第16話貴族と冤罪。後編
「こんにちは」
声をかけたのは昼間から真っ赤な顔で酒を煽っている中年の男だ。
彼は以前宝物庫の警備をしていた元兵士である。責任を取ってクビにされ冒険者になったらしい。
兵士として働いていた者は、辞めた後は大抵冒険者登録をするものだからな。予想通りすぐに見つけることが出来た。
「あーん? なんでぇ兄ちゃん……ひっく」
「実は聞きたいことがありまして。この絵の宝石に見覚えはありますか?」
俺はその場に腰を降ろし、件の宝石に似せて描いた絵を見せる。
意外かもしれないが俺はそれなりに絵心がある。プレゼンなどで部下に説明する時、絵が描けると便利だったからな。地味に練習して覚えたのだ。
だが男はそれを見て顔を顰める。
「チッ、こっちは宝物庫の番兵をクビになったんだ。今更宝石なんか見たくもねぇ」
「まぁそう言わず……マスター、この方に酒を一杯」
「……ふん、大ジョッキ二杯だ」
「大ジョッキ三杯でお願いしまーす」
俺に声に頷いたマスターが大きなジョッキを三つ寄越してくる。
男は嬉しそうな顔で口部を鳴らすと、紙を受け取って一言。
「……知らねぇな。こんな宝石」
と、言ってポイと投げ捨てた。
「あーーーっ! 話してくれるって言ったじゃん!」
「話しただろうが。知らねぇってよ」
「ずるいずるいずるい! ねぇエリアーー」
駄々を捏ねるリオネの口を塞ぎ、俺は男に頭を下げる。
「貴重な情報、ありがとうございます。良ければ裏に一筆、したためて貰えませんか?」
「構わねぇぜこのくらいはよ。お前さんこそ酒奢ってくれてありがとな。何かあったらまた教えてやるぜ!」
「ありがとうございます。ではマスター、もう一杯この人に」
「おおっ、気前がいいねぇ」
男に別れを告げ、酒場を出る。
「ちょっとエリアス、よかったの? 何も聞けてないじゃない!」
「何言ってるんだ。ちゃんと教えてくれたじゃないか。『知らない』ってさ」
「?」
リオネは何もわかってないようだが、思った以上にいい情報が手に入ったぞ。これなら予想より早くレゼを取り戻せそうだ。
さて、早速詰めに行くとするか。そろそろ夕方、仕事が終わって帰る時間だろうからな。
◇
「やぁ、ビンセント」
暗闇の中、教会から出てきた人物に声をかける。
仕事を終えて帰宅中なのだろう。俺を見て驚いた顔をしている。
「おやエリアス君じゃないか。今日は一人のようだが、一体何の用かな?」
「昼間の続きを聞きたくてね。お前がレゼの宝石を通報したんだろう? その時の話を詳しく聞かせて貰おうか」
「ふむ……そう言われてもあの時話したことで全部だよ。今更話すことなんて……」
言い淀むビンセントに俺は一枚の紙を広げる。
宝石を描いたものだ。ビンセントはそれを受け取ると首を傾げる。
「ふむ……これはあの時の宝石かい? 今更こんなものを見せて一体何を考えているんだ?」
「あぁ、そこに描かれた宝石は間違いなくレゼが持ち込んだものだ。お前はそれが宝物庫で盗まれたものだと言ったな」
「うむ、宝物庫の管理人からお達しを聞いていたから間違いない」
「――それはおかしいな。宝物庫を守っていた兵士に聞いたが、そんな宝石は見たことがないと言っていたぞ」
「ッ!?」
そう、クビになった元兵士は宝石を『知らない』と言っていた。
つまり盗まれた宝石とレゼが寄付したものは同一ではない、ということなのだ。にも拘らずレゼが犯人と決めつけられた。――即ちこいつに。
「もう一度聞く、一体どういうことだ?」
俺に問い詰められ、ビンセントは額に脂汗を浮かべていく。
「う、うーむ……おかしいな。見間違いではないのか?」
「ここに署名もある。見たことがないという念書もな。国に提出すれば法的根拠にもなるぞ」
「ど、どこぞの貧乏人を抱き込んで書かせたのだろう! 信用はできんな!」
「宝物庫に務めていた兵士のリストと一致している。筆跡もな。好きなだけチェックしろよ」
手渡した資料をビンセントは青い顔で読み耽る。
何か逆転の手を考えているようだが、ただでさえ雑なやり口だ。何を言っても足元をすくわれるだけだぜ。
「往生際が悪いわよビンセント。宝物庫の管理人にも確認取ってるんだから!」
暗闇から現れたリオネが捕らえているのは宝物庫の管理人だ。
今回の事件、彼が主犯だと考えた俺はリオネを使って取り押さえたのである。
話を聞いてみればズバリ、というわけだ。こういう時、戦闘力のあるリオネがいると話が早くて助かる。
