第4話仕事と幻獣
――あれから一年が経った。
半年ほど前に出て行ったリオネは今や冒険者ギルドの若きエースとなり、ここまで名声が届くようになっていた。
この孤児院にも毎月沢山の仕送りが届き、子供たちもそこそこいい生活が送れている。
出立の瞬間までしつこく俺を誘ってたっけ。何度も断り続けてようやく諦めたものだ。
やれやれ、俺になど構わずさっさと成り上がって欲しいのだがな。いずれ闇の権力者となった時に、存分に助けて貰う予定なのだから。
「もったいないなことしたなぁエリアス。折角リオネが誘ってくれたのに、ついていけばよかったじゃん」
「馬鹿言え、俺は仕事が忙しいんだよ」
――俺はというと、『治癒』の祝福を生かして治療院を始めた。
勿論、直接『治癒』で患者を治すような馬鹿な真似はしない。そんなことしたらすぐ正体がバレて面倒くさいことになってしまうからな。
だから俺は自分自身を実験体にして、様々な草やキノコ等々、薬に使えそうなものを試したのである。最強の健康体の有効な使い道ってやつだな。
ちなみに探し集めてくれたのはリオネたちだ。
最初は訝しんでいたが、俺が誰かを助ける仕事がしたいと頼み込んだら目を潤ませながら快諾してくれたのである。相変わらずちょろくて助かる。
あとは学術書なんかもついでに漁って貰い、知識も得た。
金持ちの子供とかはこういう難しい本を買っても殆ど読まずに捨ててしまうからな。俺が有効活用させて貰っている。
勿論、働いて貰ったからにはちゃんとお礼はしているぞ。道具だからこそ報酬体系などはしっかりさせねばならないのだ。
そうして有用な薬草と知識を手に入ったわけだが、開業手続きがまた大変だった。
貧民街の人間は市民権がない者も多く、俺もご多分に漏れなかった。
色々調べたところ孤児院などの施設に通っていたことを証明出来ればいいらしく、そこまで苦労せず手に入った。ついでに皆のも。
この辺は医学書のついでに拾って貰った法律書が役に立ったっけ。
市民権を得た後は試験に合格し(こっちは簡単だった)、免許を得たことでようやく治癒師になれたのである。
貧民街育ちだからこの辺は適当でもよかったとは思うが、後々闇の権力者になった時に不祥事扱いされるかもしれないのでちゃんと手続きはしておくべきだ。
こうして治療院を開業したわけだが最初は殆ど人が来なかった。
それでもリオネが一生懸命宣伝してくれたおかげでちらほら来てくれるようになったのである。
美少女でエース級冒険者というのはいい広告塔になるな。本当によく働いてくれる良い道具だ。
リスクを負ってケアした甲斐がある。
俺の知識のみならず、どうしようもない時の『治癒』のおかげで今ではそこそこ評判の治療院になっている。
成り上がるにはまず己の存在価値を周囲に示すことが重要だ。
医者というのは皆から感謝されやすく、味方を作りやすいの口下手で敵を作りやすい俺にはうってつけの職業なのである。そこそこ稼げるしな。
「この調子で噂が広まっていけば、いつかは街の領主や国王などの耳にも届くだろう。そうすれば俺も闇の権力者に近づける……!」
ちなみに俺の定義する闇の権力者とは、現存するあらゆる権力の頂点と繋がり裏から支配する者だ。
国家、教会、魔術協会等々……そういったこの世界での権力者を裏から操れば、表舞台に顔を出す必要もなく命を狙われることもないからな。
前世での俺は金があったのでそこそこ自由だったが、国家権力には従わざるを得なかったし、逆恨みで刺されて死ぬ程度には不安定だった。
闇の権力者になれば自由を謳歌しつつ裏から権力を使って身を守れる。これほど素晴らしいことがあるだろうか。
とはいえ流石に途方もない道のりなので、まずはある程度の金とコネを得るのが当面の目標だ。
その為には地道に前へと進むのみである。
「さーて、今日も仕事をしますか……ん?」
治療院に向かおうとしたその時、空から何かが落ちてくるのが見えた。
「一体なんだろう……気になるな」
貧民街には時々思いもよらないようなお宝が投げ込まれる時がある。
例えば金持ちの隠し財産。壺の二重底などに仕込んでいたものを持ち主が死んだ後、誰も気づかず捨てたとか、そういうことが極稀にある。
何年か前に一人の若者がそれを偶然拾い、大金持ちになって出て行ったとかいう噂があったっけ。
……まぁそんな偶然はそうないだろうが、一応チラッと見ておこう。金目の物が手に入ればラッキーだしな。
「よいしょ、こらしょ……お、あれか」
ゴミ山を乗り越えて落下地点を探すと、見つけた。
高価そうな毛皮のコートに見えるが……近寄るとそれはモゾモゾと動いた。
「グゥゥ……」
唸り声と共に身体を震わせ起き上がる。
四本の脚に鋭い牙、銀色の毛並み……こいつは犬だ。
「なんだ、つまらん」
がっかりだ。大方飼い主が飼い切れなくなって捨てたのだろう。もっといいものかと思ったのに、残念だ。
肩を落としてその場を後にしようとすると、犬が俺をじっと俺を見てくる。
「あ? なんだお前。まさか俺に餌をねだってるんじゃないだろうな」
悪いがこいつは俺の弁当だ。やるわけにはいかんな。
無視して行こうとすると、犬の姿に違和感を覚える。
