第5話番犬とシスター

「おかえりなさいエリアス君……じゃなかった。先生♪」


治療院に辿り着くと、修道服姿の女性が立っていた。

彼女はレゼ、この街にある教会のシスターである。

貧民街にまで顔を出すのは教会では彼女くらいで、時折こうして治療院の手伝いまでしてくれるのだ。


「レゼ、今日も手伝いに来てくれたのか?」

「えぇ、近くに来たものですから。ふふふ、患者さんたちが待っていますよ」


レゼは以前から貧民街の人たちの為に炊き出しやごみの撤去など様々な活動を行ってくれており、住民たちの人気も高い。

治療院で手伝ってくれている時も、俺一人で治療をしていると時間が掛かっていつまで待たせる気だと殺気立つ患者まで出てくるが、レゼがいるといつも宥めてくれるので非常に助かっている。

俺だけだと殺伐としちゃうからな。彼女の持つ柔らかい空気は実にありがたい。

教会の伝手にもなるという、リオネと同じく便利な道具として付き合っている。


「あら先生、そのワンちゃんは……?」

「あー……なんか懐かれちゃったんだよ。番犬にでもしようかと思ってさ。フェンって呼んでくれ」


言わずもがな、フェンリルである。あの後勝手についてくると言って離れようとしなかったのだ。

仕方ないので人前では決して喋らないという条件付きでついてくるのを許したのである。名付けは御覧の通り、適当だ。


「当然だとも。お主……いや、主は幻獣界の至宝と言える存在。このような危険な街ではどこに危険があるかわからぬ。我が命に代えても守ってみせる!」


しかも勝手に主とか呼んでくるし、幻獣ってのはこんな安っぽいものなのか? まぁなんでもいいが。

ちなみに今は頭の中で話しかけてくる。どうやら念話とかいう魔法のようなものらしい。

幻獣という存在自体は有用かもしれないし、何かに使えるかもしれないし大人しくするならついてくる位は許してやろう。

道具……にするかどうかは今後の働き次第である。


「ワン!」

「うふふ、可愛らしいですね」


……ちょっと鳴き方がわざとらしいが、犬ということで誤魔化せているようだ。

とりあえず番犬を任せてみるとするか。


「おいおいエリアス先生よぉ、いちゃいちゃしてねーで早く診てくれよ!」

「そうだぜ。レゼちゃんも赤くなってねーでさぁ!」

「あ、赤くなってなどおりません!!」


野次る患者たちをキッと睨み付けるレゼだが、可愛らしい顔に逆に喜んでいる。

やれやれ、さっさと診察を始めたいんだがな。



「ただの肩凝りですね。湿布張ってりゃ治るでしょう」

「普通の風邪ですね。一応薬出しときます」

「胃腸炎かな? 整腸剤を食後に飲んでください」


サクサクと診察を進めていく。

しかしレゼがいると、それ目当てのスケベな患者の数が多いな。

寝てれば治るような病気で来るんじゃない。まぁ俺は儲かるので別に構わないのだが。


「……ふぅ、そろそろお昼ですよ先生。一休みしましょうか」

「そうだな。腹も減ってきたし」


昼休みの時間は適当である。

大雑把なところがこの世界のいい所だ。現代日本は無駄に時間に厳しくていかん。朝礼に遅刻したくらいで三十分くらい怒られたことがあったが、その時間こそ無駄だろうが。

弁当を取り出そうとすると、レゼが嬉しそうに俺の横に座った。


「じゃーん! エリアス君にお弁当を作ってきました。どうぞ食べて下さいな」


ちなみに彼女は治療院では俺を先生と呼ぶが、それ以外は名前で呼んでくる。


「ありがたいが俺も弁当持ってきてるんだ」

「いいですいいです。ちょっとずつ交換しましょう。はい、あーん♪」


レゼは自分の弁当を広げるや、早速俺に食べさせてくる。口を開けてパクリと頬張る。うーん、美味い。


「ありがとな。俺のは交換できるようなものはないけど」

「いえいえ、エリアス君が作ったお弁当を食べられるなんて、とっても嬉しいです」


そう言って俺の出した弁当を美味しそうに食べるレゼ。どう見てもそっちの方が手がかかっているんだが。なんか悪い気がするな。


「わん!」

「お前も腹減ったか? ほら食え」


俺の弁当を半分渡すと、フェンはガツガツと食べ始める。

運が良かったな。レゼが弁当作ってなかったらお前にやる分はなかったぞ。


「主よ、この女、主に惚れているのではないか? さっきから距離が近いし、そうでなければ弁当など作ってはこないだろう」

「んなわけないだろ。レゼの目的は俺の知識さ」

「知識だと?」


首を傾げるフェン。レゼはずいっと俺に顔を寄せてくる。ほらきた。


「ところで! 今日出していたお薬について聞きたいのですがっ!」

「あぁ、じゃあ湿布に使ってる薬草を教えようか。基本はシビラ草の根を煎じて使うんだが、他にも代用として――」


そう、レゼが求めているのは薬学の知識だ。

俺が自分で人体実験して得た知識を学びに来たのである。

使う薬草、その部位、生えている場所まで、聞かれるがまま答えていく


「なるほど、『治癒』の力を隠す為の知識であるな。しかし貴重な知識をタダ同然で広めて良いものなのか?」

「教会はこの辺りで最も影響力のある組織の一つだからな。そこに恩を売っておいて損はない」


俺のような貧民街の孤児が治療院を運営していると、教会のような強力な後ろ盾はありがたい。

そこで目を付けたのがレゼである。しばしば彼女が怪我人を治療しに貧民街へ来ることは知っていたので、それを見計らって手を貸したのだ。

俺の知識に感銘を受けたレゼは、治療院に手伝いに来るようになったというわけである。

レゼはそんな俺から情報を引き出すべく、弁当を作ったり手伝いをしたりしてくれているのだ。

わかりやすくギブアンドテイクな関係なのである。


「素晴らしい知識……ううん、こんな貧しい状況にありながら、勉強して知識を得てきたエリアス君こそが素晴らしいのよ。薬の作り方だって親切丁寧に教えてくれるし、知識量も半端じゃないもの。でも同じように調合してもあれだけの効果は出ないのよね。やっぱり作り方に細かい違いとかあるのかしら。もっともっと通い詰めてじっくり見なきゃ……っとと、あんまり見つめてたら変に思われるわよね。集中集中!」


なんだか嬉しそうにメモを取るレゼ。その横顔は紅潮していた。

よっぽど皆の役に立つのが嬉しいんだろう。正直人助けに喜びを感じるその感性は理解できないが、利用できる者は利用させて貰うとしよう。


「ついでに言えば俺の作る薬は『治癒』で効果を高めているので、レシピ通りに調合しても完全再現は出来ない。簡単に俺の薬に辿り着けはしないさ」

「……それは詐欺なのではないか?」


呆れるフェンだが、そんなことではこの厳しい社会を生き残れないぞ。

何せ教会は巨大組織なのだ。簡単に解明されなければ付き合いは長くなるし、それに越したことはない。

闇の権力者を目指すなら教会との繋がりは必須だからな。

さて、食事も終えたし、午後の診察を始めるとするか。

俺は立ち上がり、大きく伸びをするのだった。

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