第3話力とリスク

「……つぅっ、無茶しやがって……」


夜、寝床に入った俺は昼間ぶん投げられた時に挫いた足に手を当てた。

わずかな光と共に痛みが消えていく。実は俺も祝福持ちだ。これは『治癒』という傷や痛みを癒す力である。

魔法のような力に最初は喜んだが、様々な物語を読むにつれこの祝福が明らかに弱いことに気づいた。

例えばこの一節――全身傷だらけの勇者だったが、治癒師の手が光ったかと思うとその傷はたちどころに回復した――とあるが、それに比べて俺のは僅かな傷が塞がる程度。

深めの傷も治せないことはないが、治癒に五分近くはかかる。とてもではないが戦闘中には使えない、明らかなハズレ能力である。

加えて言えばこの祝福、どんな物語にも存在するくらいありふれたものだ。

貧民街でこそ見たことはないが、冒険者ともなれば俺の上位互換も全然珍しくはないのだろう。

言っても便利に使われるだけだろうから、誰にも言ってない。


「ま、そもそも俺が成り上がるのに特殊な能力など必要ないんだがな」


前世の知識と経験があれば成り上がることは十分可能。俺が出来ると言えば出来るのだ。

勿論、便利な能力であることに変わりはない。前世では肩凝りとかに結構悩まされたし、今も病気とか罹ってもすぐ治るしな。

怪我なんかしたらまともに動けない日が続くし、常に健康体でいられるってのは案外チートなのである。



「ちょっとちょっと皆来て! 冒険者が戦ってるよ!」


いつものゴミあさりをしている最中、リオネが俺たちを呼ぶ。

手招きされるままゴミ山に登ると、眼下で数人の冒険者が魔物と戦っているのが見えた。

貧民街は外壁で守られてはおらず、殆ど外と言っていい危険な場所だ。

それを追い払う為に定期的に冒険者が退治に来るのである。

とはいえ大抵は通り過ぎるのを見るくらいで、戦いを見るのは俺も初めてだ。

おお、すごいな。本当に剣と魔法で戦ってるぞ。これが冒険者、子供たちが憧れるのも理解できるというものだ。


「ひえー、あれがゴブリンてやつ? 凶悪な顔してるなぁ」

「すごいすごい! まほーだよまほー! 炎を飛ばしてる!」

「エリアスがいつも読んでくれる物語の通りだねぇ。おじさんがんばれー!」


リオネたちもそれを見て興奮しており、呑気に手など振って応援している。

……ふむ、見た目と立ち振る舞いからして、パーティは剣士が二人に魔法使い、治癒師という感じだろうか。

剣士と言っても殆ど防戦一方で、攻撃の大半は魔法使いに頼っているのようだ。

物語などでは剣士が突っ込んでいって他がカバー、みたいな感じだったが実戦は違うという事か。

意外とチマチマした削り合いという感じだ。治癒師がいるならもっと突っ込んでも良さそうなものだが、やはり誰でも痛いのは嫌なのかもしれない。


「あ! 危ない!」


リオネが声を上げるのと同時に、鮮血が舞う。剣士の一人が腕を切り裂かれた。

蹲る剣士だがそこまで深い傷でもなさそうに見える。あれくらいなら治癒師がすぐに治してしまうだろう。

……しかし駆け寄った治癒師は身体を調べたり鞄をあさったりしているだけで、一向に『治癒』の祝福を使おうとしない。

戦闘が終わってから治癒するつもりなのだろうか。だがそんなことをしている間に押され始めているぞ。


「あぁもう、見てらんないよ!」

