第2話幼馴染と祝福
俺の次は異世界だった。
ゴミの臭いが漂う瓦礫の街、道行く人たちはボロを纏い、子供たちは裸足で駆けまわる。
そんなスラム街の孤児院で俺――エリアスは育った。
前世では平和で安全な暮らしを享受していた俺からすると、ここでの日々は信じられないことばかりだ。
何でも手づかみで食べるし、衣服が汚れても洗濯なんてしない。腐りかけの物も平気で食べるし、死体だってその辺に転がっている。
だが物心ついた時からそんな暮らしでは文句も言えないし、意外と慣れるものだ。
そんなわけで俺は普通に二度目の少年時代を満喫していたのである。
「おおーいみんなぁー! お宝は見つかったー?」
うず高く積もったゴミ捨て場の上で、少女が元気な声を上げる。
彼女はリオネ、孤児院の最年長でリーダー的存在だ。快活な性格で大人たちだけでなく、悪ガキからの信頼も厚い。
ボロを着ているから少年にも見えるがかなりの美少女で、着飾ればどこぞのお嬢様と言われても不自然はない程である。
「私はねー、これ! 可愛いクマのぬいぐるみ! 大物だよー!」
両手でぬいぐるみを抱え、白い歯を見せて笑うリオネに皆がおおーと感嘆する。
貧民街には定期的に富裕街からのゴミが捨てられる。
俺たちはその中から使えそうなものがないか探している最中なのである。
「こっちは全然ダメ。子供用の玩具ばっかり」
「アタシは靴を見つけたよ。穴が開いてるけど」
「折れたハンマーがあった」
ガッカリしている子供たちだが、リオネはそれを笑い飛ばす。
「何言ってるの。どれもすごくいいお宝じゃない。直せば使えるのばかりだよ! ――エリアスはどう?」
少し離れていた場所にいた俺が取り出したのは一本の剣だ。
「ショートソード。しかも冒険者ギルドの印付きだ」
「うわーっ! すごい! でかしたエリアスっ!」
俺を抱き上げ、空中に放り投げるリオネ。
数メートル上空に飛ばされ、思わず背筋が冷たくなる。笑顔でやってるけど、落ちたら死ぬぞこれ。
そんな俺の心配を他所にリオネは何度も胴上げをしてくる。
同い年の女子とは思えないこの力は『祝福』と呼ばれるもので、この世界では時々こういった力を持って生まれてくる人がいる。
その力はまさに神が与えた祝福の如く。持っていること自体はそこまで珍しくはないが、その殆どは俺から見ればせいぜい『かなり才能がある』程度。
絵や歌が上手かったりとか、魔法の才能があったりとか、走るのが速かったりとかそのくらいだ。
だがリオネの祝福はそれらと一線を画する強力さで、これこそ彼女が皆のリーダーたる大きな要因でもある。
「……どうでもいいけど早く降ろして欲しいんだけど」
「あ、ごめーん!」
何度か胴上げをされた後に、俺はようやく解放された。
……概ね良い奴ではあるのだが、多少アホなのがたまにキズである。
◇
「てぇい! やぁー! とりゃーっ!」
早速拾った剣を持ち、チャンバラごっこに興じるリオネたち。
リオネはハンデとして素手で戦っているが、それでも俺を含めた数人がかりで防御の姿勢すら取らせられない。
まさに圧倒的だな。これが祝福の力というやつか。
「はぁー、やっぱリオネは強いわ」
「あっはっはー、そりゃ私は冒険者になるつもりだからね! 生まれも育ちも関係なく剣一本で成り上がる! くぅー、ロマンだよねぇ。いつかすっごい冒険者になって、皆の面倒を見てあげるからね!」
力強く拳を握るリオネに、皆が羨望の眼差しを向ける。
誰でも慣れる上に実力次第で一攫千金を狙え、最上位ともなれば領主に匹敵する権力を持つこともできる冒険者は、この世界の子供なら誰もが憧れる職業だ。
と言っても俺たちも実際に見たことがあるわけではなく、ここへ捨てられる様々な書物でその英雄譚で知っただけである。
……ちなみに孤児院で唯一文字が読める俺が、リオネたちにせがまれ毎日朗読させられたというのが大きな理由だ。おかげですっかり内容を暗記してしまった。
