愛を知らない愛の独白(過去編)
私、恋ヶ崎愛は孤独だ。
産まれてすぐ両親が離婚した。
私は父親に引き取られ、何不自由なく暮らしていたが、中学生になる少し前から父親は一切家に帰ってくることは無かった。
母はとても酷い人だった、らしい。
父からは何も母親のことは教えて貰えなかったが、父親の両親からよく聞かされたものだ。
「お前の母親はいつも、色んな男と遊び歩いていたんだ、その結果誰の子供かもわかんない、馬鹿な女の子供を面倒見てるだけでもありがたいと思って欲しいもんだね」
父親も、そんな母親のような見た目に近づいていく私の存在が我慢ならなかったのかもしれない。
幼稚園の時はたまに迎えに来てくれていたのに、小学校に上がってからは授業参観も、保護者面談すら来てくれなくなって。
気づけば家にすら帰ってこなくなってしまった。
毎月5万円のお金を封筒に入れて、欲しいものがあれば連絡してくれ、と、書き残された紙とともに。
私が欲しかったのは、お金でもゲームでも、化粧品でも服でも無かったのに。
親から、祖父母から貰う愛が欲しかった。
愛なんて名前をつけられて、誰からも愛されないなんて傑作じゃないか。
私は気がつけば中学校に通えなくなっていった。
きっかけは些細なことで、人から向けられる愛を信じられなくて、分からなくて。
ソフトテニス部の先輩に告白されたのを断った次の日から、同級生や他の先輩から物を隠されたり、見えないところで水をかけられたり、無視をされたり――
きっと在り来りで、イジメを始めた同級生とかが、その先輩を好きだったとかそんな理由、幼稚な理由が発端だった。
家にいてもすることも無く、頭に入ってこないテレビの雑音を片隅に、私は勉強をするしか無かった。
高校にこそ進学したものの通信制の高校で、色んな資格の勉強や諸外国語を一心不乱に勉強した。
私は母のように決してなりたくなかった。
高校2年生になって、色んな資格を取得した。
簿記1級や難関と呼ばれる行政書士、宅建なんかも取ったりした。
でもそんな中、私の中の世界を揺るがす大きな分岐点、つまり転機が訪れた。
私の努力を、想いを、今まで受け止めてくれなかった父が、今回のアメリカ転勤についてくるかと聞いてきたのだ。
嬉しくなかったと言えば嘘になる。
やっと私の努力が報われたと、少しは父親として自覚を持ってくれたのかと、期待してしまったのだ。
実際に渡米すればなんてことは無い、転勤先での家族仲のアピールの道具だった。
出世する為には、妻の居ない父はこうするしか無かったのだろう。
理解はできるし、納得もできる。
でもそんな些細なことで、少しの希望を持ってしまった私の心は存外簡単に砕けてしまった。
そのあとはあっという間だった。
心を守るために、敢えて開き直って社交的に振る舞い、ただひたすら勉強をして――
18歳になると同時にマサチューセッツ工科大学に入学後、2年足らずで卒業し、そのまま研究員として研究室に勤務した。
心のどこかで誰かに必要にされたい、そんな思いが強かった私は硬化症を治すと人一倍息巻いて。
それでも――
私の人生にはきっと困難しか無かったんだろう。
産まれたことが最大の幸せで、産まれた瞬間から最高の不幸が待っていた。
配属された研究室でも、年下で、あまつさえ女の私に居場所はどこにもなかった。
必要な機材は使わせて貰えず、誰も聞く耳を持ってくれない。
いくら論文を書こうとダメ出しをされ、気づけば論文を持って行った教授が、盗作した論文を発表する始末。
苦痛だった、限界だった。
心に毎日ナイフを刺され、流れ出る赤い涙さえ存在しないぐらい、死ぬ事が、逃げることが、何よりも幸福だと錯覚するくらい辛かった。
きっとあと1年でも、半年でも、日本から情報交換に来たという、京都の大学から、見知らぬ教授が来るのが遅ければ。
私は、恋ヶ崎愛という人間は、人の形を模した”なにか”になっていただろう。
私の境遇を知ったその教授は、日本の京都大学へ来るといい、と私に名刺を渡し帰国して行った。
希望を持って心が折れた私は、絶望を持ってアメリカを後にすることになる。
日本に着いて私は後悔した。
社交的に振る舞うようになり視野が広がったのかもしれない。
退屈でしんどい記憶しか無いはずの日本が、アメリカなんかよりもとても新鮮で、清々しいと感じた。
なぜアメリカの大学で使用人以下の生活を強制され続け、それでも尚固執していたのかと。
奇麗に澄み渡る晴れやかな空は、人生を再スタートしたかのような私の心を写す鏡のようだった。
「さて、日本に帰ってきましたし、とりあえずホテルに荷物置いたら、京都に行って本屋巡りですかね!」
新たな出会いを空想し、今後大きくなる予定のぺったんこな胸を膨らませて、大きく息を吸った。
独り言を呟いた気恥ずかしさを隠すように、いつもの癖で、髪の毛先を手櫛した。
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