第6話依頼と難癖
「やっほーエリアス、元気してたー?」
ある日、診察を終えて一人で昼食を摂ろうとした時、快活な声を上げながらリオネが現れる。
「リオネじゃないか。何か用か?」
「何か用かって……ひどいなぁ、久々に会った幼馴染に対する言葉がそれ? カッコいい鎧だなとーか、冒険者として様になってきたなーとか、色々言いようがあるんじゃないのー?」
悪態を吐きながら高価そうな鎧やマントを見せびらかせるようにポーズを取ってくるリオネ。
確かにその恰好、立ち振る舞いはエース級冒険者らしい堂々としたものである。なんだ、褒めて貰いに来たのか? ったく仕方ない奴だな。
だがストレートに褒めるのも言わされた感があって嫌なので、こう返す。
「……あぁ、可愛いと思うぞ」
「んなっ!?」
ぼっ、とリオネの顔が赤くなる。
「べべべ、別に可愛くなんて……」
「いやいや、すごく可愛いじゃないか。いやぁ、ずっと昔からお前はここから出たら垢抜けると思ってたが、俺の予想通りだったな。本当に可愛くなった」
「そ、そう……かな……? えへ、えへへ……」
先刻まで堂々としていたリオネだが、縮こまってモジモジし始める。
ふふん、相変わらず照れ屋だな。
「主よ……意外と女たらしだな……」
「馬鹿、この程度のやりとりは普通だろ」
オシャレした女の子を褒めておくのはマナーのようなものだ。このくらいで女たらしとか言われるのは心外である。……まぁちょっと言いすぎだったかもな。
ニヤニヤしていると、気づいたリオネが頬を膨らませてくる。
「んもう! いっつもそうやってからかってくるんだから! 折角エリオスの為にお仕事持ってきたのにさ」
リオネは懐から取り出した封筒を俺に手渡してきた。
開いてみると……依頼書だ。それを見た俺は思わず立ち上がる。
「おおっ! ついにギルドからの依頼が来たか!」
――冒険者ギルドというのは、一般人からの依頼を集め、それを所属する冒険者たちにこなして貰うことで成り立っている組織だ。
所謂派遣業者のようなものだな。多くの人と取引をすることから組織としての力は大きく、個人として関わっても手間賃を取られるので余程でなければ稼げない。
だがギルドから直接の依頼となれば話は別。対等、とまではいかずとも取引相手と認められば箔も付く。
現代日本でも個人が間に企業を挟んで商売していたらトップ層しか稼げないが(例えばネットオークションやフランチャイズなんかがそうだ)、大手と直接取引が出来れば大きくステップアップできる。
俺が起業した時も稼げ出したのはその辺りからだったしな。闇の権力者への大きな一歩というところか。
こういうことも見越してリオネを冒険者に導いたのだが、思ったよりも早く効果が出たな。
「それで内容は……えーと、ダンジョンの調査について来い、か?」
「うん。この間、街外れに小さいのが発生してね。私たちのパーティが依頼を受けて調査することになったの。治癒師が必要だって言うから推しといた♪」
ダンジョンというのは平たく言えば魔物の巣だ。
地割れや落石、崩落など様々な要因によって生まれた地形変動で出来た穴に魔物たちが住み着くことがある。
街の近くにそんなものがあると危険なので、冒険者などに依頼してそれを調査するのだ。
魔物が住み着いていたら排除し、早急に埋めることで予め危険を排除しておくのである。
そういえばひと月ほど前に地揺れがあった気がしたな。あの時に出来たのだろう。
報酬は……銀貨20枚か。街でひと月ほど暮らせる値段だ。治癒師としてついていくだけでこれだけ貰えるとは流石大手、太っ腹である。
「とはいえダンジョンか、危険なんだろうなぁ……」
冒険者たちがダンジョンに入る際には、必ず治癒師を連れて行かねばならないと決まっている。
つまりそれ程危険度が高いということだ。
正直ちょっと怖いが、ここで依頼を上手くこなせばギルドとの繋がりも出来る。
いきなりいい仕事なんて回ってこないからな。結局は地道なコネ作りが大事なのである。
「で、受けてくれるんだよね?」
「もちろんだ」
「そうこなくっちゃ!」
嬉しそうな笑顔で俺の手を強く握るリオネ。
「いやーよかった。断られたらどうしようかと思ったよー。前に冒険者なんかやりたくないって言ってたからもの」
「あまり気は進まないのは確かだけどな」
こんな世界だ、安全で稼げる仕事なんてそうはない。
成り上がるにはリスクも背負っていかなければならない。美味い仕事は上の方にしかないものだ。
「でもまぁたまには構わないよ。それにリオネが守ってくれるんだろ?」
