第3話 ゴブリンの集会場

 四番目の月。

 上弦の月。

 弓張り月。

 半月。



 ――神聖な夜が、やってきた。



 ノコギリ山の洞窟の奥深く。

 蟻の巣のように入り組んだ迷路をたどった先。

 数え切れないほどある「秘密の抜け穴」。


 そのすべてをくぐり抜けると。

 数千人のゴブリンがひしめく集会場に、たどり着く。


 三日月の夜を堪能しきったあとに開かれる、ゴブリンたち唯一の集会。

 会場の真ん中にはこんもり、正方形の舞台ステージが盛られている。


 360度を囲まれるその壇上だんじょうに、でっぷりとした若者のゴブリンが登った。

 右手と左手にそれぞれシャベルを打ち、がちゃがちゃと大きな音を立てる。


「注っもーーーーーくっ!」


 ざわめくゴブリンの一部だけが振り返る。

 壇上の若者は、ふたたびシャベルをやかましく鳴らす。


「注っもーーーーーくっ!」


 ようやく半分程度のゴブリンが雑談をやめる。

 残りの半分は我関せずで好きな方向に視線を向けている。



 上々の反応だ。



 壇上の若者ゴブリン――ボンタン王子は満足げにうなずいた。


「よーーーっし、てめえら、大王のおでましだーーーーっ! 喝采かっさいして出迎えやがれ!!」


 大げさに身振りしながらボンタンは壇上を飛び降りた。

 脇腹のぜい肉が、ぷるぷると揺れる。


 入れ替わりに、ゴブリン大王がのんびり舞台ステージによじのぼった。

 ボンタン以上に、たぷたぷにたるんだ肉が邪魔をする。


 ふうふう言いながら立ち上がり、まばらな歓声に手を振る。



「上弦の月がやってきた」


 壇上にあがってからだいぶ時間を待って、大王は言った。


「めでたい日だ」



 周囲のゴブリンが注目しはじめたわけでも、雑談をやめたわけでもない。

 ただもったいぶるだけの、

 それこそが民衆の支持を得るために重要なスキルなのだ、と言わんばかりにきっちりと時間をとりながら、王はノロノロとスピーチを開始する。


 群衆の後方、ハッサクの肩にまたがった位置から、ザクロは見おろしていた。

 そんなゴブリン王の、自己満足を。


 ――大王なんて名ばかりだ。

 ザクロは心の内に批判する。



 衰退しゆく帝国の現状をどう思っているのか。

 どのように対策していくのか。

 いつ頃までに行動を開始するのか。



 過去に一度たりとも、大王の意思が表明されたことは、ない。


 知性も、戦略も、問題解決能力も持ち合わせない、名ばかり大王。

 それが帝国の覇者に対するザクロの評価だった。


 もっとも、そうなってしまうのも無理はなかった。

 ゴブリンの大王は、選挙によって決められるからだ。


 選挙と言っても、もちろん投票ではない。


 「拳」を「選」ぶ。

 つまり、殴り合いだ。


 ゴブリンのボスは、体格と腕っぷしだけで決まるのだ。


 小柄なザクロは、その競争から外れていた。

 そしてそのことに密かな不満を抱いていた。


 ゴブリン帝国を正しく、強く復興させるためのリーダーシップ。

 本来大王が持ち合わせるべきその能力は、壇上の巨漢ではなく、自分にこそ備わっているのだ。


 そんな若い自信が、ザクロの胸に渦巻いている。



「つらい時代が、続いている。……だが! ゴブリンの誇りは、けっしてけがれない。けがれてはならない。復興の日は、かならず来る。その時まで、どうか、耐えてほしい」



 寂れゆく帝国の状況についての、王の決断が知らされる。


 神頼み。


 予想通りの政策に、まばらな歓声があがる。

 すぐに、ざわざわとした雑談の渦に飲み込まれていく。



「すばらしい演説! ゴブリン帝国に栄華あれ! さて、てめえら、ほかに何かあるか? 何もなければ、お開きにするが、もういいか? いいな?」



 再び壇上に戻ったボンタンが、おべっかの見本を振りまきながらゴブリンたちを見渡した。

 本来であれば形だけの意思確認だ。

 大王とボンタン以外のゴブリンが発言した前例は、ほとんどない。



 そんなポーズだけの問いかけに、ザクロは勢いよく手を挙げた。



「ザクロだ! 聞いてくれ」



 雄々しく、張りのある声が響く。

 すべての雑音が打ち消される。

 大王に向けられていた以上の注目が、ザクロに集まった。


 それを快く思わないボンタンが、壇上から罵る。


鉱掘かねほりザクロ。でしゃばるな、ちび。目立ちたがり。ゴブリンの異端者め」

 

