少なく、他の草が枯れた冬にしか見つけるのが困難なのさ」

「ふむ……確かにこれだけ草が生えていれば、探すのは困難であろうな」


辺りを見渡すフェン、膝丈まで草が生えており、こんな状況ではとてもではないが特定の草花を探せない。

だが俺も無策で来たというわけではない。


「実はシレン草には特定の薬を吸わせると強い臭いを発するという特徴があってな。この薬香を焚けば反応するようになっている。あ、ちょっと鼻を押さえていた方がいいぞ」

「? だがニオイを嗅いでおらぬと魔物の接近に気づかぬぞ」

「うーん、まぁ一応備えとけよ。死にはしないと思うがな」


首を傾げるフェンに構わず、リュックから取り出した香炉に火を付ける。

辺りに柔らかな香煙がふわりと漂い始めた。


「なんだ、いい香りではないか」

「これ自体はな」


香炉を掲げ、煙を風に乗せて広げながら歩いていく。

さて、この辺りに生えていればいいんだが。と、考えていた時である。


「むぐぉぉぉっ!? は、鼻が曲がるぅぅぅっ!?」


突然、フェンが鼻を押さえて暴れ始めた。一瞬遅れてツーンと何とも言えない匂いが鼻を突く。


「……よし、当たりだ」


この臭気反応、これこそがシレン草が近くにある証だ。

ニオイの元を辿っていくと……見つけた。紫色の草、シレン草である。

それを丁寧に摘み、リュックに入れる。


「よしよし、何とかゲットできたな」


無事に手に入って良かったぞ。

夏は他の草が生えるのでシレン草の数自体も減るからな。早々に見つけられて幸運だった。


「うぐぐ……ふぇくしょん! く、臭すぎるぞ主……それを止めてくれ……ぐしゅん!」

「あぁ、悪かったな」


香炉に蓋をすると臭気反応がようやく収まる。

俺としてはそこまで臭くはなかったのだが、犬であるフェンには激臭だったようだ。

さっきから何度もくしゃみをしている。だから鼻を押さえておけと言ったのに。

ていうかそこかしこでアッシュウルフたちが泡を吹いて倒れているな。俺たちを遠巻きに狙っていたのだろうか。

最悪、フェンが使えなくてもどうにかなるとは思っていたがここまで効くとは思わなかったぞ。


「さて、目的のものは手に入ったしそろそろ戻――ッ!?」


その場を後にしようとした俺の足が止まる。

気づけば俺の周囲をどす黒い粘体が取り囲んでいたからだ。


「クレイスライム……!」


しまったな、油断していた。アッシュウルフは臭気で退けたが、逆に汚いものを好むクレイスライムを引き寄せてしまったようだ。

こいつらどこにでもいるからなぁ。だがこんなに数がいるとは。


「フェン、俺を乗せて逃げられるか」

「……無論だ。任せ……ぶぇっくしょい!」


げほんげほんと咳き込むフェン。……ダメだこいつ、まともに動けそうにない。

威嚇しようとするが身体が縮んできてるし、クレイスライムは全然怯える様子なく包囲を狭めてきている。

……ちっ、ここはダメージ覚悟で走り抜けるしかないか。幸いクレイスライムの攻撃力は低い。

多少攻撃を受けても、俺の『治癒』でリカバリー可能な範囲だろう。

覚悟を決めてフェンを抱きかかえると、一番包囲の薄そうな場所に向けて走り出す――


「動かないで! お兄ちゃん!」


――と、頭の中に響く声。アニーのものだ。

念話だと? どういうことだ。困惑する俺の眼前に、巨大な光の柱が立ち昇る。

一本ではない。周りに数本、それはクレイスライムをあっという間に焼き尽くしてしまった。


「いやぁー、危ない所だったねぇお兄ちゃん」

「アニー、か……? 一体どこから……」

「治療院からだよ。お兄ちゃんが襲われている気配がしたから、殺っといた♪ んふ♪」


ヒェッ、思わず変な声が出る。

え? 魔法ってそんなことまでできるのか? というか俺の行動を察知していたという事は……フェンのことも見ていたのだろうか。


「それにしてもすごいねお兄ちゃん。フェンリルを番犬代わりにしているなんて、幻獣に好かれている人なんて魔術協会でも滅多にいないよ!」


うぐお、バレている。だが幻獣使い自体はそこまで珍しいものでもないのか。

いや、珍しいのは珍しいのだろうが。


「お、おう……まぁな……アニーこそすごいじゃないか……こんな魔法が使えるなんて驚いたぞ」

「えへへ、お兄ちゃんに褒められたくて、練習したんだ」


照れ臭そうに笑うアニーだが、物語の魔術師でもここまでの奴はいなかった気がする。

天才だとは思っていたがここまでとは……末恐ろしい奴である。


「背中に魔術刻印が刻まれているな。それを目印に念話や映像を見ているのだろう」

「げっ、なんてことしやがるんだお前!」

「あちゃ、バレちゃった♪」


てへ、とか言ってるが完全なストーカーだぞ。


「おい、消せフェン」

「わ、わかった」

「あんもう! お兄ちゃんたらいけず――」


フェンに消させ、ようやく念話が切れた。

……ふぅ、油断も隙もない。危うく『治癒』を使うのを見られるところだったな。

そもそも魔術協会は特に危険な組織なのに、アニーがこの調子ではいつバレるかわかったものではないな。

やはりできるだけ会わないようにすべきだろう。やれやれ、どっと疲れたぞ。


「恐ろしく静かに展開された魔術刻印であった。言われなくては気づかなかったぞ」

「天才、だからな……」


その使い所がおかしいのが玉に瑕なのだが。

とはいえ闇の権力者となる者としては、このような危険人物とも付き合わねばなるまい。

これだけリスクを孕んだ存在は、それだけの有用さもあるということだ。

清濁合わせ飲むことも、権力者としては大事な資質なのである。

とはいえどっと疲れたな。早く帰ってアロマのお裾分けを貰うとするか。

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