第14話困った宝石
「さて、どうしたもんかな」
カーバンクルの寄越してきた巨大エメラルドをお手玉しながら思案する俺を見て、フェンは首を傾げる。
「どうもこうも、金に換えてしまえばいいのではないか?」
「馬鹿だな。これだけの宝石、とてつもなく値段が張るに違いない。恐らく本来の使い方は王に献上するとかそういう類の物だろう。そう簡単に売れるかよ」
現代日本では博物館で飾られるような代物だ。
とてもではないが街の宝石商程度で買い取って貰えるような額ではあるまい。
かといって王城に持っていくのもな。今の俺では足元見られて買い叩かれるのが目に見える。そんな連中と交渉できるコネはないしな。……ていうかウチの国はそこまで金持ちではないし、そもそも大した額は出ないだろう。
冒険者ギルドなど論外だ。世界中に支部があるとはいえ、レアな魔物の素材をピンハネしまくっているような連中だ。そもそもただの宝石に大した価値など見い出せないだろうし、二束三文で買い取られるのがオチだろう。
そもそもそんな大金を所持するのも、宝石を所持するのも危険度は変わらない。むしろ嵩張る分上がるくらいだ。現状金に困っているわけでもないし、換金するメリットは薄い。
「ではやはり持っているのか?」
「もっと馬鹿か。こんなものを持っていると知られたら俺の身が危険だろ」
とはいえ早急に処分しなければならない。
ただでさえクソ雑魚セキュリティなのだし、警備を雇おうにも今の俺がそんなことしたら逆に怪しまれる。中途半端な対策は逆効果だろう。
砕いて少しずつ使うなんて論外だ。宝石の価値が大きく落ちるし、リスクを減らす為に大損するのは馬鹿のやることである。
「むぅ……もしやかなり使いづらいものを渡したのか。仕方ない、奴を呼び出し取り換えて……」
「いや、これはこれで悪くないんだなこれが」
これだけのリスクだ。上手く使えば大きなリターンを得られるだろう。
出来るだけ俺への危険がなく、長期に渡って効果が得られる方法は……と。
「ふむ、あいつに頼むか」
実はこんなこともあろうかと、使いにくい資産の処分方法は色々当てを付けていたのだ。
そしてあそこならこの宝石も処理できるかもしれない。
俺は宝石を懐に仕舞い、目的の場所へ足を向けるのだった。
◇
「エリアスさん! 一体どうしたんです? こんなところへ来るなんて珍しいじゃないですか」
声を上げたのはシスターレゼ。そう、俺の目的地は教会である。
「ちょっとレゼに用があってな。……の前に、少し人目に付かないところに行きたいんだけど構わないか?」
「ふえっ!?」
俺の言葉にレゼは目を真ん丸にして顔を紅潮させる。
しどろもどろになりながら目を左右に泳がせているが……何をそんなに慌てているのだろう。
「も、ももも、もちろん構いませんけど……? いい、一体どういう意図なのですか……?」
「よかった。じゃあ来てくれ」
レゼの手を取り駆けだすと、ぴゃあっ! と声を上げた。
首を傾げながらも物陰に連れ込む。
「実はこれをレゼに渡したくてな」
「プレゼントですか。……二人きりの時じゃないと渡せないようなもの……ということですよね。ドキドキ……って何ですかコレぇっ!?」
手渡した巨大宝石を目の当たりにしたレゼが大きな声を上げそうになるのを、慌てて口を押えて止める。
「シッ、静かにしてくれ。声を出したくなる気持ちはわかるが」
「で、ですがこれはあまりに……婚約指輪にしても大きすぎません?」
「いや天然か!」
思わずツッコむ。どんな婚約指輪だよ。そもそも婚約するなんて一言も言ってない。
俺はため息を吐いて言葉を続ける。
「……実はこの宝石、フェンがどこかから拾ってきたんだよ。どう使ったものかわからなくて……考えた末、寄付しようと思ったわけだ」
「なるほど……貧民街には毎日沢山の廃棄物が出されますからね。その中に時々すごいお宝が混じっているという話は聞いたことがあります」
ま、この宝石はそういうレベルじゃないんだけどな。レゼがあまりものを知らないおかげで説明が省けて助かる。
「確かにこれだけの宝石、売るのは苦労するでしょう。そこで寄付というわけですね。素晴らしい考えですエリアスさん。そういうことでしたら早速寄付に参りましょう」
「あーその、寄付なんだが俺じゃなくてレゼが寄付したことにしといて欲しいんだ」
「? 何故ですか?」
「ほら、いつも世話になってるだろ? そのお礼だよ。教会では多額の寄付をした者に神の恩寵が与えられるというだろう? レゼに祝福が与えられたら俺も嬉しい」
「エリアスさん……ありがとうございますっ!」
ぎゅっと抱きしめてくるレゼ。むぐぅ、苦しい。
「ご、ごめんなさい。つい……でもわかりました! ではこの宝石は責任をもって寄付させていただきますね!」
「あぁ、だが俺が渡したことはくれぐれもナイショにしてくれ。貧民街のゴミ山で拾ったってことにしておいてくれるとありがたい」
「どうしてですか? 言ってしまえばよろしいのに」
「俺にも色々あるんだよ。じゃ、頼んだぜ」
「むぅ、なんだかわかりませんが……わかりましたっ!」
太陽のような笑顔で答えるレゼに、俺は手を振って返すのだった。
「主よ、これでよかったのか?」
レゼと別れ、教会を出た俺にフェンが尋ねる。
「あの女に渡して宝石を渡し、教会に寄付させる……確かに、主の手元からは離せるし、女の好感度は稼げるかもしれないが、今更そこまでの効果があるとは思えないのだが……」
「そうでもないさ。あれだけの宝石を寄付したとなれば、レゼの功績はかなりのものになるはずだ」
こなした仕事と周囲の評価で出世が決まるのはどこの企業でも同じだが、教会みたいな場所でもそれは同じだ。
――即ち、集めた寄付金である。あれだけの宝石を教会に納めたとなればその功績は計り知れまい。
言うまでもなくレゼへの周囲の評価は問題ないし、あと数年も立てばかなりの地位に就けるはずだ。
例えば教皇とか。借りはそうなった時にでも十二分に返して貰えばいいさ。
言うならばこれは道具のアップグレード、いずれ闇の権力者となる俺は最高の道具を持つべきだからな。
「むぅ、なるほど……金でなく権力に還元するというわけだな。しかも他人をそうさせるので主が危険に晒されることもないと」
「そういうこと、さて果報は寝て待てというし、あとはのんびり待つか」
手元の爆弾もどうにか処理できたし、一安心である。
これで枕を高くして眠れそうだ。俺は上機嫌で治療院に帰るのだった。
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