第11話署名と反論

「なーんかモヤモヤするよねぇ」


椅子にもたれかかりジュースを飲みながら、リオネはため息を吐く。


「全くだ。つまらねぇ話を聞いちまったから、折角の祝酒がマズくなっちまった」

「シラヌガホトケ、っていうんだっけか? こういうの」


ガラハドたちも樽で酒を飲み干しながら舌打ちをしている。

……ま、俺がこういう話を聞きにいかなければ今頃は楽しく飲んでいたのだろうがな。

納得いかないものは仕方ないだろう


「でもエリアスはすごいよね。ちょっと話しただけで色々なことに気づくんだもん。流石だよ」

「多少注意して頭を回せば気づけることは幾らでもあるだろ」


むしろこんな雑な搾取に気づかないもんかね。

依頼額とか少し調べればすぐわかるはずだし、どの程度中抜きされてるかはわかるはずだが……ま、「そういうもの」と固定観念を植え付けられたら仕方ないのかもな。

例えば弁当の工場で700円の弁当を一時間100個作ってるのに、時給1000円でバイトしても気にならないようなもんか。

俺もブラック企業で働いていた時は、仕事単価を知って萎えたものである。

勿論、流通やブランドなどが絡む為、そう単純な話じゃないけどな。


「だがよぉエリアス、俺らの心配してくれたのはありがてぇが、どうせなら一人の時に聞いて欲しかったよなぁ。これからずーっと嫌な感じで仕事しなきゃいけねぇじゃんかよ」

「あぁ、リオネが推すだけあって賢いのはよくわかったが。そこまでいくなら慣例を変えて俺らの取り分増やして欲しかったぜ」

「ん? もちろん、そのつもりだぞ」


俺の言葉に全員の視線が集まる。

信じられないと言った顔だが、そりゃそうだろう。何の為にわざわざ細かいルールを聞きに行ったと思ってるんだ。


「……マジ? そんなことできるのかよ……?」

「あぁ、もちろんガラハドたちの協力が必須だけどな。手伝ってくれるかい?」

「も、もちろんだ! 俺らに出来ることなら何でもやるぜ!」

「私も! 私だって何でもやるよ!」

「俺らも話に乗せてくれ!」


俄かに沸き立つガラハドたち。俺たちの会話に聞き耳を立てていた周りの者たちもぞくぞくと集まってくる。

――ふむ、よかった。動いてくれる者たちがいるなら、計画の実行は可能だろう。

目を輝かせる皆をゆっくり見渡した後、俺は人差し指を上げて言う。


「一ついいことを教えてやろう。慣例ってのは、ぶっ壊す為にあるんだぜ?」



翌日、俺は改めてボルゾイの元を訪れる。


「なんじゃお主、また来たのか?」

「あぁ、昨日の話の続きにな」

「ふぅむ、一体何の用かは知らんが、契約書で決まっている以上、君に出来ることはないはずだが」

「そうでもないだろ。確かに報酬金の支払いは見せて貰った通りだったが、とある条件が整えば改訂を要求出来るとも書いてあったよな?」

「ッ!?」


俺の言葉にボルゾイの表情が変わる。


「あの時契約書を見せて貰ったのはただ支払額に納得がいかなかったからじゃない。仕組みそのものをひっくり返す手段を探す為だったのさ。――そして見つけた。指で隠してたが俺の目は誤魔化せないよ」


契約書を広げる際に該当箇所を見せないよう気を配っていたが、素人がやってもただの逆効果だ。

視線と手の動きで丸わかり。そんなもの注視してくれと言っているようなものである。


「既存契約書の改定条件はギルド所属冒険者の過半数の署名だったな。その条件は既に集め終えたよ」

「何っ!?」


懐から取り出した一枚の紙を見せつけると、ボルゾイは片眉を跳ね上げる。

契約書というのはなんらかの不都合が出た時の為に、それを見直す手段が設けられているものだ。

ガラハドたちに集めてくれたのだ。酒場で飲んでいる時に愚痴っていたらどんどんギャラリーが増えていったのである。そこから更に人づてで他の冒険者たちにも広まっていき、朝にはこれだけ集まっていたのである。

それにしてもたったの一晩でこんなに署名が集まるとは、ガラハドのカリスマは大したものだな。


「改定の要求は冒険者たちへの配分を多くすることだ。具体的には国とギルドの取り分が2、冒険者の取り分8を要求させて貰う」

「むぅ……し、しかし急には……」

「このギルドには上位職員はあんた一人しかいないだろ。すぐに決めて貰おうか」

「ぐむむむむ……はぁ、わかった……」


口籠るボルゾイだったが、しばし苦悶の声を上げた後にがくりと肩を落とす。

部屋の外で聞き耳を立てていたガラハドたちが、ひゃっほーと歓声を上げるのがここまで聞こえた。



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