「おい、リオネ!?」


俺が制止するのも構わず、リオネがショートソードを手に飛び出した。


「てやぁぁぁっ!」

「ギャアア!?」


勢いのままゴブリンを蹴散らしていくリオネ。おお、やっぱりすごいなんだリオネは。

大人四人でも苦戦していたゴブリンをあっという間に撃退してしまった。


「大丈夫でしたか?」

「あ、あぁ……助かったよ。すごいね君は」

「はい、実は私、『勇壮』の祝福者なんです!」

「ほ、本当かい!」


リオネの答えに冒険者たちが驚く。

自分で言うかね。普通。あちらさん方が受け入れてくれなければ完全に痛い子だぞ。

まぁ結果は出しているのだし、貶めるようなことは言わないか。冒険者たちは目を輝かせ、リオネの功績を称え始める。


「あの伝説の祝福をこんな少女が持っているだなんて!」

「数十年に一人しか生まれないと言われる英雄のみが持つ祝福だぞ!」


……って何やら盛り上がっているが、今はそんな場合じゃないだろう。

今にも死にそうな怪我人がいるんだぞ。俺はゴミ山から駆け下り、倒れ伏す男に駆け寄る。

傷は思ったよりも深い。どくどく血が流れ続けている。すぐに傷を塞がないと命に関わるぞ。


「治癒師さん、早く彼の治療を!」

「もうやっている。静かにしたまえ!」


だが治癒師はさっきから何もしていない。

薬草を怪我人の口に含ませ、ただ祈っているのみだ。いや、本当に何をしているんだ。


「あいつはもう助からん。太い血管が切れているし、ゴブリンの武器は掠っただけでも死に至る毒が塗られている。仮に血止めをしても苦痛を長く与えるだけだ」

「えぇ、このまま死なせてあげた方が幸せでしょう。彼も死の間際に英雄誕生の瞬間に立ち会えて、本望だったと思うわ」

「はぁ!? じゃああの治癒師は一体何をしてるんだよ!?」

「彼が安らかに逝ける様にしているのさ。感覚をマヒさせる薬草を口に含ませ、祈祷すれば痛みは和らぐからな。ほら見ろ、さっきまでの苦しそうな顔が嘘みてぇだろ?」


ありえない、そんなのただの見殺しじゃないか。

物語での治癒師は瞬く間に傷を癒していたじゃないか。毒だって除去していたじゃないか。こんな掠り傷で見殺しにするなんて、何の為の治癒師なんだよ

リオネも顔を青くして小刻みに震えている。そりゃそうだ。目標としていた冒険者が、そんな容易く命を落とす世界だと知ったら平気な顔でいられるはずがない。


「こんな……こんな簡単に人は死ぬの……? だって物語では冒険者はもっとすごいはずじゃあ……本ではどんな傷もパァッて光ってすぐ治ってたもの……!」

「ふむ、もしや君たちは何か勘違いしているのかな? だったら教えてあげるが治癒師の仕事はあくまでも応急処置程度、大きな傷を負った者は苦しまず死なせてあげるものなのだよ」

「どんな傷でも治せる治癒師なんて、この世界には存在しないのよ。物語はあくまで物語、創作なの。悲しいけどね」

「だから我々はけして怪我をしないよう立ち回る。君も折角素晴らしい祝福を持っているんだ。こんな薄着でゴブリンと対峙するような真似は二度としちゃあいけないよ」

「そんな……そんな、ことって……!」


崩れ落ちるリオネだが――待て待て待て待て、まさかこの世界には『治癒』の祝福は存在しないのか? 俺が唯一の持ち主なのか?