俺の言葉にリオネは頬を赤らめながら、どんと胸を叩いた。
「当然っ! 私はエリアスの盾だもの。絶対守ってあげるから、安心してついてきなさい! ……えーと、こういう時はドロブネニノッタツモリ、って言うんだっけ?」
「大船、な……」
不安を煽るんじゃないぞ全く。
ま、きっと大丈夫だろう。そう信じるしかない。……最悪置いて逃げるか。
「ともかくエリオスの参加は決定ってことで、じゃあ帰って皆に報告するね。出立は明日、迎えに行くから準備を――」
「――俺は反対だな」
突如、リオネの言葉に重なるように声が聞こえる。
声の方、扉を見ると立っていたのは黒い男だった。黒髪に黒コート、黒い鎧、更に剣の鞘までが黒い。
「えー、ちょっといまさら何言い出すのよシェード、治癒師は私に一任するって言ったよね?」
「確かに言ったが連れてくるのがそんなガキだとは聞いてないぜ」
「私と同い年なんですけどー?」
「関係ない。治癒師はパーティの命綱だ。俺にも文句を言う権利はある」
シェードと呼ばれた男が髪をかき上げながら答える。
むむむ、と眉に皺を寄せ面白い顔をするリオネ。
「んもー、ワガママ言わないの! 言っとくけどエリアスはすごいんだから」
「だからどうすごいのか納得させてくれと言っている」
「そりゃもう小さい頃から色々やってて、今も沢山の患者さんを診てるんだから! この辺りでは評判なんだよ!」
「俺は知らんな」
首を横に振るシェード。そりゃそうだ。リオネの説明はあまりに自分視点過ぎる。説明下手か。
仕方ないので俺が前に出る。彼の言い分もわからないでもないしな。
「つまりは俺の腕を見せればいいってことだろう?」
怪我を治療してくれる奴がどこぞの馬の骨では、思う存分働けないということだろう。
昔見た治癒師とか酷かったもんなぁ。リオネの話では今は少し改善したようだが、不審がるのも無理はない。
「……くくっ、いい度胸だ。では見せて貰おうではないか! ただし、言っておくが俺の目はそう簡単には誤魔化されんぞ」
俺の言葉にシェードは不的な笑みを浮かべると、バナナを一本取り出した。
「こいつは見ての通り俺の昼飯だ。ご存知の通り皮を剥くことで中の実を食べることが出来るわけだが……」
言いながら皮を剥いて一口で食べ終えたシェードは、懐から針と糸を取り出した。
そして皮だけとなったバナナを縫い合わせていき、あっという間に元通りの姿に直してしまう。
「おお、上手いもんだ」
「ふっ、治癒師には縫合の技術が必須、あれだけ啖呵を切ったからには、これくらいは当然出来るのだろう?」
得意げ髪をかき上げるシェード。偉そうに言うだけあって見事な手際だ。縫い方も丁寧でソツがない。
皮を縫い付けられたバナナは剥かれる前と殆ど違いがないように見える。
「くくく、俺は一時期治癒師としての修業もしていたんだ。それ以上に剣の才があったから剣士となったがな。俺に勝てない程度の腕じゃあパーティに加えるわけにはいかないな」
「わかった。とはいえバナナはここにないし……これでいいか」
空になった弁当から食べ終えたブドウの皮を取り出し、縫合用の針と糸を用意した。
「ふはっ、おいおいそんなものをどうするつもりだ? まさかそいつを縫い合わせるつもりじゃ――」
何か言いかけたが構わず集中。ブドウの皮、その断裂した部分に針を通していく。
ミリ単位の作業だが、縫合位治療院で何度も何度も行っている。身体の内部の血管を縫い合わせたことに比べれば大した難易度ではない。
しぼんだボールのようなブドウの皮にフッと息を吹きかけると、それは膨らんで元の形を取り戻した。
「……ふぅ、こんなもんか」
「か、貸せっ!」
俺から奪い取ったブドウを、シェードはまじまじと見つめる。
「馬鹿な……こんな小さく、しかも細かく断裂したものを空気穴すらもなくして縫合するなど、とても人間技とは思えんぞ……! ありえん……!」
何やら冷や汗を垂らしながらブツブツ言い始めるシェードに構わず、リオネが俺に抱きついてくる。
「すごい! すごいよエリオス! 近くで見てても何やってるか全然わからなかったもん! ふふーん、これなら文句ないでしょ。シェード?」
なぜか得意げなリオネにシェードはしばし沈黙し、
「……ま、まぁまぁかな」
と、返してくる。
何故冷や汗と鼻水を同時に垂らしているのかはわからないが……ともあれ納得してくれたようで良かったというところか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます