第17話後悔と涙

教会に着いた俺は地下牢へと走る。


「お、おいなんだ君は。勝手に入ってくるんじゃない!」

「エリアスだ。教会付属治療院のな。それよりレゼは無罪だ。通達は後で来るから会わせてもらう」

「む……君か……まぁ面会だけなら……」


入口の番兵にそう言って押し通る。一応教会と繋がりのある治癒師だし、番兵とも顔見知りなのでこれくらいの融通は利くのだ。

とはいえ地下牢なんて入るのは初めてだ。薄暗くじめじめした階段を降りるたび、カビの臭いに人の気配が混じっていく。

牢に捕らわれている者たちは小汚い恰好で碌に身体も洗ってないような者ばかりだ。


……こんな扱いを受けているのか。あのレゼが。

いや、彼女は宝物庫から盗むなんて重罪をなすりつけられているのだ。

これより酷い目に遭っている事も十分あり得る。拷問だって受けているのかもしれない。

下手をしたら腕の一本、目の一つくらい失っている可能性すらある。いやな考えが頭に浮かび、背筋が冷たくなっていく。


「くそ、頼むから無事でいてくれよ……!」


祈るように呟きながら駆けることしばし、地下牢の最奥に見知った人影を見つけた。


「レゼ!」


暗がりの中、レゼはゆっくり顔を持ち上げる。

その両手首を手錠で繋がれ、天井から吊るされていた。

全身をムチで打たれ、シミ一つなかった柔肌が赤く腫れ上がっていた。


「エリアス……君……?」


弱々しく唇を動かす。どうやら意識はあるようだ。

見た目は多少痛々しいが、後に残るような致命的な傷は付けられていない。

……よかった。思ったよりは大丈夫なようだ。

このくらいなら俺の『治癒』すらなくてもすぐに治るだろう。

鉄格子を掴みながら、俺は安堵の息を吐く。


「何故……泣いているのですか……?」

「……は?」


何を言ってるんだ。俺は安心したんだぞ。泣いてなんかいるわけが……

不思議に思う俺の頬に熱いものが流れる感覚。

指で拭うとそれは水、とめどなく溢れてくる涙だった。


「何だ……これ……?」


安心したはずだ。良かったと思ったはずだ。

なのに俺は何故泣いているんだ?

傷ついたレゼを見て溢れるこの感情の正体はなんだというんだ。

言葉を失い立ち尽くす俺に、レゼが微笑みかけてくる。


「私の為に、泣いてくれるなんて……ふふ、優しいんですね。エリアス君は……」


微笑を浮かべるレゼに何故か腹が立つ。

優しいだと? レゼは俺のせいで酷い目に遭ったんだぞ?

怖かったはずだ。恐ろしかったはずだ。心の傷は癒えやしないはずだ。

だって俺でさえこんなに心が痛いのに、レゼはもっと深く傷ついたはずだろう。

なのになんでそんな顔で、そんなことが言えるんだよ。

感情が込み上げてくる。溢れて抑えが効かない。レゼのことなんてただの道具と思っていたくせに。

頭がこんがらがってくる。


「くそ! くそ! くそォッ!」


がん! と牢に頭をぶつける。

錆びついた鉄格子を強く握り、掌からは気づけば血が流れていた。


「ごめん……ごめんなレゼ……!」

「ふふふ、泣き虫さんですね……」


深い罪悪感に押し潰され膝を折る俺に、レゼはただ優しく微笑みかけていた。

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