第15話貴族と冤罪。前編
「た、大変だよエリアスっ!」
数日後、午前の診察が終わって昼飯を食べていたところにリオネが駆け込んでくる。
「もぐもぐ……なんだよリオネ。食事中だぞ」
貴重な昼休みを毎度毎度邪魔しに来るんじゃない。
だが俺の言葉など意に介さず、リオネは勢いのまま掴みかかってくる。なんだなんだ、一体どうした。
「そんなこと言ってる場合じゃないのよっ! レゼが……レゼが捕まっちゃったの!」
「……どういうことだ?」
リオネは泣きそうな顔で俺の問いに答える。
「わかんないわよ……最近レゼを見ないなーって思って、今日はお休みを貰ったから教会に会いに行ったのよ。そうしたら彼女はいませんって言われて……胸騒ぎがしたからしつこく食い下がったら、牢屋に入っているとか……ねぇエリアス、心当たりはないっ!?」
――心当たりは当然ある。
というか間違いなくあの宝石が原因だろう。
あれだけの宝石だ。何らかの事件に巻き込まれてしまったのかもしれない。
教会内部の人間、しかも評判の良いレゼなら上手く寄付させられると思っていたのが……くそ、甘かったか。
「エリアス? 顔色悪いわよ?」
「うーん、実はだな……」
リオネにかいつまんで事情を説明する。こうなっては隠している場合ではない。
俺一人では何をするにも限界があるし、リオネの協力が不可欠だ。カーバンクルから貰ったという事は隠しておく。そこまで説明している暇はないからな。
「……とまぁそんな感じでゴミ山で偶然拾った宝石をレゼにあげたんだよ。寄付するように言ったが、どこかで何者かの企みに巻き込まれたのかもな」
「そんな……た、助けなきゃ!」
「だな。とにかく会いに行ってみるか」
「うんっ!」
午後は休診と札をかけ、教会へと駆け出す。
レゼは俺の大事な道具だ。こんなところで失うワケにはいかないからな。
なんとしてでも取り戻す。
辿り着いたのは教会奥にある寄付院、ここは教会への寄付を受け付ける場所だ。
扉を叩くと、早速係りの者が現れる。
「こんにちは……と、おやおやエリアス君にリオネさんではありませんか」
出てきたのは一人の青年、名はビンセント。
貴族の三男とか五男とからしいが、あまり出来がよろしくなかったようで、家を追放された彼はコネを使ってここで事務員として働いている。
プライドが高く貧民街育ちの俺たちを下に見ている所があり、特にリオネは彼を嫌っているのだ。
今回ばかりは無視も出来ず、しかめ面でビンセントに問う。
「……レゼはどこ?」
「それを君たちに言う必要が?」
「私たちは彼女の友達よ! どこにいるのか教えなさいよ!」
「そう言われても私には君たちと話す必要がないのでね。忙しいので失礼しますよ」
ふっと鼻で笑うビンセントにリオネが掴みかかろうとするのを止める。
やれやれ、顔を見合わせるとすぐケンカになるんだから。仕方ない。俺が話すとするか。
「悪いがハイそうですかとはいかないな。レゼは俺たちにとって大事な人だからね。頼むよ、ここで働いている君なら知っているだろう? 教えてくれないか」
「だから何度も言っているだろう。君たちのような下賤の者たちに教えることなど何も――」
言いかけたビンセントに一枚の紙を差し出す。
それは教会お墨付き治療院である、という証明書だ。そこにはレゼが従業員として働いているという旨も書かれている。
「俺は彼女の仕事の上司だ。部下が何処へ居るのか開示請求できる権利を持っている。なんなら憲兵隊に要請することもできるが?」
「……チッ」
俺の言葉に苦虫を嚙み潰したような顔で舌打ちをするビンセント。こういう手合いは権力で責めるのが一番手っ取り早い。
「ふん……まぁいい。彼女が捕まった理由は高額な宝石を盗んだのが発覚したからですよ」
「はぁ!? レゼがそんなことするはずないでしょう!」
鼻息を荒くして詰め寄るリオネに、ビンセントはため息と共に言葉を続ける。
