第10話契約とギルド長

「お待たせしました。ええっと、エリアスさん。それにガラハドさんたちも、奥へいらして貰えますか?」

「わかりました」


受付嬢に案内され、ギルドの奥へと向かう。

ガラハドたちは何だかよくわからないと言った顔だ。……こんなザマだから騙されるんだよなぁ。

もしかして冒険者ギルドってアホばかりなのか?

階段を昇って辿り着いたのは客間に入ると、一人の老人がソファに座っていた。


「お連れしました」

「うむ、よく来てくれたな。さ、座り給え」


言われるがままソファに腰を下ろす。ガラハドたちは畏まっているようで、ソファの後に立ったままだ。


「私はボルゾイ、ギルド長をしておる」

「エリアスです。治療院をやっています」

「ほっほっ、リオネ君からよく聞いとるよ。優秀な治癒師なのだとか。……えぇとそれで報酬の明細が見たいんだったのう。これで良いか?」


今しがた書かれたであろうその紙を渡され、俺は思わず愕然とする。

総支給額銀貨350枚

そこから保険料70枚、手数料50枚、年金30枚、住民税50枚、所得税50枚が引かれ、差し引き支給額は銀貨100枚となっている。


「……相当引かれていますね」

「うむ、この表の通りに計算しておるし、会計に不明瞭な点はないはずじゃぞ。慣例通りにな」


ギルド長ボルゾイから渡されたもう一枚の紙には、国がちゃんと認めたという印が押されていた。

異常なまでの税金や諸経費が引かれてはいるが、概ね計算通りではある。

どうでもいいがなんで全部キリがいい数字なのは、計算しやすいように端数を全部切り上げているそうだ。

こいつも中々腐った慣例ではあるが、まともな計算のおぼつかないこの国ではそれはまだマシである。俺も計算が楽だし。


「しかし総支給額が銀貨350枚ですか。俺の見立てでは今回の依頼金は少なくとも600枚はあるかと思いますが」

「うむ、ウチに持ち込まれた時は依頼金は銀貨650枚じゃったかな。そこは手数料というやつじゃ。依頼額から約四割が引かれ、それを国とギルドで折半するという規定になっておる」


ざわっ、とガラハドたちが俄かにどよめく。


「そんなに抜かれてたのかよ……」

「信じられない……」

「じゃあ私たち、本来の半額で働いてるの……?」


……ま、そんなもんか。現代日本でも中間搾取は酷かったしな。

その上税金まで取られるおかげで、派遣社員とかは相当キツい生活を送らざるを得ないのだ。

冒険者もまた同じという事か。中々世知辛いことである。


「騒ぐでない。これも契約書に書いておるぞ。おぬしらが読まんかっただけじゃ。ほれ、ここを読め」


ボルゾイが取り出した契約書には確かにそれが書かれている。

だが現代でさえ契約書も碌に読まずに無茶な働き方をする者は多い。識字率の低いこの国でそんなものを読めというのは無茶もいい所だろう。少なくともリオネは文字読めないしな。


「い、一応口頭でも説明させて貰っていますが……」

「んな長ぇ話、まともに聞いてる奴はいねぇっての!」


ガラハドが怒鳴り声を上げるが、そりゃお前らが悪い。悪い、が同情の余地はあるだろう。

冒険者ってのはそもそも何も持たない若者が勢いでなるものだ。

そんな今から始まる冒険に胸躍らせているような連中が、細かい契約書を長々読み上げられても頭に入るとは思えないしな。


「なぁボルゾイさん。今からでも契約内容を少し変えてくれよ。これじゃ幾らなんでも俺らが報われねぇ。冒険者ってのは命がけの職業なんだ。なり手がいなくなれば困るのはアンタたちだぜ?」

「幸い困ってはおらん。毎日志望者がわんさか沸いて来るんでな」


そう、冒険者は憧れの職業だ。

様々な物語で勇者だ聖女だと書かれ、それを讃えるようなエピソードが数多く描かれている。

そしてそれらの本の発行所は大抵が冒険者ギルドだった。子供たちにそういった英雄譚を植え付け、冒険者に成りたがるように仕向けていたのだ。見事なプロパガンダである。


「大体おぬしら、ここまで冒険者としての地位を築いてしまった以上、今更他の職業には就けんじゃろ?」

「――ッ!」


口籠るガラハド、そりゃそうだ。

子供の頃から冒険者で一攫千金狙うのを夢見て腕を磨いてきた彼らに、他に生きる道などありはしない。

本人にも冒険者としての誇りがあるし、今更他の仕事をやりたいと言っても受け入れてもらえる者は少ないだろう。多少の不条理があったとしてもこの仕事を続けていくしかないのだ。


「……なるほど。わかったよ、詳しい話を聞かせてくれてありがとう。感謝する」

「うむうむ、何かわからんことがあったら、また聞きに来るがよいぞ」


ニコニコした顔で送り出すボルゾイ。

部屋を出る際、ガラハドが壁をぶん殴って穴を開けていた。

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