第7話おっさんと下っ端

というわけで翌日、俺はリオネに連れられ街の外のダンジョンへと訪れた。

道中何度か魔物に襲われたがリオネが軽々倒してくれた。流石エースと呼ばれるだけあって強い強い強い。これなら俺も安心出来るというものだ。


「そーそー、そんなにビビんなくても大丈夫だって! 私以外にもすごく強い人沢山来てるんだから!」

「……それ、逆に不安になってくるんだが」


つまりそれほど危険度が高い依頼ということだろう。依頼書にはついてきて怪我人を治療するだけの簡単な仕事です。みたいに書いていたのに。

だがここで逃げ帰ったら信用問題になってしまうからな。リスクを負わねばリターンは得らえない。


諦めてついていくことしばし、俺たちはダンジョンに辿り着いた。

そこには既に数人の冒険者らしき連中がおり、中には先日会ったシェードもいる。

こいつがいるならそこまでレベルは高くなさそうだ。ちょっと安心。


「こらぁ! 遅ぇぞリオネ!」


よく通る声で話しかけてきたのは禿頭の大男。

筋骨隆々で自信たっぷりの顔、立ち振る舞いからしても熟練の冒険者って感じである。

こういうおっさんは仕事ができるんだよなぁ。やっぱりレベル高いのかもしれない。


「ごめーん、途中で魔物が出てきてさー。でもおかげで準備運動はバッチリだよ!」

「頼むぜルーキー。お前にゃ期待してんだからよ。……ん、あんたが噂の治癒師か。意外とちっこいんだなぁ」


ちっこいは余計である。反論したいところだが、見た目子供なのは事実。大体おっさんから見たらガキもいいところだ。


「リオネから話は聞いてるぜ。凄腕なんだと? 俺はガラハドだ。このパーティのまとめ役をやってる。よろしくな!」


ガラハドと名乗った男は欠けた歯を見せて笑いながら手を差し出してくる。

握り返すとまるで鉄みたいに硬い掌だ。ごつごつして力強い、働く漢の手である。


「エリアスです。よろしく」

「おう、こちらこそ今日は頼むぜ! ドロブネに乗ったつもりでいくからよ! よーし野郎ども、俺についてきやがれ!」

「おおーーっす!」


皆を従えダンジョンに入っていくガラハド。っておい誰が泥船だ、誰が。

リオネの奴、俺の言い回しを広めるのは良いが間違えて伝えるなっての。

……まさかわざと言ってないよな? なんか視線が冷たいし。……ま、信頼はおいおい得ていけばいいか。



「おいリオネ! ボケっとすんな! ちゃんと周囲を見張れ!」

「はいっ!」

「ボッズ、ギッパ、もっと前に出ろ! 後衛が孤立すんだろが! シェードも少し遅れてるぞ! しっかりついてきやがれってんだ!」

「おいっす!」「ういっす!」「了解した」


ガラハドの指示でパーティは多少ぎこちないながらも順調に進んでいく。

指示が頻繁に飛び、その都度慌ただしく全員が動いている。かなり口うるさいな。勝手は許さないという感じだ。


というのもダンジョン攻略という特殊性が原因だろう。

実際に体験してみてわかったが、ダンジョン攻略というのは普通の平地戦とはルールが違うのだ。

平地戦は良くも悪くもユルい。魔物だって油断してフラついてた奴と偶然遭遇するくらいだし、倒さずとも追い払う程度で問題ない。

何なら武器を以て歩いているだけでも警戒させ魔物が街に近づかないようにする効果はあるのだ。

向こうも大して警戒してない以上、一体多でも個人の力が多少強いだけでどうにでもなるだろう。防衛側の楽さというやつだ。


だがダンジョン攻略は、言わば相手の城に足を踏み入れるようなもの。

向こうも逃げ場がないから真剣に襲ってくるし、魔物の必死度も全然違う。

一度逃がしてしまえば今度はこちらが狙われる側だし、確実にトドメを刺さなければならない。

その為の陣形なのだ。前衛が敵の動きを止め、中衛が逃走路の封鎖など臨機応変に動き、後衛が確実に仕留める。……熟練冒険者のガラハドが指示していると。

リーダー役というのは声のデカいおっさんがいい。年上の熟練者というだけで年下の者は素直に指示を聞けるし、単純な方がわかりやすい。特に命に関わるような場所では色々理屈捏ねている暇などないものだ。