「ううっ……すみません坊ちゃま……」
「お前……バレたのか! 使えない奴め……!」
そう、この二人は繋がっていたのだ。
彼は元々ビンセントの家で使用人をしていたのだが、脅されるまま宝石を横流ししていたのだ。
本来なら異なる宝石を同一のものとして取り扱うのは幾ら何でも不可能だが、寄付院と宝物庫同士で繋がりがあれば、幾らでも誤魔化しは効く。
……というか彼もまた小遣いを貰って派手に遊び歩いていたから、すぐに見つけ出すことが出来た。冒険者ギルドの情報網って素晴らしい。
日常的にこんな窃盗が行われていれば国からの追及は免れないだろうし、恐らく追及の手が迫っているのも察知していたはずだ。
どうにか挽回しようと思っていたところにレゼが宝石を持ち込んできて、これ幸いと利用したのだろう。
そうして評価を取り戻し、ほとぼりが冷めた頃にまた似たような犯行を行えばいい――というのが今回の顛末ってところだな。
「いやークソ雑な上にガバガバな犯行で助かったよ。最初はそれなりに警戒していたんだろうが、何度も繰り返すうちに雑になっていたんだろうな。おかげで大した手間もなく暴くことが出来た」
「ぐっ……ば、馬鹿な……!」
「馬鹿はお前らだよ。一度や二度で満足しておけばよかったのにな。嘘って重ね続けたらその重さで倒れてしまうんだぜ?」
嘘を誤魔化すには新たな嘘を吐かねばならない。それを誤魔化す為に更に嘘を重ねていき……次第にボロが出てしまうものだ。
特にレゼを捕らえてしまったのが運の尽きだったな。自分たちの犯罪を誤魔化す為に赤の他人を攻撃すれば、必ず周りから反感を買い、それは自分たちに返ってくる。
所詮貧乏人なんて何人集まっても反抗なんか出来やしないだろうと舐めていたのだろうが、中には俺みたいなやり手が隠れているってことを予見すべきだったな。
ま、国や教会でもビンセントたちを庇う者はいなかった。恐らく俺たちが何もしなくても、遠くないうちに二人共捕まっていただろう。
「ネングノオサメドキってやつね。大人しく捕まるなら手荒にはしないわよ」
ビシッと指差すリオネ。ビンセントは俺たちを睨み付け、歯噛みしている。
「貴様ら……貴様らァァ……絶対に許さんぞ貧乏人共! この私に無礼を働いた報い、必ず受けさせてやるからなァァァッ!」
咆哮を上げるビンセントだが、俺は耳クソをほじりながら小首を傾げる。
「ん-、俺たちのことを貧乏人貧乏人って言うけどさ、お前こそ下らん裏取引をするくらい金に困っていたんじゃないのか?」
「ぎっ!」
「そうよね。お金に困ってないならわざわざそんな危険な橋を渡る必要がないもの。借金とかあったんじゃないの?」
「がっ……ごっ……!」
「あれだけの宝石を売ればそれなりの額になったはずですが……もしやまだ借金を返し終えておりませんでしたので?」
「ぐふぅっ!」
苦悶の表情と共に膝を折るビンセント。
おいおい、こいつ人を貧乏呼ばわりしといて自分は借金持ちなのかよ。
ま、見栄っ張りな性格だからなぁ。どうせ女にでも入れあげていたのだろう。
今思えばレゼへの嫌疑も自分がやったことの裏返しなのかもしれない。自分がやっているのだから他人もやっているに違いない、というやつだ。
憐みの視線を向けていると、ビンセントは全身を小刻みに震わせながら立ち上がる。
「うおおおおっ! この貧乏人がぁぁぁ! 死ねぇぇぇっ!」
「――はい、捕まえた」
いつの間にか後ろに回り込んでいたリオネがビンセントの腕を掴み、捻り上げ、苦悶の表情を浮かべる間もなく手錠を嵌める。
冒険者たちは仕事柄犯罪者に出会うことも多く、こういった捕縛道具を携帯しているのだ。
ダンジョンや街外れに住み着いた魔物退治をする時など、そこへ逃げ込んだ犯罪者に会うことはままあるのだとか。
「くそっ! くそぉぉぉ! エリアスッ! これで終わりと思うなよぉぉぉ!」
「はいはい、いいから歩きなさいな。あ、エリアスはレゼを頼んだわよー」
「あぁ、そっちは任せた」
二人を連行するリオネに手を振って別れる。
とりあえず一件落着ってところか。ビンセントは暴れているがリオネから逃げられはしないだろう。あぁしてみると哀れだな。
さて、一刻も早くレゼを安心させなくては。何事もなければいいのだが……胸騒ぎを抑えながら、俺は教会へと駆けるのだった。
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