それによればリオネの祝福は『勇壮』という非常に珍しいもので、物語の勇者や凄腕冒険者などが持つ、まさに大当たりの祝福なのである。
そんな力を持つ彼女ならば、冒険者としても大成する可能性は高いだろう。勿論リスクはあるがリターンはそれ以上に大きい。
「ねぇエリアス、私が冒険者になったらさ、君も仲間にならない?」
突然、リオネが話しかけてくる。冒険者の話になるといつも俺を誘ってくるのだ。
「いやぁ俺はやめとくよ。向いてないしね」
だが、その誘いを俺はいつも断る。
俺は弱い。力比べでは孤児院でも真ん中より下くらいだし、身体も小さく、魔法だって使えない俺にとって冒険者になるのはあまりにリスクが高すぎる。
冒険者ってのは言わば個人事業主のようなもの、完全な実力主義で結果を出せない者には厳しい現実が待っている。誰でも慣れるとはいえ適性がないものにとってはリスクにリターンが見合ってないのだ。
「んー、確かにエリアスは私より弱いけど、周りが良く見えてるし、頭だってすごくいいもの。私はバカだから君が隣にいてくれてすごく助かってるんだよ? 大丈夫、敵が襲ってきても絶対守ってあげる。だから一緒に行こうよ!」
「……光栄だね。考えておくよ」
全く光栄ではない。たとえ危険がないとしても、リオネについていくのは御免である。
俺に出来ることくらい多少賢い冒険者なら兼任できるだろうし、リオネだって馬鹿じゃないからすぐに憶えられるだろう。足手まといになって中途半端に放り出されるのがオチだ。
友人と起業するにあたって気を付けなければいけないのが実力差、俺とリオネには大きな差があるからな。組んでも碌なことにはならないだろう。
仮に続けられたとしてもリオネが失敗した場合は真っ先に食いっぱぐれるのは俺だ。
それに俺にはこの世界で成り上がるという目的がある。
前世の知識がある俺なら適正なリスクを負ってリターンを得ていけば、金持ちになれる可能性は高いし、わざわざリオネについて行く理由などない。
というか冒険者一本に絞っていたら他の金儲けの伝手を失ってしまうからな。
前世では金しか持ちえなかった俺は、色々と理不尽に晒されることが多かった。
金はあっても国家権力には従わざるを得なかったし、外国が攻めてきたらひとたまりもなかっただろう。
故に次に目指すのは様々な事業の中枢にいる権力者である。やっぱり金だけじゃダメだよな。権力も持ってないといざって時に自分の身を守れない。特にこんな世界では猶更だろう。
彼女には冒険者として大成して貰って、別方向から協力して貰う。俺が成り上がる為の道具としてな。
――そう、道具だ。俺は前世では人との適切な距離感とやらが掴むのが苦手だった。
おかげで学生時代はよくイジメられたし、結婚も出来なかったし、目を掛けた部下には裏切られたし、上司にはよく目を付けられたし、挙句の果てには敵を作って刺殺された。
だが相手を道具だと思えば上手く接することが出来る。
部下に特別目を掛けず、ただの道具だと思って接している時は上手く回ったし、取引相手も仕事を貰える道具だと思っている時は良好な関係を築けたし、客など金と品を交換してくれる道具そのものだ。
リオネともそう接するつもりだ。これまでも、これからも。
「うんうん! ちゃーんと考えておいてよね! 私たち二人で冒険者になれるの、今から楽しみだなぁ~♪」
がしっと俺の肩を組み、鼻歌を歌い始めるリオネ。
……だから冒険者にはならないって言ってるだろ。勝手に俺をパーティに組み込む予定を立てるんじゃない。
リオネが冒険者になりたくなるよう色々勧めたはいいが、やる気がありすぎるのも考えものだな。
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