前世でもこういうリーダー役は大抵おっさんがやっていたからな。パワハラ問題とか色々あるが、俺はこういう人は嫌いじゃない。

こういう世界でも、いやむしろこういう世界だからこそ特に求心力はあるようで、リオネたちも素直に従っているようだ。


「……おいお前、さっきから重い荷物を背負って歩きっぱなしだろう。疲れてはいないか?」

「あぁ、もちろんだシェード……もしかして心配してくれるのか?」

「なっ! た、ただ足手まといになられても困るから声をかけただけだ。重ければ荷物を持ってやろうと思ってな。……その、前は失礼なことを言っちまったしな。べ、別に心配とかじゃないぞ」


何だろう。最初は突っかかってたくせに、もしやツンデレなのだろうか。

だが戦ってくれている者に荷物を預けて動きを鈍らせるわけにはいかないので当然断る。


「ありがとう、でも問題ないよ。戦闘に専念してくれ」

「……そうか」


なんだか寂しそうに陣形に戻るシェード。

確かに俺の荷物はそこそこの重量はあるが、常に『治癒』を使っているから問題なし。

本当に便利な能力だよな。疲労すればパフォーマンスが下がるが俺には関係ないのだ。

そんなことを考えているとガラハドが足を止める。


「よぉし、小休止だ。全員円陣を組んで腰を下ろせ。すぐ戦えるよう、気は抜くんじゃねぇぞ」

「うっす!」


口は荒いが割と部下にも気配りできるようだな。やはり緊張するからか、疲れがちらほら見えていた。

それに気づくとは中々よく出来た人である。さて、俺は俺の仕事をするか。



「皆さんよかったらお茶をどうぞ」

「おう、助かるぜ」

「うめぇなこりゃ。身体があったまるようだ!」

「薬膳茶です。多少だが滋養強壮の効果がありますよ。茶菓子もどうぞ」

「わ、甘いねー。頭がしゃきっとするよ」

「小腹も満ちたぜ。ありがてぇ」


ダンジョン内は集中力を使う。糖分やビタミン類の消耗が激しいから補給した方がいい。


「休息中は俺が見張っていますよ。何かいたらすぐ声を上げますんで多少は気を緩めて貰って構いません」

「……助かるぜ。だがお前も疲れてるだろう?」

「いえいえ、ピンピンしてますよ」


食事中はどうしても注意が散漫になるし、数分気を緩めるだけでも意外と回復するものだ。

彼らがミスれば俺が危険になるのだからな。治癒師としてはこれくらい、当然の仕事だろう。


……それにしても意外と口うるさいガラハドだが、俺にはあまりうるさく言ってこないな。

ゲストだからか? 俺は素人なんだし、全然言ってくれても構わないのだが……むしろこれでいいのかちょっと不安になってくる。


「このガキんちょ、俺らの進軍に息一つ切らさずついてくるとは大したもんだぜ。その上碌に仕事もしや出来ねぇ足手まといばかりだが、こいつは色々気も回してくれる。治癒師なんて使えねぇ奴らばかりかと思ったが、こういう根性あるヤツもいるんだな」


何やらニヤニヤしながら俺を見てくるガラハドだが、もしかしたら敢えて放置して値踏みされているのかもしれない。

うーむ、どうせならもっと色々持ってくればよかったなぁ……ま、あまり荷物を多くしてついていけなくなってもアレだし、おいおい調整していけばいいだろう。

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