 が、口汚い罵倒は土の中へ染み込んでいく。

 ゴブリンたちの視線はザクロに集まったままだった。



「ゴブリンの勇者たち! ついに我々が歴史に必要とされるときがきた! 見ろよ! 俺たちに助けるものが現れたぜ!」


 叫びながら大きく手を動かし、リンリンを指さした。


 ゴブリンたちの目線が、ザクロからめすコボルトへと移動する。


 コボルトだ。

 地上の魔物だ。

 と、ざわつく。


 急に注目を集められたリンリンはたじろいで耳を伏せたが、すぐに「ワオウッ」とひと吠え気合を入れる。


「仲間。捕まった。助け、ほしい。ゴブリン。お願い」



 騒然。



 一斉に、ゴブリンたちがわめきはじめる。


 なぜ地上のために!

 不秩序な世界のために!

 ゴブリンが力を貸さなければならない!


 そうだ! そうだ!


 人間の犬!

 魔物の恥!

 コボルトのために危険をおかすなんて!


 そうだ! そうだ!


 俺たちに何の得がある!

 何もない! 損だ!

 損なんて大嫌いだ!


 そうだ! そうだ!



 あまりの騒ぎに、ハッサクがザクロの下で声を張り上げる。


「みんな変だよ! 困ってる魔物がいるんだよ! なんで……なんで助けてあげようって気にならないの?」


「変じゃない」


 割って入る、冷たい声。


 ボンタンだ。


 その向こうで、大王は居眠りをしている。


「うすのろ巨人、お前だってコボルトのことは知ってるはずだ。人間の犬。裏切り魔物。光がなければ生きられない。不秩序な地上の連中。協力する必要なんてねえや。見ろよ、コボルトの目を。まんまるに輝いてやがる。視覚に頼っている証拠だ! 目みたいな原始的な器官を使わなきゃ生活できやしねえんだ、地上の連中は。劣等種族だ!」


「棲む場所が違うってだけだ。だから生態のつくりも違う。見た目も違う。生活も違う。それだけだ。それだけで敵扱いか。それが助けに応じない理由か。理屈がわからねえな、ボンタン」


 ハッサクの肩を蹴ってザクロは、ボンタンの目の前に着地する。

 鼻先を、相手のあご目がけて突き出す。


 小さなゴブリンから発される、圧倒的威圧。

 ボンタンは一瞬ひるむ。

 が、すぐに声を裏返らせながら続ける。


「い、いーや、違うね。コボルトは俺たちの敵だ! よく考えてみろ。こいつらのヨダレは金属を溶かすだろ? な? 鉱掘かねほりが得意なお前にはよくわかるはずだ。その迷惑っぷりが。ゴブリンにとってコボルトは迷惑な存在なんだ!」


「ボンタン。おまえが鉱掘かねほりしてるとこなんて見たこともないぜ。それに、だ。コボルトが鉱石をベロベロなめてまわってる訳でもねえだろ。大事な鉱石にヨダレ垂らさせるなんて、それはゴブリンがどんくさいだけの話だ」


「何を……」



 カーン!

 カカカカン!

 カンカカカカカカン!

 カカンカカンカカカカカカカカッ!!



 脱線を繰り返しながらの口喧嘩がヒートアップしてきたところで、岩を叩く音が響き渡る。


 モモだった。

 争いが嫌いな彼女はこういったときに進んで仲裁役を担う。


 美しく、必死な、岩叩音ノック


 思わず、ゴブリンたちは静寂する。



「違う」


 そこへ、リンリンの声が響く。


「人間の犬。違う」


 何周遅れかの悪口に対して、否定の言葉を重ねる。

 拍子抜けしながらも、ボンタンは応じる。


「なんだ、違うって……そうか! そういうことか! 捕まってるってのは人間になんだな? 人間の奴らに、コボルトが捕まっちまったんだな?」


「違う、逆」


 再び、否定。

 今度はボンタンも応じない。

 次につづくリンリンの言葉を、待つ。


「仲間。リンリン、ゴンゴン、キャロル、ブライアン。コボルト、人間、仲間」



 静寂。



 頭の中で話を整理したザクロが、内容を確認する。


「つまり、こういうことか。捕まってるリンリンの仲間は、コボルトだけじゃない、と。人間も仲間に含まれてる、と」


 うなずく、リンリン。


 今日一番のブーイングが、大嵐になって集会場中を疾走した。

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