第一部 安針 第五章 始末二 ②
目の見えぬ娘が見えるようになったという話が広がるのに、さして時間はかからなかった。町中を歩いている途中で、声をかけられることも増えた。兄の清右衛門からは、
「顔が売れ過ぎち、裏ん仕事が頼みにくうなる」
とまで言われる始末。新規の患者も増えた。
さらに困ったのが、お清だ。親から預かったという菓子を持ち込んでは長居を決めこみ、なかなか帰らない。自分の目を治してくれた生き神様のような扱いで、なんだかんだと世話をしたがる。甚助もお里も、「娘をよろしく」なんて目で見てるのが分かるもんだから、無下に断ることもできない。
こんな状態で、殺しを含めた「始末」はできない。清右衛門と相談して、安針は情報収集をすることにした。患者が増えれば噂話も集まる。往診で町の噂も拾える。何より透視で見込んだ相手に探りを入れていけば間違いないという強みもある。
港に行けば、藤吉夫婦のつてで、漁師の若者とも話せるようになった。漁師の独り者は、稼ぎを酒につぎ込んで古着すら買えない。黒田屋の情報網からこぼれ落ちる連中の話を鍼医の立場から拾い上げるのが、安針の役割だ。
今日は往診。藤吉の肘を診た帰りである。無理な力の入れ方をして筋を痛めていた。網元にも、それとなく気をつけてもらえるよう声をかけておいた。網元の権蔵は、前にぎっくり腰を治してやって以来、いろいろと便宜を図ってくれる。年取った藤吉に今更漁は無理だろう。若い者に網や竿の手入れを教えてもらう形で、藤吉の世話をしてもえるよう話をつけた。藤吉が漁に出るたびに、お梅が心配する姿は、もう見たくないのだ。網子の藤吉を世話するのは、網元の仕事だ。
病は気からという言葉がある。鍼医として体の不調を治していくうちに、安針は患者の悩み事まで聞かされるようになった。当然、愚痴や恨み言も耳に入る。そうした話をまとめて黒田屋に丸投げするのも、新しい仕事になった。
港から、商家の並ぶ通りに入る。お天道様はずいぶん高くなった。目の前の細い道を右に入り込めば、甚助の店。素通りして後でこじれるのも嫌なので、安針はちょっとだけのつもりで顔を出した。
「いらっしゃい。おや先生じゃったか」
客一人入れば一杯になる手狭な店先で迎えてくれたのは、お清の母親のお里だった。いつのまにか「若先生」ではなく「先生」と呼ばれるようになっている。
「景気はどんげですか。甚助さんの腕なら、間違いはねえじゃろけど」
「売れ行きはいっちゃけど(いいんですけど)ねえ」
店の奥から甚助も出てきた。
「どうも先生。お世話になっちょります。あいにく清は使いにやっちもうて」
何だか話がややこしくなりそうで、早々に帰ろうとしたが、お里の割り切れない顔が気になった。気になった安針は話を聞く。
最近、簪(かんざし)をまとめて買って行った客がいたらしい。その注文は全て一本軸の真鍮製。竹で作るよりは丈夫だが、細かい細工にはこだわらず、同じものでも構わず引き取ったらしい。転売が目的なら店の名前を出すはずだがと、不思議に思っていたそうだ。
「あっ、先生! いらっしゃい。聞いちくだいよ(聞いてください)。簪が全部売れち、私ん分が残っちょらんとですよ。いつまっでん(いつまでも)同じとじゃ恥ずかしゅうて」
お清が帰ってきた。私の分がという言葉を聞きとがめた甚助が、
「お清! 売りもんを勝手に使うな!」
と怒鳴る。親子喧嘩が始まった。長居は無用だ。早々に退散したのは、言うまでもない。
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