第13話病気の幻獣

ギルドでの仕事を終えた俺は治療院に戻ってきた。

きたは良いが……なんか様子がおかしいぞ。出る前と微妙に治療院の外観が違うように思える。一体……


「おお、戻ったか主よ!」


置いてきていたフェンが声を上げる。……屋根の上から、何か変なものを咥えて。

あれはチョークか何かだろうか。それを見た俺はようやく違和感に気付く。


「人の家に何ラクガキかましてくれてんだお前はァ!」


ぶん投げた石がフェンの頭に当たり、ふぎゃんと声を上げて落ちた。


「な、何を勘違いしているのだ我が主よ! 我は決してラクガキをしていたわけではなくてだな……」

「どう見てもラクガキだろうが。折角番犬を任せたのに何してくれんだお前はよ」


番犬代わりなら務まると思っていたが、どうやら俺の考えが甘かったようだ。

ただでさえボロボロの治療院がラクガキまみれでどこぞの格闘漫画に出てくる家のようである。言っておくが俺は許さん。

役に立たない上に悪さをする使えない奴は道具にすらならない。さっさと捨ててしまわければな。

俺はフェンを冷たく見下ろすと、鎖を掴んでゴミ山の方へと引き摺っていく。


「ま、待て待て誤解だ! 我を捨てに行くのはまだ早い! これを見てからでも遅くはなかろう!?」

「あぁん?」


フェンの言葉に振り向くと、ラクガキまみれの治療院が俄かに光を放ち始める。

一体何が起きてるんだ? 呆然としていると治療院の正面に何か小さな影が現れる。


「くーん」


猫のような鳴き声とともに現れたのは黄色いモフモフ。猫とウサギの中間のような生物だ。額には赤い宝石が輝いている。


「こいつ……幻獣か」

「うむ、かの者は幻獣カーバンクル、我がこの家に刻んでいたのは幻獣界と人間界を繋ぐ転移陣なのだ」


言われてみれば治療院に描かれているのは魔法陣に見えなくもない。

確かに俺は病気の幻獣を連れてくれば診てやると言ったが、まさか家に直接転移陣を描くとは思わなかったぞ。


「これだけの大きさの陣を地面に描くと、目立って仕方ないであろう? 踏まれて消えるかもしれんしな。だが家屋に直接刻めばそういう模様だと認識するであろう。幸い主の家はボロいし、多少汚れても問題は――あだっ!?」


一言余計だ、とばかりにフェンの頭を小突いておく。

まぁいい、そういうことなら勘弁してやらんでもないか。

客筋を増やすのは大事だし、幻獣界とやらにも多少興味はあるからな。


「……えーと、カーバンクルだっけ、お前も何かの病気なのか?」

「くー、くー」


こくこくと頷くカーバンクル。どうやらこいつはフェンと違って喋れないらしい。


「人間界の言葉を喋れる幻獣は少ないからな。我が通訳しよう。こやつは何日か前からずっと頭が痛いらしく、日常生活にも支障が出る程だとか。困っているらしいので助けてやってくれんか?」

「それはいいが……ちゃんと代金は支払うんだろうな」


俺はただ働きはしないぞ。……いや、たまにすることはあるけどな。

貧民街は金持ってるやつが少ないし。でもそうした連中は後で食べ物やなんやらを持ってくるのだ。

幻獣だからと言って特別扱いをするつもりはない。


「無論だ、と言っている」

「そういうことなら……どれ」


頭に手を当て、『治癒』を発動させる。

俺の手が淡い光を放ち、カーバンクルを包み込んだ。


「く!? くー! くー! くーーーっ!」


どうやら痛みが消えたようで、カーバンクルは嬉しそうに飛び跳ねている。

何でもいいが治ったばかりでそんなはしゃぐなよ。


「一応頭痛薬を出しておく。幻獣に効果があるかはわからんが、異常があったらすぐにやめてまた俺の元へ来い」

「くー」


薬を調合し、渡しておく。

人間用の頭痛薬がどの程度効果があるかの実験になるからな。

大体の薬は生物であればなんでも効果があるとはいえ、細かい実験は地道にデータを集めるしかない。

貴重な幻獣サンプルだ。これからも彼らを治療する機会はあるだろうしな。


「く!」


手渡した頭痛薬を受け取り、大切に仕舞うカーバンクル。

何度も頭を下げ、尻尾を振っている。……ちょっと罪悪感を感じるが、まぁ毒にはならないだろう。

なったら『治癒』を使ってやるからな。


「礼を言っているぞ。主よ」

「そうかそうか。で、礼には何をくれるんだ?」

「くーーー!」


一鳴きした後カーバンクルが懐(?)に手を入れ取り出したのは、巨大な宝石だった。

緑色のエメラルド……だろうか。宝石は詳しくないが、めちゃくちゃデカいぞ。


「これ……貰っていいのか?」

「く!」


いやいや、幾ら何でもこんなとんでもない宝石は受け取れないぞ。あまりにも対価に合ってなさすぎる。

困惑していると、カーバンクルは俺にぐいぐいと宝石を押し付けてくる。痛い痛い。


「主よ。貰ってやってくれ。宝石を司る幻獣であるカーバンクルにとっては、この程度大したものではないのだ」

「そうはいってもなぁ……」

「くっ!」


目を見開いて俺を威圧してくるカーバンクル。

他に手段もないのだろう。そこまで言われては仕方ないか。俺はため息と共にそれを受け取る。


「……わかったよ。ありがたく貰っておこう」

「くー!」


カーバンクルは大きく手を振って、転移陣の中に消えて行った。

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