驚き固まる焦がれた貴方

うねった石畳の抜け道を、手を引かれながら歩く私の目の前に、こじんまりとした趣きのある木造のカフェが見えてくる。


「ほら、あそこだよ!」

少し冷や汗を浮かべながら、着いてよかった……とボソリとこぼす貴方に、自然と笑みが溢れた。


古風なマットが敷かれたガラス張りの入口を抜け、窓際のテーブルへ腰掛ける。


私はミルクたっぷりお砂糖たっぷりの、彼はブラックのコーヒーをそれぞれ頼み、微生物学の話や世間話に花を咲かせた。


海外論文の話になり、彼が所在無さげにしているとマスターがコーヒーのお代わりを持ってきてくれる。

気を使わせたなぁという彼に、何の話かあまりよく分かっていない私はツン、と澄ました顔でコーヒーをすする。


うん、糖分が身体にしみ渡る。

やっぱりミルクとお砂糖はたっぷりに限りる、と満足気に頷く私をみて、彼は微かに微笑んでいた。


彼との時間は今までのどんな時よりも素敵で、楽しく、それこそ時間の概念すら忘れるくらい話に夢中になっていると、ふと彼が時計に目を向けた。

私も釣られて彼の自然を追うと、時刻は既に19時を少し回った辺り。


大学に用事があるので! とお金を置いて席を立とうとする私を止めて、連絡先の交換を再度申し込まれる。


連絡先の交換のことなど完全に忘れていたが、私はとても優秀な女の子なのでさも覚えていたかのように、可憐に微笑んで連絡先を交換した。

つもりなのだが、果たしてバレていなかっただろうか。


ここは僕が奢るから、急いで行っておいで、とお金も丁寧に返してもらって、すみません、ありがとうございます! それではまた、と少し急いで大学へ向かう。


少し早歩きで駅へ向かうなか、彼のことを思い返す。

――とても紳士的で、優しかった。

人との付き合いを久しく忘れていた私にはとても暖かくて、幸せで。

こんな小さな幸せを感じるだけで、日本に来てよかったとすら思ってしまう。


幸せを噛み締めながら、彼の在学する大学へ向かう列車を待ち、浮き足立って鼻歌なんか歌ってしまって。


――大学へ到着後、学長室へ向かった。

私を引き抜いてくれた教授と学長が待ってくれており、お互い挨拶をかわし、話は通してあるから、また明日お昼頃に待ってるね、と声をかけてくれる。

その後に必要な書類や話を済ませ、意気揚々とホテルへ向かう。


駅のホームで、乗る電車を探している時、ふと、あれ、私のホテルどこだっけ? なんて思案するが、良く考えれば向かうホテルなんてないし、予約してすらいないことを思い出した。

急いで携帯でホテルを検索するも、どこも空きがあるわけなくて。


仕方なく駅のホームを出て入場料だけを支払い、ネカフェに向かってシュンと萎れた背中で歩みを進める。

綺麗な星空を眺めながら、来る明日へ備えてネカフェで寂しく夜を明かす。


翌日、大学に昼過ぎ到着できるよう、11時半過ぎに声の綺麗なネカフェ店員のお姉さんにお金を払い、ネカフェを後にする。


少し高ぶる気持ちを抑えつけて、振式と名乗る教授と合流してから大学を案内してもらう。

それぞれの講義室に、食堂や御手洗、研究棟と順に紹介される。

すた、と振式教授が立ち止まると、少し大袈裟に口にする。

「ここが、我らの研究室だ。ようこそ恋ヶ崎君。君を歓迎するよ」

緩やかにドアを開け、振式教授に先へと促される。


全て私たちの研究室の備品だ。これから好きに使ってくれと付け足すように口開く振式教授。

たくさんの研究機材にパソコン、この全てを使っていいなんて、アメリカにいた私には想像もつかなかった。

感動に少し打ち震えていると、その時、後ろでドアが開かれる。

ガチャと冷たい音が鳴り響く。


――そこには、驚いた顔をした優しい貴方が、私の瞳に投影された。


急なことに私も少し驚いたが、直ぐに意識を持ち直し、驚いて固まる彼に、昨日の意趣返しを出来たかな。

なんてちょっと意地悪なこと考えながら少し優雅に口ずさむ。


「また会いましたね、愛沢さん? 」


少し素直じゃないと自覚のある私は、髪の毛をクルクルと弄りながら、彼に向かって微笑んだ。

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