愛は人を信じられない

日本は昔の私の知識なんかより、とっても広くて単純だった。


羽田空港に来る時は、いつも私は何かに期待しているんだな、とにへらと少し口角が上がる。

何度も心が折れたけど、私は絶対諦めない。

私は決めたんだ、硬化症を治してみせると、みなに認められてみせると。


新たな新天地である京都へ向かう為、足取り軽く駅へ向かう。


今も昔も電車は苦手だ。

そんな忘れてたことを思い出す。

最初は新幹線だったから良いものの、京都に着いてから乗った電車は、アメリカで乗った電車なんかよりも人混みが溢れていた。


日本ってこんなに電車混んでたっけ、と独りごちながら、隅っこに縮こまるように電車に乗って。


小豆色の奇麗な列車から京都河原町駅で下車すると、とても言葉に表せないような、とても耽美な景色が私の視界に広がった。


流線を描くビルに調和するように建つ昔ながらの古風な建造物達に、地べたをタイルが貼られたとても優雅な空間だった。


「心機一転、頑張りましょうか!」

誰にともなく呟いた、心の底から溢れ出た言葉を頭に反芻させ、携帯で調べた大型書店へ足を運ぶ。


初めて来た大きな書店は、想像の5倍は大きかった。

色とりどりの本に囲まれた空間は、まるで異世界に迷う混んだように美しくて、壮観な景色。


迷路のような書店を練り歩き、目的の場所へ辿り着く。

微生物学なんて、書物の中ではマイナーなのに数え切れないほどの量保管されていて、気持ちが否応なしに高まるのを自覚した。


「んー、この本とこれと……あとこれも」

抱えきれない程の量の18冊の本を頑張って抱えてレジへ足を運ぶ、見かねた店員さんが、お客様お持ちしますよ、と声をかけてくれやっとの思いで購入したのだ。


あとはホテルを予約して、京都大学へ挨拶に行ったらゆっくり本でも読んで休もう、と本を抱えてタイル張りの床をコツコツと歩く。


ふと気づいた時には目の前に人がいて――

マリンブルーを思い出す香りを携え。

――どくん、と正面から衝撃が。


少し鼻を本にぶつけて、尻もちを着いて倒れ込んでしまった己の不注意を恥ながら謝ろうとすると先手を打たれた。


「っ!……大丈夫ですか?」


少し中性的な声に顔を上げると、アシンメトリーにした少し長めの髪をした優しげな風貌の大学生くらいの男の人が手を差し出してきた。

大丈夫です、周りをよく見ていませんでしたと謝罪をするが、少し冷たい印象を与えなかっただろうか。


申し訳なさげに伺う様に相手を上目がちに覗き見る。

今まで勉強一辺倒だった私は、男性経験なんてあるわけなくて。

差し出された手を失礼だとは思いつつ取る事が出来なかった。


「全然気にしないで、えーっと、高校生くらいなのかな?受験で微生物学を?」


そのあとのことは覚えてない。

私が85%くらい悪いようなことを言った気がするし、チビとかぺったんこ! とか言われたような気がしたが、自意識過剰というものだろう。

アメリカにいた訳だし、アメリカンジョークという事にして事なきを得た? はずだ。


相手はそんなしっちゃかめっちゃかな私のことを見て見ぬふりをしてくれて、落としてしまった本や怪我の心配をしてくれた。


軽い自己紹介をしてくれた後に、何かあったら困るので、良かったら連絡先を交換しませんか? と言われたが男性への耐性も、もっと言えば人との交流すらまともにしてこなかった私は、一瞬だけしり込みをする。


「知らない人と連絡を交換する趣味は持っていないので申し訳ないですがお断りします」

「ですが……この後食事でも同席すれば、もう知らない人では無いかもしれませんね」


なんて、クールぶった私に食事でもどうですか? って声をかける貴方は、とても紳士的で、本当はしり込みする前から、人間関係を構築する忌避感なんて消し飛んでいて。


ついついキザに、エスコートお願いしますね? お兄さん? なんて生意気なことを言う私の荷物を代わりに持って、空いた右手を掴まれた。

二人一緒で軽びやかに、外へとゆったり脚を運ぶ。


そんな貴方に私は心のどこかで、居心地の良さを感じていて、この時間が続けばいいのになんて、初対面なのに思っていた。

チョロいのかな、私。

なんて一瞬よぎるが、別に好きになった訳でもないし、意識しすぎだと頭を振る。


自然と取られた私の右手。

顔は赤くなってなかっただろうか、恥ずかしそうに見えなかっただろうか。

変に意識してしまった自分が恥ずかしい。


少し焦ったように、あれ、こっちのはず……と、ちょっと道に迷ってる貴方とのこの時間も、何故か少し愛おしい――

なんて思うこと自体、おかしなことでは無いのかな。


京都大学の院生だと言う貴方に、次会える時が楽しみだ。

手玉に取られるようで悔しかった私は、京都大学で臨時教授を務めることは秘密にすると、今決めたのだ。


大学内で出会ったら、貴方はどんな顔をするんだろう。

別れる前から、次を期待する私の心。

今までこんな事無かったのにな。


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