「ってお前、怪我してるじゃないか」
犬は腹部に深い傷があり、綺麗な毛並みが血が汚れている。
こんな傷を負っていたらすぐに死んでしまうだろう。空を見上げればカラスが犬を見下ろし、犬が力尽きるのを待っているようにも見える。
所詮この世は弱肉強食、弱い奴が悪いのだ。それに俺が助けたところで金持ちに飼われてた犬がこの貧民街で生きていけるはずがない。……なの、だが……
「……ま、目の前で死なれるのも気分が悪いか」
ため息を吐きながら犬に『治癒』をかける。
完全にただの自己満足、どうせどこかで野垂れ死ぬのだろうが、一応助けたという事実があれば俺の良心も傷まない。
周りに人気はないし、犬は喋らないから俺の力がバレることもないだろうしな。
光と共に犬の傷は塞がっていく。
「……これでよし、ほら治ったぞ。とっとと行け」
俺が犬にしっしっと手を振ると――犬は自身に起きたことを確かめるように起き上がると、俺を見て吠えた。
「傷が瞬時に……お主もしや『治癒』の祝福者なのか!?」
「ぶほっ!」
げほげほとむせる。
何だこいつが喋ったのか!? 見た目はただの犬にしか見えないが。
訝しんでいると犬は俺にお辞儀するように頭を下げる。
「我は幻獣フェンリル。人間界に迷い込み、死ぬ寸前であったが、お主のおかげで命拾いした。礼を言う」
「幻獣……? マジか?」
――幻獣とは、こことは異なる次元、幻獣界に住む生物のことだ。
不思議な力を持ち、時折人間界に現れては何かしら影響を与えるという……ま、妖怪や神、お化けのようなものという印象である。
それこそ物語の中にしかいない存在だと思っていたが、本当に存在するんだな。流石ファンタジー世界。
「約五百年程前、幻獣界にひどい病が流行るという予言があった。そこで我は幻獣神の指示により、治癒師を探すべく人間界に赴いたのだ。しかしどこを探しても紛い者しかおらず、途方に暮れるうちに力を失い帰れなくなってしまっていたのだが、ついに真の治癒師であるお主を見つけた! 頼む! どうか我らに力を貸してくれ!」
頭を伏せ得て頼み込んでくるフェンリル。とりあえず俺に敵意を持ってるわけではなさそうだが……
「具体的にどうしろっていうんだ? 俺への見返りは当然あるんだろうな」
「うむ! お主には幻獣界に来て貰い、毎日贅を尽くした歓待させて貰う。幻獣界自慢の美女、美酒、美食で、決して飽きることなき贅沢三昧を約束しよう!」
「ふーん……断る」
「うむうむ、そうだろうとも。そもそもお主のような真の治癒師がこのような貧しい暮らしをしていることがおかしいのだ。もっと良い暮らしをすべきだと私も思うぞ。さぁ共に行こうではないか。幻獣界で客人として存分にもてなして……ええっ!? い、今断ると言ったのか!?」
うんうん頷いていたかと思うと、いきなり声を上げて驚くフェンリル。
いや、驚くの遅すぎか。人の話を聞けというのに。
「い、一体どうしてだ!? お主にとって良いことずくめなはずだろう!?」
「決して飽きないなんて言ってるが、贅沢三昧なんて案外すぐ飽きるもんだ」
大体そういうのは前世で存分にやったんだよ。金さえあれば美味いもん食うのも風俗で美女を抱くのも幾らでも出来るからな。
だが贅沢ってのはたまにやるからいいのであって、毎日楽しめるもんじゃない。仮に飽きないとすればそれは危険薬物的なモノだろう。何にせよ健康に悪いし、折角覚えた知識や技だって使わなければ忘れてしまう。
それに客人扱いということは、なんだかんだ言って向こうの都合で追い出される可能性はある。そうなると歳だけ食って何もできなくないおっさんの一丁上がりだ。
たかだか毎日贅沢三昧する為にそれだけのリスクを背負うのは危険すぎる。何より俺はこの世界で神になるという大事な目標があるのだ。もふもふに歓待されている暇などないのだ。
「ま、ここまで患者を連れてきたら治してやらんでもないぜ。ちゃんと対価を支払うならな」
「あ! 待つのだ!」
フェンリルに背を向けると、俺はひらひらと手を振る。
やれやれ、時間を無駄にしたな。幻獣界とやらには多少心惹かれるが、あれだけ必死となるってことは、引き留められて一度行けば二度と帰れない可能性がある。
君子危うきに近寄らず、あぁいう手合いに関わるのはリスクが高いと言わざるを得ないだろう。
「むぅ、普通なら欲望に負けて即座に我の手を取っていただろうが、鋼の如き自制心よ。――幻獣界は誘惑の多き場所、如何に我々が守っていても邪な者に唆されれば二度と帰れぬ場所へ誘われてしまう。しかし彼ならその心配はなさそうだな。絶大なる治癒の力だが狙うものは当然多い。悪用されたらそれこそ幻獣界の危機。治癒師を連れてくることは我らにとってもリスクなのだ。うぅむ、是非とも来ていただきたい! その為なら主と呼んででもご機嫌を取らねばならんだろう。……ふっ、誇り高き月狼と呼ばれた我が仮初とはいえ主を持つとは皮肉な話だ」
……ほらなんかブツブツ言ってるし。怖い怖い。
俺は肩を竦めながら、治療院へ向かうのだった。
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