彼らの言葉からはそうとしか思えない。少なくとも公になっている者はほぼいないと思うべきだろう。

この世界の治療は中世レベル、多少の傷や病でも命を落とす者は多い。

だからこそ読者に夢と希望を与えられるよう、物語では魔法のように一瞬で回復させるような治癒師がいたと考えれば自然ではある。


「……しかし、だとしたら……とんでもない力を得てしまったんじゃないか俺は……?」


まともに傷を治す手段がないこの世界で、俺の『治癒』はあまりにも強すぎる。

いや、科学の進んだ現代日本ですら恐ろしい影響力を持つ力。まさに最強と言っていい。

だが同時に非常にリスクが高い力とも言える。

下手にバレたら実験動物扱いされてもおかしくはないし、俺を巡って醜い争いすら起こるだろう。下手したら戦争かも……

何にせよ碌に身を守る手段のない俺がそんな力を持っていると知られたら、確実に自由はなくなる。

そんなものはただの籠の中の鳥だ。俺は権力に囚われたいわけではない。権力者になりたいのだ。

となると易々と衆目に晒していい能力ではないのは明らか。……この男には悪いが見殺しにするべきだろう。


「諦めちゃダメだよっ!」


リオネが飛び出し、布を当てて傷口を塞ぐ。


「まだこの人は死んでない! 私が何とかして見せる! 皆も力を貸して!」


わっ、と子供たちは近くの井戸へ水を汲みに行く。

止血をし、汲んできた水で傷口を荒い、持っていた薬草を張り付け治療していくリオネ。

本気で助けるつもりなのか。だがどう見ても男は今にも死にそうだぞ。それでもリオネは必死に治療を続けている。


額には玉のような汗が浮かび、手は血だらけだ。

目には涙を浮かべ、懸命に呼びかけている。


「しっかりして! 絶対に助けるからね!」


――助かるはずがない。仲間の彼らでさえ諦めているし、リオネの行為もただ傷を塞いでいるだけだ。

気合でどうにかなるものではないのだ。諦めるべきだ。仲間たちもそうしているのだ。しかし……


「……あぁくそ」


俺はそう悪態を吐いて、リオネの横に座る。


「エリアス!?」

「俺も手伝うよ」


服の袖を破って包帯を作り、巻きつけていく。

何かで読んだ知識の通りに腕の太い部分を抑えて止血しながら――『治癒』を使った。

極力バレないように最小出力で発動させた『治癒』により、男の顔色は良くなっていく。


「う……」

「し、信じられん……血の気が戻ってきたぞ……!」

「奇跡だ! 奇跡が起きた!」


……ふぅ、なんとか息を吹き返したか。微弱な『治癒』でも効果があってよかったぞ。

リスクを承知で助けたのは、リオネの心を折らない為だ。

折角素晴らしい適性があるのに、こんなものを見てビビって冒険者になるのをやめられては俺が困る。

彼女には俺が権力者になる為、これから色々動いて貰う予定なのだからな。

他ならぬ俺自身の為に、道具のケアは行わねばなるまい。多少のリスクを背負ってでもな。


「だが不思議だ。本来なら決して回復はしない傷だったはず……そういえば今、この少年が触れた瞬間、妙な光が生まれたような……?」


しまった。この『治癒』が俺の仕業と勘繰られるのはマズい。ここは何とか誤魔化さねば。


「よ、よかったなーリオネ、お前のおかげでこの人助かりそうだぞー?」

「ほ、本当……? でも私は何も……」

「馬鹿、リオネが助けようとしなかったら何も起こらなかった。お前が動いたから奇跡は起こったんだよ。神様が力を貸してくれたんだ! そうに違いない!」

「エリアス……? えへへ、そうかな」


照れ臭そうに笑うリオネ。よし、ちょろい。

素直だし俺のスケープゴートとしても使えそうだな。リオネは。


「おお……少女たちの優しい心が奇跡を生んだのかもしれないな」

「日頃の行いが良かったのよ。きっと」


こっちもちょろいな。

多少冷や汗かいたが、この世界の人々の知識はあくまで中世レベル。

そもそも魔法がある世界なのだし、多少ならば神の奇跡で誤魔化せると思ったが、上手くいってよかったな。

安堵の息を吐いていると、冒険者たちが何やら雑談を始める。


「それにしてもまるで『治癒』の祝福のようじゃないか! もしかしたら彼らのうちの一人がそうだったりしてな。だとしたら冒険者ギルドとしては放っておけない存在だぞ」

「ふふふ、そんなおとぎ話に出て来るような力を持つ者がいたら世界がひっくり返るわよ。まさに神の力を携えた救世主、教会こそ黙ってないでしょう。神に祭り上げられて一生飼い殺しになるでしょうね」

「いやいや、魔術師協会こそ、かの力を最も求めるだろう。だが彼らに狙われたらそんな力の持ち主は人体実験を繰り返され。死んだ方がマシという目に合うだろうな。何にせよぞっとしない話だよ」


……なんかグロすぎることを言っている。どうやらこの世界は現代日本のようにモラルが発達してないようだ。怖すぎる。

俺が思っている以上にこの力が周囲にバレるのは危険そうだな。

――だが、逆に言えばそれ程の力ということ。

リスクとリターンは比例する。死より恐ろしい目に合うリスクは、それこそ神にすらなれるリターンでもあるのかもしれない。


「ふふ、どうやら俺が目指すべきはただの権力者なんてもんじゃなさそうだな」


権力者というのは権力を得る為に表舞台に立つ必要があるし、国や組織に縛られる。

そんな彼らを裏から操ることこそが俺の理想なのかもな。――即ち闇の権力者になることだ。

ふふふ、闇の権力者か。悪くない響きじゃないか。

気づけば握り込んでいた拳には、熱くて冷たいものが感じられた。

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