「彼女が寄付に持ってきた宝石は三年ほど前に王家の宝物庫から盗まれたものです。当時、城では何度か賊に入られ宝石が盗まれていた。王家の恥だと発表はしませんでしたが、裏では懸命な捜索が続けられ、教会の者が犯行に及んだということだけはわかっていましたからね。そこへ彼女があの宝石を寄付に現れた。あれだけの宝石、持っているにも売るにも手に余るので寄付をして処理しようとしたのでしょう。金にはなりませんが己の地位になって帰ってくるのは悪くないですからね。ですがそれが運の尽き、この私に見破られ敢え無く御用となった――というわけですよ」
「嘘! そんなことレゼがするわけないでしょう!」
「下賤の者が貴族である私に意見するというのかッ!」
食い下がろうとするレゼにビンセントが吠える。
その迫力にリオネの肩がびくんと震えた。
「彼女が貧民街に教会の品々を多量に横流ししているという情報は入っているのだ。彼女の付けた帳簿はあまりに杜撰だし、物品の管理だって適当過ぎる。貧民街の者たちに物を横流しして、リターンを貰っているに違いない。例えば宝石を隠して貰ったりした見返りに、とかね」
「そ、それはあの子がちょっと適当な性格なだけでしょ! そんな細かい理由だけで、レゼを悪だと決めつけるのは性急だわ!」
「悪事とはいつも小さなことから始まるもの。最初は物品の私的利用や小銭の誤魔化しでも、どんどんエスカレートしていき窃盗や横領などの巨悪へと膨らんでいくのです。友の悪事に目を瞑る、それがあなた方の友情なのですが?」
「うっ……」
「くくっ、まぁ何にせよ、彼女の処遇は私が決めることではありませんがね。さ、もう聞きたいことはないですか? エリアス君。ないならここで失礼させて貰うよ。では――」
口角を歪めながら俺に言い、ビンセントは扉を閉める。
リオネはそれ以上口を挟むことが出来ず、膝を折った。
「ふむ……さて話も終わったし、これ以上こんなところに居ても仕方ない。帰ろうリオネ」
「だってエリアス! レゼがそんなことするはずないよ! きっと罠に掛けられたに違いないよ! 助けなきゃ!」
「何を言っても無駄だよ。今はな」
ビンセントの言う通り、レゼは細かい仕事が苦手でしょっちゅうミスをしており、俺がフォローしたこと幾度となくある。
だがリオネの言う通り、レゼは悪いことができる性格ではない。帳簿の記載なんかも、誤魔化そうとしたわけではなく素でミスったのだろう。逆に多く支出してたこともあったしな。
その隙を『何者か』に突かれ、利用されたってことか。
つまりはていのいいスケープゴートというわけだ。
ただ厄介なことに、既に組織内で決定したことはそう簡単には覆せない。
一事務員であるビンセントに何を言っても暖簾に腕押し、何せ彼には何の権限もないのだから。もっと上の者に間違いだと認めさせる必要がある。
「レゼを信じてやれ。あいつがそんなことするはずないだろう?」
「エリアス……うんっ!」
――そう、やるはずがない。俺だけでなく、彼女の周りにいた者全てが口を揃えてそう言うだろう。
毎日毎日誰かの世話を焼き、事あるごとに人の在り方を説いてきたレゼが、窃盗などするはずがないではないか。
俺はこれでも道具の選定には自信があるのだ。
「必ず助け出す。だから協力してくれ。リオネ」
「もちろんだよっ!」
拳を握りしめて頷くリオネ。
ま、今回の事件は俺にも原因があるからな。流石に少しは責任を感じている。
それにレゼは俺が成り上がる為の大事な道具、失うワケにはいかない。
「でもどうするつもり? まさか裁判でも仕掛けるとか?」
「最悪それも手段の内には入れているが……恐らくそこまでする必要はないだろう」
あのレゼに窃盗なんてことが出来るわけがない、彼女を無理やり犯人に仕立て上げる為に組まれた理論には付け入る隙があるはずだ。
そこを突きまくれば、ボロは幾らでも出て来るさ。
冤罪ってのは証言さえ集まれば覆すのは容易いものだ。
「その為に奴から色々話を聞いていたんだよ。そして突くべき場所はわかった。――早速調べて欲しいことがある。まず、ある人物を探してくれ。恐らく冒険者ギルドに登録しているはずだ」
「う、うん!」
俺の言葉にうなずくリオネ。
さて、何処の誰かはわからんが、俺の大事な
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